42 / 50
第二章 牙を剥く皇帝
シャドウ
しおりを挟む
俺はシュルヒから四階層のギミックについて聞いた。
どこかにある、鍵がぶら下がった枯れ木に触れるだけでいいそうだ。こう聞くと簡単そうだが、この湖は広大で視界も悪いために一日中小舟で彷徨っても発見できないことはざらにあるとか。正直、かなり根気がいる作業に思える……。
――何をぐずぐずしている。さっさと盗め、奪い去るのだ……。
「……う、うぅ……」
「ウォールどの?」
「……だ、大丈夫、だ……」
「いや……明らかにおかしい。ウォールどのは無理をしているようにしか見えない。戻ろう」
「う、うぐ……」
発作を我慢できるかと思ったが、以前より耐えられなくなっていることに気付く。このままではシュルヒに迷惑をかけてしまうし、おかしくなる前に事情を話してしまったほうがよさそうだ。
「シュルヒ、実は――」
俺は彼女に自分の発作について話した。誰彼構わず盗みたくてしょうがなくなる奇妙な症状のことを……。
「――むう……まさかウォールどのがそんな恐ろしい病に蝕まれていたとは……」
「……はぁ、はぁぁ……そ、そうなんだ……。やっぱり戻ったほうが、いい……。思ったより我慢できそうにない……し、このまま俺といたら、まずい……」
「病を抑える術はないのだろうか?」
「……ぬ……盗むしか。あ、あとは……」
そういえば、以前ダリルから【慧眼】というアビリティさえあれば原因を突き止められるとか言ってたような。
「け……【慧眼】というアビリティさえ、あれば……何かわかるかもしれない……」
「【慧眼】? それは元リーダーのジェナートどののアビリティだ」
「……え、ええ……?」
シュルヒの発言はとても意外なものだった。
「彼の元にウォールどのを連れていけば、その発作を抑えるどころか治す方法もわかるかもしれない……」
「……ぐぐぐ……」
「ウォ、ウォールどの……?」
「……も、もう無理そうだ……。何か盗んで、一時的に発作を抑えるしか……」
「その対象は人でなくてはならないのだろうか? モンスターとかは?」
「……い、いけるかも、しれない……」
「そうか、ならばモンスターでも出現してくれたら盗めるのだが……はっ……」
「……シュ、シュルヒ……?」
「誰か、来る……」
「……えっ……」
「小舟だ……」
「……」
まさか、例の殺人鬼が乗ってるのか? こんな厳しい状況で遭遇してしまうというのか……。
※※※
「――船だ……」
「「っ!?」」
音がした方向へ小舟を進ませてからまもなく、ダリルたちに緊張が走る。前方に正体不明の小舟の影が見えてきたからだ。
「ダ、ダリル、どうなの? 誰が乗ってる? ウォール……?」
「ウォールお兄ちゃん……?」
「ちょっと待って。もうすぐ……もうすぐわかるはず……」
『視野拡大』スキルが使えない状況、三人の中でダリルは一番視力が良かったため、彼を頼りにするしかなかった。
「……っと、それより逃げる準備もしておかないとね。もし殺人鬼だったら、相当に手強い相手みたいだから……」
「こ、怖いこと言わないでよ……!」
「うぅー……」
「心構えだけはしっかり持っておくんだ。どんなときでも気を確かに……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくダリル。やがて謎の小舟はすぐ近くまで迫り、緊張状態は極限まで達そうとしていた。
「――いない……」
「「え……?」」
目を瞑っていたリリアとロッカがはっとした顔で周囲を見渡すと、小舟にはダリルの言う通り誰も乗ってはいなかった。
「何故なんだい……? 確かに音が聞こえてきたはずなのに、一体どうして……」
「き、気味悪いわね。小舟だけ来るなんて……」
「変なのぉ……」
「ロッカ、あんたねえ。いい加減聖母状態になりなさいよっ!」
「ふぇぇ……だって疲れるもん……」
「もう脱がすっ!」
「ひゃぁ――」
「――あ、あれは……!」
「「……え?」」
ダリルが指差した方向には、何かの小さな影が見えた。
「モンスターじゃないの?」
「そうなのぉ?」
「んー、カースツリーっていう、悪魔の人形を吊り下げた枯れ木のモンスターが出るとは聞いてたけど、それにしては小さすぎると思わないかい……?」
「じゃ、じゃあなんなのよ……」
「なんなのぉ……」
「……よし、行ってみよう」
ダリルたちが慎重に小舟を動かして謎の影に迫った結果、それは赤く染まった水面から飛び出した人間の手であった。
「ダメだ……もう死んでる……」
ダリルが手を掴んで引き上げようとするも、それ以外の部分の損傷が激しく既に手遅れの状態だった。
「も、もう死んでるのなんて引き上げなくてもわかるわよ! 引っ込めて!」
「リリア、それじゃ可哀想だよぉ」
「じゃあロッカも仲良く一緒に沈んじゃう!?」
「や、やぁぁ……」
「二人とも……何か変だと思わないかい?」
「「え?」」
「手だけ人食い魚たちに食べられてないところを見ると、湖に落ちたのはつい最近じゃないかな。つまり……ちょっと前に何者かにやられて小舟から落とされた可能性が高い……」
「じゃ、じゃあ殺したやつが近くにいるってことよね……?」
「それって……例の殺人鬼なのぉ……?」
「……その可能性が高いだろうね」
「「ひいぃ……」」
震えながら抱き合うリリアとロッカ。ダリルが引き離した手は、不気味な泡とともに少しずつ沈んでいくのだった……。
どこかにある、鍵がぶら下がった枯れ木に触れるだけでいいそうだ。こう聞くと簡単そうだが、この湖は広大で視界も悪いために一日中小舟で彷徨っても発見できないことはざらにあるとか。正直、かなり根気がいる作業に思える……。
――何をぐずぐずしている。さっさと盗め、奪い去るのだ……。
「……う、うぅ……」
「ウォールどの?」
「……だ、大丈夫、だ……」
「いや……明らかにおかしい。ウォールどのは無理をしているようにしか見えない。戻ろう」
「う、うぐ……」
発作を我慢できるかと思ったが、以前より耐えられなくなっていることに気付く。このままではシュルヒに迷惑をかけてしまうし、おかしくなる前に事情を話してしまったほうがよさそうだ。
「シュルヒ、実は――」
俺は彼女に自分の発作について話した。誰彼構わず盗みたくてしょうがなくなる奇妙な症状のことを……。
「――むう……まさかウォールどのがそんな恐ろしい病に蝕まれていたとは……」
「……はぁ、はぁぁ……そ、そうなんだ……。やっぱり戻ったほうが、いい……。思ったより我慢できそうにない……し、このまま俺といたら、まずい……」
「病を抑える術はないのだろうか?」
「……ぬ……盗むしか。あ、あとは……」
そういえば、以前ダリルから【慧眼】というアビリティさえあれば原因を突き止められるとか言ってたような。
「け……【慧眼】というアビリティさえ、あれば……何かわかるかもしれない……」
「【慧眼】? それは元リーダーのジェナートどののアビリティだ」
「……え、ええ……?」
シュルヒの発言はとても意外なものだった。
「彼の元にウォールどのを連れていけば、その発作を抑えるどころか治す方法もわかるかもしれない……」
「……ぐぐぐ……」
「ウォ、ウォールどの……?」
「……も、もう無理そうだ……。何か盗んで、一時的に発作を抑えるしか……」
「その対象は人でなくてはならないのだろうか? モンスターとかは?」
「……い、いけるかも、しれない……」
「そうか、ならばモンスターでも出現してくれたら盗めるのだが……はっ……」
「……シュ、シュルヒ……?」
「誰か、来る……」
「……えっ……」
「小舟だ……」
「……」
まさか、例の殺人鬼が乗ってるのか? こんな厳しい状況で遭遇してしまうというのか……。
※※※
「――船だ……」
「「っ!?」」
音がした方向へ小舟を進ませてからまもなく、ダリルたちに緊張が走る。前方に正体不明の小舟の影が見えてきたからだ。
「ダ、ダリル、どうなの? 誰が乗ってる? ウォール……?」
「ウォールお兄ちゃん……?」
「ちょっと待って。もうすぐ……もうすぐわかるはず……」
『視野拡大』スキルが使えない状況、三人の中でダリルは一番視力が良かったため、彼を頼りにするしかなかった。
「……っと、それより逃げる準備もしておかないとね。もし殺人鬼だったら、相当に手強い相手みたいだから……」
「こ、怖いこと言わないでよ……!」
「うぅー……」
「心構えだけはしっかり持っておくんだ。どんなときでも気を確かに……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくダリル。やがて謎の小舟はすぐ近くまで迫り、緊張状態は極限まで達そうとしていた。
「――いない……」
「「え……?」」
目を瞑っていたリリアとロッカがはっとした顔で周囲を見渡すと、小舟にはダリルの言う通り誰も乗ってはいなかった。
「何故なんだい……? 確かに音が聞こえてきたはずなのに、一体どうして……」
「き、気味悪いわね。小舟だけ来るなんて……」
「変なのぉ……」
「ロッカ、あんたねえ。いい加減聖母状態になりなさいよっ!」
「ふぇぇ……だって疲れるもん……」
「もう脱がすっ!」
「ひゃぁ――」
「――あ、あれは……!」
「「……え?」」
ダリルが指差した方向には、何かの小さな影が見えた。
「モンスターじゃないの?」
「そうなのぉ?」
「んー、カースツリーっていう、悪魔の人形を吊り下げた枯れ木のモンスターが出るとは聞いてたけど、それにしては小さすぎると思わないかい……?」
「じゃ、じゃあなんなのよ……」
「なんなのぉ……」
「……よし、行ってみよう」
ダリルたちが慎重に小舟を動かして謎の影に迫った結果、それは赤く染まった水面から飛び出した人間の手であった。
「ダメだ……もう死んでる……」
ダリルが手を掴んで引き上げようとするも、それ以外の部分の損傷が激しく既に手遅れの状態だった。
「も、もう死んでるのなんて引き上げなくてもわかるわよ! 引っ込めて!」
「リリア、それじゃ可哀想だよぉ」
「じゃあロッカも仲良く一緒に沈んじゃう!?」
「や、やぁぁ……」
「二人とも……何か変だと思わないかい?」
「「え?」」
「手だけ人食い魚たちに食べられてないところを見ると、湖に落ちたのはつい最近じゃないかな。つまり……ちょっと前に何者かにやられて小舟から落とされた可能性が高い……」
「じゃ、じゃあ殺したやつが近くにいるってことよね……?」
「それって……例の殺人鬼なのぉ……?」
「……その可能性が高いだろうね」
「「ひいぃ……」」
震えながら抱き合うリリアとロッカ。ダリルが引き離した手は、不気味な泡とともに少しずつ沈んでいくのだった……。
0
お気に入りに追加
1,245
あなたにおすすめの小説
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・
今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。
その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
俺だけ異世界行ける件〜会社をクビになった俺は異世界で最強となり、現実世界で気ままにスローライフを送る〜
平山和人
ファンタジー
平凡なサラリーマンである新城直人は不況の煽りで会社をクビになってしまう。
都会での暮らしに疲れた直人は、田舎の実家へと戻ることにした。
ある日、祖父の物置を掃除したら変わった鏡を見つける。その鏡は異世界へと繋がっていた。
さらに祖父が異世界を救った勇者であることが判明し、物置にあった武器やアイテムで直人はドラゴンをも一撃で倒す力を手に入れる。
こうして直人は異世界で魔物を倒して金を稼ぎ、現実では働かずにのんびり生きるスローライフ生活を始めるのであった。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる