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第二章 牙を剥く皇帝
シャドウ
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俺はシュルヒから四階層のギミックについて聞いた。
どこかにある、鍵がぶら下がった枯れ木に触れるだけでいいそうだ。こう聞くと簡単そうだが、この湖は広大で視界も悪いために一日中小舟で彷徨っても発見できないことはざらにあるとか。正直、かなり根気がいる作業に思える……。
――何をぐずぐずしている。さっさと盗め、奪い去るのだ……。
「……う、うぅ……」
「ウォールどの?」
「……だ、大丈夫、だ……」
「いや……明らかにおかしい。ウォールどのは無理をしているようにしか見えない。戻ろう」
「う、うぐ……」
発作を我慢できるかと思ったが、以前より耐えられなくなっていることに気付く。このままではシュルヒに迷惑をかけてしまうし、おかしくなる前に事情を話してしまったほうがよさそうだ。
「シュルヒ、実は――」
俺は彼女に自分の発作について話した。誰彼構わず盗みたくてしょうがなくなる奇妙な症状のことを……。
「――むう……まさかウォールどのがそんな恐ろしい病に蝕まれていたとは……」
「……はぁ、はぁぁ……そ、そうなんだ……。やっぱり戻ったほうが、いい……。思ったより我慢できそうにない……し、このまま俺といたら、まずい……」
「病を抑える術はないのだろうか?」
「……ぬ……盗むしか。あ、あとは……」
そういえば、以前ダリルから【慧眼】というアビリティさえあれば原因を突き止められるとか言ってたような。
「け……【慧眼】というアビリティさえ、あれば……何かわかるかもしれない……」
「【慧眼】? それは元リーダーのジェナートどののアビリティだ」
「……え、ええ……?」
シュルヒの発言はとても意外なものだった。
「彼の元にウォールどのを連れていけば、その発作を抑えるどころか治す方法もわかるかもしれない……」
「……ぐぐぐ……」
「ウォ、ウォールどの……?」
「……も、もう無理そうだ……。何か盗んで、一時的に発作を抑えるしか……」
「その対象は人でなくてはならないのだろうか? モンスターとかは?」
「……い、いけるかも、しれない……」
「そうか、ならばモンスターでも出現してくれたら盗めるのだが……はっ……」
「……シュ、シュルヒ……?」
「誰か、来る……」
「……えっ……」
「小舟だ……」
「……」
まさか、例の殺人鬼が乗ってるのか? こんな厳しい状況で遭遇してしまうというのか……。
※※※
「――船だ……」
「「っ!?」」
音がした方向へ小舟を進ませてからまもなく、ダリルたちに緊張が走る。前方に正体不明の小舟の影が見えてきたからだ。
「ダ、ダリル、どうなの? 誰が乗ってる? ウォール……?」
「ウォールお兄ちゃん……?」
「ちょっと待って。もうすぐ……もうすぐわかるはず……」
『視野拡大』スキルが使えない状況、三人の中でダリルは一番視力が良かったため、彼を頼りにするしかなかった。
「……っと、それより逃げる準備もしておかないとね。もし殺人鬼だったら、相当に手強い相手みたいだから……」
「こ、怖いこと言わないでよ……!」
「うぅー……」
「心構えだけはしっかり持っておくんだ。どんなときでも気を確かに……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくダリル。やがて謎の小舟はすぐ近くまで迫り、緊張状態は極限まで達そうとしていた。
「――いない……」
「「え……?」」
目を瞑っていたリリアとロッカがはっとした顔で周囲を見渡すと、小舟にはダリルの言う通り誰も乗ってはいなかった。
「何故なんだい……? 確かに音が聞こえてきたはずなのに、一体どうして……」
「き、気味悪いわね。小舟だけ来るなんて……」
「変なのぉ……」
「ロッカ、あんたねえ。いい加減聖母状態になりなさいよっ!」
「ふぇぇ……だって疲れるもん……」
「もう脱がすっ!」
「ひゃぁ――」
「――あ、あれは……!」
「「……え?」」
ダリルが指差した方向には、何かの小さな影が見えた。
「モンスターじゃないの?」
「そうなのぉ?」
「んー、カースツリーっていう、悪魔の人形を吊り下げた枯れ木のモンスターが出るとは聞いてたけど、それにしては小さすぎると思わないかい……?」
「じゃ、じゃあなんなのよ……」
「なんなのぉ……」
「……よし、行ってみよう」
ダリルたちが慎重に小舟を動かして謎の影に迫った結果、それは赤く染まった水面から飛び出した人間の手であった。
「ダメだ……もう死んでる……」
ダリルが手を掴んで引き上げようとするも、それ以外の部分の損傷が激しく既に手遅れの状態だった。
「も、もう死んでるのなんて引き上げなくてもわかるわよ! 引っ込めて!」
「リリア、それじゃ可哀想だよぉ」
「じゃあロッカも仲良く一緒に沈んじゃう!?」
「や、やぁぁ……」
「二人とも……何か変だと思わないかい?」
「「え?」」
「手だけ人食い魚たちに食べられてないところを見ると、湖に落ちたのはつい最近じゃないかな。つまり……ちょっと前に何者かにやられて小舟から落とされた可能性が高い……」
「じゃ、じゃあ殺したやつが近くにいるってことよね……?」
「それって……例の殺人鬼なのぉ……?」
「……その可能性が高いだろうね」
「「ひいぃ……」」
震えながら抱き合うリリアとロッカ。ダリルが引き離した手は、不気味な泡とともに少しずつ沈んでいくのだった……。
どこかにある、鍵がぶら下がった枯れ木に触れるだけでいいそうだ。こう聞くと簡単そうだが、この湖は広大で視界も悪いために一日中小舟で彷徨っても発見できないことはざらにあるとか。正直、かなり根気がいる作業に思える……。
――何をぐずぐずしている。さっさと盗め、奪い去るのだ……。
「……う、うぅ……」
「ウォールどの?」
「……だ、大丈夫、だ……」
「いや……明らかにおかしい。ウォールどのは無理をしているようにしか見えない。戻ろう」
「う、うぐ……」
発作を我慢できるかと思ったが、以前より耐えられなくなっていることに気付く。このままではシュルヒに迷惑をかけてしまうし、おかしくなる前に事情を話してしまったほうがよさそうだ。
「シュルヒ、実は――」
俺は彼女に自分の発作について話した。誰彼構わず盗みたくてしょうがなくなる奇妙な症状のことを……。
「――むう……まさかウォールどのがそんな恐ろしい病に蝕まれていたとは……」
「……はぁ、はぁぁ……そ、そうなんだ……。やっぱり戻ったほうが、いい……。思ったより我慢できそうにない……し、このまま俺といたら、まずい……」
「病を抑える術はないのだろうか?」
「……ぬ……盗むしか。あ、あとは……」
そういえば、以前ダリルから【慧眼】というアビリティさえあれば原因を突き止められるとか言ってたような。
「け……【慧眼】というアビリティさえ、あれば……何かわかるかもしれない……」
「【慧眼】? それは元リーダーのジェナートどののアビリティだ」
「……え、ええ……?」
シュルヒの発言はとても意外なものだった。
「彼の元にウォールどのを連れていけば、その発作を抑えるどころか治す方法もわかるかもしれない……」
「……ぐぐぐ……」
「ウォ、ウォールどの……?」
「……も、もう無理そうだ……。何か盗んで、一時的に発作を抑えるしか……」
「その対象は人でなくてはならないのだろうか? モンスターとかは?」
「……い、いけるかも、しれない……」
「そうか、ならばモンスターでも出現してくれたら盗めるのだが……はっ……」
「……シュ、シュルヒ……?」
「誰か、来る……」
「……えっ……」
「小舟だ……」
「……」
まさか、例の殺人鬼が乗ってるのか? こんな厳しい状況で遭遇してしまうというのか……。
※※※
「――船だ……」
「「っ!?」」
音がした方向へ小舟を進ませてからまもなく、ダリルたちに緊張が走る。前方に正体不明の小舟の影が見えてきたからだ。
「ダ、ダリル、どうなの? 誰が乗ってる? ウォール……?」
「ウォールお兄ちゃん……?」
「ちょっと待って。もうすぐ……もうすぐわかるはず……」
『視野拡大』スキルが使えない状況、三人の中でダリルは一番視力が良かったため、彼を頼りにするしかなかった。
「……っと、それより逃げる準備もしておかないとね。もし殺人鬼だったら、相当に手強い相手みたいだから……」
「こ、怖いこと言わないでよ……!」
「うぅー……」
「心構えだけはしっかり持っておくんだ。どんなときでも気を確かに……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくダリル。やがて謎の小舟はすぐ近くまで迫り、緊張状態は極限まで達そうとしていた。
「――いない……」
「「え……?」」
目を瞑っていたリリアとロッカがはっとした顔で周囲を見渡すと、小舟にはダリルの言う通り誰も乗ってはいなかった。
「何故なんだい……? 確かに音が聞こえてきたはずなのに、一体どうして……」
「き、気味悪いわね。小舟だけ来るなんて……」
「変なのぉ……」
「ロッカ、あんたねえ。いい加減聖母状態になりなさいよっ!」
「ふぇぇ……だって疲れるもん……」
「もう脱がすっ!」
「ひゃぁ――」
「――あ、あれは……!」
「「……え?」」
ダリルが指差した方向には、何かの小さな影が見えた。
「モンスターじゃないの?」
「そうなのぉ?」
「んー、カースツリーっていう、悪魔の人形を吊り下げた枯れ木のモンスターが出るとは聞いてたけど、それにしては小さすぎると思わないかい……?」
「じゃ、じゃあなんなのよ……」
「なんなのぉ……」
「……よし、行ってみよう」
ダリルたちが慎重に小舟を動かして謎の影に迫った結果、それは赤く染まった水面から飛び出した人間の手であった。
「ダメだ……もう死んでる……」
ダリルが手を掴んで引き上げようとするも、それ以外の部分の損傷が激しく既に手遅れの状態だった。
「も、もう死んでるのなんて引き上げなくてもわかるわよ! 引っ込めて!」
「リリア、それじゃ可哀想だよぉ」
「じゃあロッカも仲良く一緒に沈んじゃう!?」
「や、やぁぁ……」
「二人とも……何か変だと思わないかい?」
「「え?」」
「手だけ人食い魚たちに食べられてないところを見ると、湖に落ちたのはつい最近じゃないかな。つまり……ちょっと前に何者かにやられて小舟から落とされた可能性が高い……」
「じゃ、じゃあ殺したやつが近くにいるってことよね……?」
「それって……例の殺人鬼なのぉ……?」
「……その可能性が高いだろうね」
「「ひいぃ……」」
震えながら抱き合うリリアとロッカ。ダリルが引き離した手は、不気味な泡とともに少しずつ沈んでいくのだった……。
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