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第二章 牙を剥く皇帝
霧
しおりを挟む「ここが四階層……」
「うむ……」
俺とシュルヒがいるのはとても小さな島で、周囲には分厚い霧が覆う湖があり、傍らには五人くらい乗れる程度の小舟が浮かんでいた。これで移動しろってことか? でも船を漕ぐための櫂がないな。
――奪え……。
「うっ……?」
「どうした、ウォールどの?」
「……い、いや、シュルヒ、なんでもない……」
またあの発作が唐突に襲ってきたわけだが、すぐ収まったので俺はこのことを隠すことにした。ただでさえ殺人鬼が出る危険な階層だし、彼女に余計な心配をさせたくなかったんだ。こんなに短期で済むなら俺が我慢すればいいだけの話だからな……。
シュルヒに続いて小舟に乗ると、無風状態でしかも漕いですらいないのに船が勝手にどんどん進み始めた。
「あれ、勝手に船が……?」
「ウォールどの、これは船に乗った冒険者の意志通りに進むようになっているのだ。ただし、あくまでもパーティーリーダーの思惑が優先される」
「へえ……」
体を使わなくていいってことで便利だと思うが、視界がやたらと悪いせいもあるのか先に進んでる感じがあまりしなかった。『視野拡大』スキルを使ってみたが、結界の役割も兼ねているらしく通用しない。不気味な静けさも相俟って精神のほうが削られそうだ。
――何をしている。この女から大切なものを奪え、奪うのだ……。
「……」
――自分以外は敵だ。奪われる前に奪うのだ……。
「ぐぐっ……」
「ウォールどの……?」
「よ……酔ったみたいで……うぇっぷ……」
「む、そうか。では一旦地上まで戻――」
「――い、いや、大丈夫。もうよくなったみたい……」
「……それならいいが……また具合が悪くなったら遠慮なく言ってほしい」
「うん……あっ……」
なんだ? 前方に枯れ木のような影が見えてきた。枝には人形みたいなものが幾つもぶら下がってるのがわかる。
「ウォールどの、伏せるのだ!」
「うっ……?」
咄嗟にシュルヒの言う通りにしたら、すぐ頭上を何かが複数通り過ぎたような感覚があった。
『『『シャアァーッ!』』』
「はっ……!」
威嚇するような甲高い声がして振り返ると、凶悪そうな顔をした少女の人形たちが船べりにしがみつき、こっちへ飛び掛かろうとしていた。ダメだ、小舟の中ではどうしたって避けられない……。
『『『ムギャッ!?』』』
人形たちが空中で悲鳴を上げながら四散する。
「……シュルヒがやった?」
「うむ。一応、後ろ側にも【軌跡】を使っておいたのだ」
「やっぱり――」
『――ゴギャアァァッ!』
続いて、前方にあった枯れ木が細切れになって沈んでいく。これが【軌跡】の力なのか。さすが、シュルヒは最強パーティー《エンペラー》でずっとレギュラーを張っていただけあって抜かりないな……。
※※※
「な、なんなのよここ。視界悪すぎじゃない……!」
「怖いよぉ……」
ダンジョンの四階層、小さな島から小舟に乗り移ったリリアとロッカが不安そうに周囲を見渡す。最後にリーダーのダリルが乗り込み、船はおもむろにいずこへと進み始めた。
「なるほどねぇ……これだけ視界が悪いなら殺しもやりやすいわけだ」
「ちょっと、ダリル! 一人で納得するのはいいけど、そんなこと言うもんだから余計に怖くなってきたわよっ!」
「だよぉ……!」
「ちょっ、ちょっと、ロッカ。あたしにしがみつかないでよねっ!」
「あはは……そりゃ僕だって怖いよ。でも、この階層のどこかにウォール君もいるはず。早く合流しないと……」
「ったく、こんな危険なところへあたしたちを来させるなんて……絶対許さないんだからっ……!」
「ふぇぇ……でもリリア、それはウォールお兄ちゃんには関係ない――」
「――あるわよ! 裸にして湖に叩き落とすわよ!?」
「い、いやぁ……!」
「こらこら……ここは人食い魚の宝庫らしいし、そんなことしたらあっという間に骨だけになっちゃうよ?」
「「うぇぇー!?」」
青ざめつつ抱き合うリリアとロッカ。
「――あ……」
ふとはっとした顔になるダリル。
「ど、どうしたの、ダリル?」
「ダリルゥ……?」
「二人には聞こえなかった? 今近くで音がしたような……」
「えっ……あたしには聞こえなかったけど、それってもしかしてウォールのいる船が近いってこと?」
「なのぉ?」
「わからない。なんせ、ここの霧は『視野拡大』スキルが通用しないみたいだから……。とにかく行ってみよう!」
「「うんっ!」」
ダリルたちは互いにうなずき合い、音がした方向へと小舟を進ませていくのだった……。
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