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第二章 牙を剥く皇帝

不意打ち

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「さあ、そろそろ出発といきましょうか」

 布巾で口元を拭ったバジルがそう宣言するが、宿舎前に人だかりはあっても馬車は見当たらなかった。まさか、徒歩でダンジョンへ……?

「おう、俺はいつでもいいぜっ!」
「自分もかまわない」
「我もだ」

 みんなうなずいてるが、バルコニーから出る素振りすらない。ゆっくり行こうってことなんだろうか。

「ウォールさんも準備は大丈夫ですか?」
「あ、武器が……」
「それでしたらあそこから好きなものを選んでください」

 バジルが指差した片隅にある台の上には色んな武器が用意されていて、俺は無難に短剣を選ぶことにした。盗賊みたいなアビリティなせいか妙にしっくりくるんだ。短剣といっても色んなものがあるが、黒塗りの刀身を覗き込むと骸骨がぼんやりと映ったので驚いた。

 これ、自分の骸の姿っぽいな……。それを抜きにしても、見ているだけで威圧感を覚えるようなものだ。そういう効果もあるのかもしれないし面白そうな武器だと思う。

「これはなんていう武器なのかな?」
「お、さすがはウォールさん、最高の得物を選びましたね」
「え?」
「それは深淵の欠片という武器です。それ自体の攻撃力は普通の短剣と変わりませんが、アビリティの効果範囲を少し上昇させる効果がありましてね。あなたにぴったりの品でしょう」
「た、確かに……」

 深淵の欠片、か……。【盗聖】の範囲が広がるなら、これ以上ない効果だ。武器としてまったく使えないってわけでもないしな。

「それでは、参りますよ」

 バジルが腰に下げた袋から何か取り出したと思ったら、蝶の羽模様が施された銀の鈴だった。それを鳴らしたかと思うと、数秒後に視界が一変した。

「なっ……?」

 そこはあの山頂にある窪んだ石板前だった。ここは……間違いない、例の窪んだダンジョンの入り口だ。

「ウォールさん、びっくりしましたか? これは帰還の鈴といって、パーティーリーダーが鳴らすだけでダンジョン外限定ですがかつて鳴らした場所まで飛べるというレアアイテムなのです。ちなみにもう一度鳴らせば宿舎のほうに飛ぶことができます」
「へえ……」

 しばらく不意打ちを食らったような憮然とした気分だったが、ようやく落ち着いてきた。それにしても凄く便利なアイテムだと思う。だからみんなその場を動こうとはしなかったんだな。

「それ、四階層にいるモンスターが稀に落とすレアアイテムでよ、【幸運】アビリティ持ちが1000回倒してようやく一つ出るレベルらしいぜ! 現存するのは一つか二つだけって話」
「それは凄い……」

 エドナーにドヤ顔で説明されて、俺は素直に感嘆の息を零した。

「ふん、くだらんな。早く先に進みたいものだが?」
「あ、ごめん……」
「ふっ、笑止」

 レギンスは俺のほうを向かず、口元に涼しい笑みを浮かべるだけだった。怒ってるかと思えば別にそうでもないみたいだし、なんだか掴みどころのない人だ――

「――あっ……」

 誰かが茂みの中から現れたかと思うと、物凄いスピードで突っ込んでくるのがわかる。剣を振りかぶった状態で、しかも俺のほうに。

「何やつ!」

 咄嗟の出来事だった。俺の横にいたシュルヒが剣を振り下ろしたあと、目前まで迫ろうとしていた男が見えない壁に弾かれるようにして倒れたのだ。

「ぐあぁっ!」

 暴漢は血まみれになって地面を転げ回り、まもなく動かなくなった。え、斬られた? シュルヒが早すぎるタイミングで放った剣はどう見ても空振りしたはずだが……。

「シュルヒ、今のは……?」
「ウォールどの、今のは自分のアビリティ【軌跡】によるものだ。目には見えなくても、しばらくは斬撃の軌道と威力が残るため刃の結界になる」
「へえ……あっ……」
「へへっ……」

 エドナーが挑発的な顔で倒れた暴漢のほうに歩み寄っていくが、すぐ側まで近付いたところでやつは何事もなかったかのように立ち上がった。死んだ振り作戦か? まずいぞこれは……。

「外道めが! 死ねえええぇっ!」

 まさに神がかり的な猛スピードで男はエドナーに斬りかかっていた。目が回るレベルの速さだし、一方的だ。これはもうエドナーがやられるのは時間の問題だろう。

「へっ……当ててみろよ、おい。大したスピードだけどよ、果たして当たるかなあ?」
「え……ええっ……?」

 信じられない。エドナーは暴漢の攻撃を全てかわしていたのだ。それも余裕の表情で。

 相手に比べるとスピードなんてまるでないように見えるのに、最低限の動きでかわしているようだった。これはおそらくアビリティの効果なんだろう。そうでなければ説明がつかない。しかし、手ぶらとはいえ反撃しないのは何故だ? あたかもそれは自分の役目ではないとでも言いたげに呑気に欠伸していた。

「フフッ、さすがはエドナーさん。あなたのアビリティ【超回避】は最早理不尽なレベルですねえ」
「……」

 バジルが説明してくれた。やっぱり俺の思った通りだ。

「――はぁ、はぁ……ち、畜生……」
「さて、次は私の番ですね」

 エドナーと入れ替わるようにしてバジルが男のほうに近付いていく。いや、さすがにそれは危険だろう。いくら疲労困憊の様子で座り込んでるとはいっても、あの暴漢は奇襲してきた上に血まみれの状態で死んだ振り作戦までしてきた――

「――死ねええぇっ!」

 予感は的中し、男は立ち上がると同時にバジルに斬りかかっていった。ダメだ、あれじゃもう間に合わない……。

「……うぇっ?」

 それは、暴漢が発した素っ頓狂な声だった。弱々しく振り下ろされた剣は当然のように命中せず、バジルにあっさりと回り込まれると羽交い絞めにされてしまった。今のは、一体どうなったんだ。あれだけ勢いがあった男の動きが一気に萎んでいった。

「私のアビリティは【王手】です。文字通り、王の近くに立つ味方以外の者はあらゆる力を封じられます。アビリティでさえも、ね……」
「……」

 さすが、最強パーティー《エンペラー》のリーダーらしい能力だ。効果範囲や効果時間が気になるが、それ次第ではほぼ無敵ってことか。

 さあ、次はレギンスって人の番かな?

「それではウォールさん、次はあなたの番ですよ」
「……お、俺……?」

 早くも俺の出番かよ……。
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