26 / 50
第二章 牙を剥く皇帝
リアリティ
しおりを挟む「……ダメだ……」
まったく眠れないし、これからも眠れそうにない。俺はベッドに横たわり目を瞑ってしばらく経つわけだが、やたらと意識がはっきりしていてどうしても眠れないでいた。
やっぱり最強パーティー《エンペラー》の一員になったことでそれだけ無意識のうちに重圧を感じていたってことだろうか。寝坊しないように早めに寝たのでそこまで眠くなかったっていうのもあるが、それでも疲れは溜まっているという自覚はあった。
だから明日につなげるためにも今はとにかく眠らないといけない。皇帝たちの前でウトウトするなんてあっちゃいけないし、なんとしても眠るんだ。羊が一匹、羊が二匹……お、なんかウトウトしてきた。よし、いい感じ――
「――ウォール様がここにいるのはわかっています!」
ん、この声は……確か、女になったダリルの声だったような……?
「そうよ! ウォールに会わせて!」
「ウォールお兄ちゃんに会いたいよぉ……」
「……」
エントランス付近にいるダリル、リリア、ロッカの姿が見えてくる。どうやら俺は《エンペラー》の宿舎まであの《ハーミット》の三人が来ているっていう夢を見てるらしい。ダリルなんてお姫様の姿だし俺の願望がもろに現れてるっていうのがわかって照れ臭くなる。気付いてはいたけど、俺って心底あの頃に戻りたいんだなあ。もう無理なのに……。
「ダメだ。ウォールどのはもう寝ている。休ませてやれ」
シュルヒが強めの口調で追い返してる。なんだかやたらとリアルな夢だな。
「で、でもでも、寝ているといってもまだこんな時間ですし……! ウォール様はわたくしたちといた頃は、こんなにすぐお休みなられるなんてことはほとんどないお方でしたよ……?」
「そうよ! ウォールっていっつも夜更かしするタイプだし、こんな時間に寝るわけないでしょ!」
「私もそう思うのぉ……」
「……」
そういやそうだったな。《ハーミット》の宿舎にいた頃は楽しいから夜更けまで起きてることも珍しくなかったし、いつしかそれが普通になっていった。リリアたちが騒がしいから眠れないっていう側面もあるが……。
「では、ウォールどのの早期就寝がまったくなかったというわけでもないんだろう。とにかくダメなものはダメだ」
「うっ……そ、それなら……それなら明日でもいいのでウォール様に会わせてくださいな!」
「そうよ、会わせてよ! ねえウォール、起きてるんでしょ!? このままあたしたちから逃げようなんて、そうはいかないんだから!」
「ウォールお兄ちゃん、私たちね、ずっと待ってるよ。だから……」
「……」
みんな必死だ。そうまでして俺を連れ戻したいんだな。夢の中とはいえ、健気すぎて涙が出そうだ……。
しばらくして三人は諦めた様子で引き下がったものの、何度もこの宿舎のほうを振り返っていて、やがて無念そうに視界から消えていった。悲しいなあ。なんでこんなに胸が痛むんだろう。なんでこんなにも心臓を抉られるような夢を見てしまうんだろう……。
※※※
「あ……」
気が付くと外は大分明るくなっていた。いつの間にか寝てたみたいだな。少し疲れは残ってる感じだが、まだここには慣れてないしこんなもんだろう。最初のほうはどうなるかと思ったけど、夢を見たあたりから徐々に睡眠が深くなっていったみたいだ。ん、ドアをノックする音だ。多分シュルヒだと思う。
「どうぞ」
「おはよう、ウォールどの」
「うん、シュルヒ、おはよ――」
「――あ……」
「ん……?」
なんだ? 入ってきたシュルヒが俺に近付くなり慌てた様子で視線を逸らすと、ハンカチを手渡してきた。
「こ、これで涙を……」
「あっ……あ、ありがとう……」
そうか……俺、あの現実っぽい夢を見ながら無意識のうちに泣いてたんだな。今や皇帝の一人なのに涙を見せてしまうなんて迂闊だった。情けないやつだと思われそうだし……。
「実は昨日の夕刻、ウォールどのの元パーティーメンバーだと名乗る者たちが訪ねてきた」
「……え?」
ってことは、あれは本当に夢じゃなかったっていうのか……? そうか……俺が『視野拡大』スキルを無意識のうちに使ってて、あたかも夢のように見えていたってことか。あれは紛れもなく現実だったんだ……。
「……うくっ……」
俺はたまらずハンカチで目頭を押さえた。泣きたくないのに……みっともないから涙なんて見せたくないのに嗚咽が止まらなかった。
「強いのだな、ウォールどのは」
「え? な、なんで……」
「仲間とはいえ他人に弱みを見せることは、自分にはもうできそうにないから……」
「それって……強いの?」
「……怖いから自分にはできそうにもない。だから心底羨ましい……」
「シュルヒ……」
彼女の顔は、少し紅潮しててなんだか照れ臭そうだった。
弱いから涙を止められないと思ってたのに、それがどうして強く見えたのかはわからないけど、嘘をついてる感じでもないし彼女には確かにそう見えたってことかな。怖いから、か。なんか複雑な事情を抱えてそうだ……。
1
お気に入りに追加
1,246
あなたにおすすめの小説

固有スキルガチャで最底辺からの大逆転だモ~モンスターのスキルを使えるようになった俺のお気楽ダンジョンライフ~
うみ
ファンタジー
恵まれない固有スキルを持って生まれたクラウディオだったが、一人、ダンジョンの一階層で宝箱を漁ることで生計を立てていた。
いつものように一階層を探索していたところ、弱い癖に探索者を続けている彼の態度が気に入らない探索者によって深層に飛ばされてしまう。
モンスターに襲われ絶体絶命のピンチに機転を利かせて切り抜けるも、ただの雑魚モンスター一匹を倒したに過ぎなかった。
そこで、クラウディオは固有スキルを入れ替えるアイテムを手に入れ、大逆転。
モンスターの力を吸収できるようになった彼は深層から無事帰還することができた。
その後、彼と同じように深層に転移した探索者の手助けをしたり、彼を深層に飛ばした探索者にお灸をすえたり、と彼の生活が一変する。
稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。
『箱を開けるモ』
「餌は待てと言ってるだろうに」
とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

ゴミスキル【スコップ】が本当はチート級でした~無能だからと生き埋めにされたけど、どんな物でも発掘できる力でカフェを経営しながら敵を撃退する~
名無し
ファンタジー
鉱山で大きな宝石を掘り当てた主人公のセインは、仲間たちから用済みにされた挙句、生き埋めにされてしまう。なんとか脱出したところでモンスターに襲われて死にかけるが、隠居していた司祭様に助けられ、外れだと思われていたスキル【スコップ】にどんな物でも発掘できる効果があると知る。それから様々なものを発掘するうちにカフェを経営することになり、スキルで掘り出した個性的な仲間たちとともに、店を潰そうとしてくる元仲間たちを撃退していく。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる