25 / 50
第二章 牙を剥く皇帝
曇り空
しおりを挟む「ここがウォールどのの部屋だ。どうぞごゆっくり」
「うん」
シュルヒに案内されて三階の奥にある自室に入ったわけだが、一人じゃもったいないと思えるくらいの広さがある上、落下の心配を微塵も感じさせない高級ベッドも置かれ、大窓から見える景色も壮観だった。こんなところに住めるなんて夢みたいだな。一夜にして貧民から貴族になった気分だ。
「ではこれで――」
「――あ、シュルヒ。ちょっといいかな?」
「……はい?」
「次の予定とかは……」
「朝は自分が起こしにいくから心配はいらない。ではこれで」
「ありがとう」
「……ど、どういたしまして」
シュルヒは少し驚いたような顔をしたあと、そそくさと部屋を出ていった。やっぱりこれだけ別格に強い人ばかりなところって、その分人間関係が希薄になっててお礼を言っただけでも違和感があるみたいな感じだろうか。
「……」
俺は一人ベッドに沈むように座って窓の外を見る。空は自分の今の気持ちを表すかのように曇っていた。さっきまで両方晴れてたような気がしたんだがな。
それにしてもなんだろう……心にぽっかりと穴が開いちゃってるようなこの感覚は。《ハーミット》に所属していたときよりずっと恵まれた境遇にいるというのに。リーダーのバジルが言ってたように、まだここに慣れてないからなんだろうか。
うん、きっとそうだ。そうに違いない……。俺はダリルたちのことを脳内から掻き消そうと必死だった。もう終わったことだ。これから俺は変わるんだ。誰もが畏怖する最強パーティー《エンペラー》の一員として……。
※※※
「「「うぇぇっ……?」」」
王都の駐屯地前、ダリルたちの上擦った声が被る。
「とまあ、こういうわけだ。だから帰った帰った! というかだな、もうこの話題は迷惑だから出さないでくれ。《エンペラー》なんかに睨まれたらたまったもんじゃねえからなあ……」
兵士が苦い顔で立ち去り、その場には憮然とした顔の三人が残った。
「……信じられない。ウォール君があの《エンペラー》に入っただなんて……」
「まったくよ……。処刑されずに済んだのはいいけど最悪のケースの一つだわ。あたしたちよりずっと上のパーティーに入っちゃうなんて……」
「ウォールお兄ちゃん……」
しばらく彼らは項垂れたまま押し黙っていたが、やがてリリアがはっとした様子で顔を上げた。
「で、でも、こんなのおかしいわよ。どうしてこうなったわけ? ウォールの能力がバレたってこと?」
「んー……《エンペラー》は最近主要メンバーが一人抜けたみたいだから、多分その代わりを探すために情報収集してたんじゃないかな。あそこのスカウトの情報網は群を抜いてるらしいし」
「じゃあ……もしかしたらスパイとか身近にいたってこと?」
「おそらく、ね。あそこは一部じゃ良くない噂も聞くし。不確かではあるけど、ダンジョンで殺しをやってるとか……」
「そ、そんな恐ろしいパーティーに入っちゃうなんて、余計にウォールが心配になってきたわよ……! あの怖そうな兵士ですら話題にも出したくないわけだわ……」
三人の顔に浮かんでいた困惑の色が次第に厚みを増していく。
「は、早くウォールお兄ちゃんを助けないとぉ……」
「わかってるわよ! てかロッカったら、こんなどうしようもないときこそ聖母状態になるべきでしょ?」
「うぅ……私、今はまだ疲れてるの……」
「ったく、使えないわねえ。ダリル、とっとと助けにいきましょ! ウォールにお仕置きしなきゃ気が済まないわ!」
「……」
「ダリル?」
ロッカを引っ張って前に進み出したリリアだったが、ダリルがついてこないことに気付いて振り返った。
「助けるって簡単に言うけど……リリアとロッカはわかってるのかい? 《エンペラー》は脱退者に対して容赦なく敵対するっていう宣言を出してる。これは噂でもなんでもないんだ。自分たちの仲間になることは秘密を共有することでもあるからって。だから、もしウォール君を脱退させた場合、僕たちも敵だと見なされる――」
「――それじゃ、このまま放っておくっていうの!?」
「そうは言ってない! 僕たちにはウォール君が必要だし、元々僕たちのメンバーで、手違いがあって《エンペラー》に入ることになったって説明すれば、もしかしたらわかってもらえる可能性もあるかもしれないって……」
「……そうね。ロッカが聖母状態ならそれでいけたんだけど……」
「ふぇぇ。もうちょっと休ませてぇ……」
「ったく。【維持】するタイミングをもうちょっと考えなさいよね! 脱がすわよ!?」
「そ、それじゃあストリーキングだよぉ……」
「とにかく急ごう。時間が大事だ」
「「うん!」」
三人は互いに強い表情を向け合い、うなずくと《エンペラー》の宿舎に向かって走り出したが、まもなくダリルだけ再び立ち止まった。
「――あ、そうだ。ウォール君に誠意を見せなきゃね」
「「ダリル……?」」
不思議そうに振り返ったリリアとロッカに対し、ダリルはニヤリと笑ってみせた。
1
お気に入りに追加
1,246
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

外れスキル【転送】が最強だった件
名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。
意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。
失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。
そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す
名無し
ファンタジー
パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
コーデリア魔法研究所
tiroro
ファンタジー
孤児院を出て、一人暮らしを始めた15歳の少女ミア。
新たな生活に胸を躍らせる中、偶然出会った魔導士に助けられ、なりゆきで魔法研究所で働くことになる。
未知の世界で魔法と向き合いながら、自分の力で未来を切り拓こうと決意するミアの物語が、ここから始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる