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第一章 隠者の目覚め
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しおりを挟む「――ダリル、ロッカ、大変! ウォールがいないわ!」
「……な、なんだって?」
「ふぇえ?」
慌てふためいた様子で入ってきたリリアを前に、食事中だったダリルとロッカがほぼ同時に立ち上がった。
「もしかしてあいつ、一人でダンジョンに行ったのかしら!?」
「……いや、そんなはずはない」
ダリルが顎に手を置いて考え込んだ様子で呟く。
「じゃあ、どこにいるの!?」
「リリア、落ち着いて。ウォール君の性格からして、黙ってどこかに行くとは思えない」
「そ、それって、まさか……」
あのときのことを思い出して、リリアの顔が見る見る青ざめていった。忘れもしない、ウォールが豹変したあの日のことだ。
「あのときのこと、まだ気にしてるとか……」
「……いや、ああいうことがあったからこそ、ウォール君には僕たちの気持ちが充分伝わってるはず。なおさら出ていくなんてできやしないさ」
「じゃあ、どうしていないのよ!」
「……そんなの、僕がわかるわけない」
「それでもリーダーなの!?」
「リリア……僕だって真剣に考えてるんだ! いい加減にしてくれ!」
「何よ!」
「二人とも、落ち着いてください」
ロッカがリリアとダリルの間に立つ。そこにいるのは、いつものぼんやりとしたロッカじゃなかった。あの日、ウォールを止めたときのような神々しい風格さえあった。
「どうか、落ち着いてください……。なんとなくですが……街のほうに向かった気がします」
「「街?」」
「はい。あのとき……彼は自分と必死に戦っていました。自分の何かを抑えるために――」
「――そ、それじゃあ、まさかウォール君は……」
「ダリル、どういうことなの……?」
何かを察したのかダリルがはっとした表情を浮かべるも、リリアはわけもわからずただ呆然とするだけだった。
「あの発作が起こって、それを抑えるために街に向かった可能性があるってことか。僕たちを傷つけたくないからと……」
「あ、あのバカ……。それじゃあ根本的な解決にはならないじゃないの……」
それでもウォールならやりそうなことだと思って、リリアが声を詰まらせる。しばらく重い空気が続いたが、ダリルが思い立った様子で紅潮した顔を上げた。
「……まだ、まだ間に合うかもしれない。行こう!」
「う、うん。早く止めなきゃ!」
「はい、急ぎましょう」
※※※
「……精々、そこで怯えながら待ってるがいい。ノーアビリティーのウォール君」
「……」
「おい、返事くらいしろよこの……ひっ……?」
何気なく見上げたら、鉄格子越しの憲兵がたちまち青い顔になって逃げて行った。無意識のうちに怖い顔になっていたのかもしれない。どうしてもあいつらのことを考えてしまうし。
『視野拡大』スキルでセインとルーネが抱き合ってるところを見たとき、俺はあいつらから一番大事なものを奪ってやりたいと心の底から思った。例の黒々とした嫌なものと同化するような感覚があったんだ。でも、これは何かに取り憑かれているわけじゃなくて、本心なんだってはっきりわかった。
結局、人生なんて奪うか奪われるかなんだ。弱いから奪われる。奪われれば当然、不幸になる。俺の能力は決して弱くはない。むしろ滅法強い。だったらその力を使わないのはおかしい。もちろん、ダリルたちに迷惑をかけるつもりはない。個人的な恨みを晴らすだけさ。そのためにはまずこの檻から出ないといけないわけだけど……どうしようか。
今度憲兵が来たら、隙を見て大事なものを奪ってやるか? 大抵は命だろうから、力尽きたところで鍵を奪い取ればいい。まだ俺のアビリティ【盗聖】については知られてないようだから好都合だ。
待ってろ、ルーネ、セイン。お前らはもう俺の幼馴染でもなんでもない。この世に産まれたときから敵同士だ。俺が受けた屈辱を何倍にもして返してやるつもりさ……。
「――こ、こここっ……」
なんだ? 兵士のうろたえた声が聞こえてくる。
「こちらですっ……」
誰かが面会に来たんだろうか? まさか、ダリルとか。あの人、目つき怖いからな……。
「……」
兵士とともに俺の前に現れたのは、騎士のようないでたちをした凛々しい女性だった。長すぎず短すぎのさっぱりとした髪型で綺麗な顔立ちをしていて、あまり表情もないけど見てるだけで気圧されそうになるほどの強そうな雰囲気を持っている。
かなり目上な立場の人っぽい。なんでそんな人がこんなところにっていう疑問もあるんだけど……。
「案内ご苦労だった。さあ牢獄の鍵を渡せ」
「へ……?」
「聞こえないのか?」
「は、はいぃっ!」
兵士があっさり鍵を渡してしまった。やっぱり、俺の考えに間違いはなかったみたいだ。威圧するような空気を纏って騎士然とした女性がこちらに迫ってくる。ま、まさか、そのままあの人に処刑されちゃうとか……ないよね。って、あれ……? 持っていた鍵で鉄格子を開けたかと思うと、跪いてきた。
「自分の名はシュルヒ。《エンペラー》の一員として、ウォールどのをお迎えに参った」
「え……えええっ……?」
《エンペラー》って、メンバー全員がSランクのアビリティを持ってるっていう、あの最強パーティーのことじゃないか……。俺がその一員になれるっていうのか?
「是非、貴殿のお力をお貸し頂きたい……」
「……」
でも、よく考えたら俺のアビリティを欲しがるパーティーがいるのも当然かな。なんせ相手の一番大事なものを奪うことができるわけだから。きっと、どこかでその情報を掴んだんだろう。もしかしたら今回の件がきっかけだったのかもしれない。
「悪いけど、少しだけ考えさせてほしい」
「はっ……」
俺は自分の汗ばんだ掌を見つめた。……これはいい機会じゃないかな? 心を鬼にするんだ。ダリルたちのところに戻っても、またあの発作が起こって大事なものを奪ってしまう可能性がある。それに、個人的な恨みを晴らすことで迷惑をかけるかもしれない。
でも、あの《エンペラー》の一員になればこの力を遠慮せずに使えるし、色々揉み消せるんじゃないかな。人っていうのはとにかく印象に囚われるように思う。弱者には強く出るけど、強者には何もできない。弱者はどんな理不尽も飲み込むしかない。俺を受け入れてくれた《ハーミット》にそんな惨めな思いをさせたくないんだ。
「……シュルヒ、俺でよければ力を貸すよ」
「ありがたきお言葉。では、ご一緒に……」
差し伸べてきたシュルヒの手を取る。その冷淡な表情とは裏腹に、彼女の手は凄く温かかった。
……ダリル、リリア、ロッカ、ごめん。俺を恨んでくれてもいい。どうか、俺の代わりに、もっといい人と巡り合えることを心から願っている。これから俺は《エンペラー》のメンバーとして新しく生まれ変わるんだ。新しい仲間たちとともに……。
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