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第一章 隠者の目覚め
記憶
しおりを挟む『……ォォ……』
白髪頭のゾンビが明らかに意気消沈してるのがわかる。
キーマンだと判断されて、【分身】のリリアを含むみんなに囲まれたことで威圧感でも覚えてるんだろうか。ただ、歯もほとんどないしまともに喋れないみたいだから会話でヒントを導き出すのは難しそうだ。
「ウォール君、リリア、ロッカ。とにかくこの部屋の中に鍵があるのは間違いないし、しらみつぶしに探そうか?」
「うん」
「そ、そうね」
「はぁい……」
ダリルの提案に誰もがうなずくも笑顔はなかった。
そりゃそうだよな。この部屋、よく見たらかなり広い上にぎっしり詰まった本棚が図書室レベルでずらりと並んでて、散らばっているものも含めて一つ一つ確認する作業をやってたら頭がおかしくなりそうだし。
うーん、何か良い方法はないかな。キーマンなら喋れなくても記憶はありそうだが……。
「――あ……」
そうだ。その手があった……。
『……フォッ!?』
俺に詰め寄られて白髪ゾンビが素っ頓狂な声を出す。
「う、ウォール君、何を?」
「ダリル、これから面白いことをやるから見てて」
「む……?」
ダリル、思案顔になってる。でもいくら考えてもわからないはず。何故なら、これは俺にしかできないことだから。
「もしかしてウォールお兄ちゃん、ゾンビおじちゃんをいじめちゃうの……?」
「それは見てのお楽しみだよ、ロッカ」
ゾンビ爺さんをいじめるつもりはないんだが、俺はロッカに向かってあえて意地悪な笑みを浮かべてみせた。割りとこういうところ、普段彼女を甚振ってるリリアに影響されちゃってるのかもな。
「だ、ダメだよぉ……あっ!」
「その調子よ、ウォール。ロッカはあたしが止めるから、とっととこのゾンビをやっつけちゃいなさい!」
「や、やだあ。やめてええ……」
「……」
リリア、このゾンビに対してかなり根に持ってる様子。さて、始めるか。
『フォォォ――』
「――じっとしてろ。何もしない……」
俺は後退する白髪ゾンビに近寄りアビリティ【盗聖】を行使してみせる。するとまもなく、ある場面が脳裏に浮かんできた。
――これは……おそらくゾンビの記憶だ。やはり俺の思った通りだった。
ゾンビはここにある本棚の一つを見上げていて、その中に一冊だけ光り輝くものが見えた。多分、あれがキーマンとしての役割を与えられたユニークアンデッドにしか見えない鍵なんだ……。
早速俺はこの光景を頼りに例の本棚へと向かう。
確か、中央の列の右から五つ目の本棚……その上から二段目の左側にあったはずだ。そこらへんにある本を片っ端から触ってみると、ぱっと輝いて目の前の本棚が消失し、その代わりのようにダンジョンボードが現れた。
※※※
「まさか、キーマンから記憶を盗むとはね。さすがだ、ウォール君……」
「ウォール、お手柄ね!」
「ウォールお兄ちゃん、凄かったよ、よしよし……」
「……」
感情の種類は違うと思うが、俺はみんなに囲まれてたあのゾンビの気持ちがなんとなくわかった。
――奪え……急ぐのだ……。
「うっ……?」
急にくらっとして倒れそうになったが、なんとか持ち直した。今、耳元でなんか聞こえたような……。
「ウォール君?」
「ウォール?」
「ウォールお兄ちゃん?」
「だ、大丈夫。ちょっとだけ疲れてるのかな……」
近くには俺たち以外誰もいない。例のゾンビ爺さんはまともに喋れないし……。気のせいだろうか。なんせ初めてのダンジョンだし、緊張とかも重なって疲れもより溜まってるのかもしれない。
「ウォール、あたしをずっと背負ってたからじゃ……?」
「う、うん……」
「だから、そこは否定しなさいよ!」
「あはは……」
リリアが涙目で突っ込んでくる。実際どうなんだろう? 疲労が原因だと思いたいが、さっきの目眩が嘘のようにもうなんともない。心配されて気まずくなるくらいすっかり治ってしまっていた。
「まあ、もう大丈夫だから……行こうか」
「いや、ウォール君。無理するのはよくないし、四階層に行く前に休憩しよう」
「それがいいわね」
「はぁい」
「い、いや、大丈夫……」
「「「ダメッ!」」」
「……はい」
強引だな、みんな……。でも、あの立ちくらみがする前にも正気を失うような兆候はあったように思う。それと、すぐ近くで誰かが囁いたような気がしたのも妙に引っかかる。今はなんともなくても、一応休憩しておいたほうがいいのかもしれない。
――新しく出現したボードに乗り、俺たちは山頂のすり鉢状に凹んだ場所、すなわちダンジョンの入り口まで戻ってきた。脱出するには石板に乗ったリーダーがそう願うだけでいいらしい。なんか外に出るのは久々な気がする……って、空は赤くなりつつあったがまだ青空が覗いてる……。じゃあ、あれから大して時間は経ってなかったってことか。
それだけ濃厚な時間を過ごしてきたってことんだろうな。俺はしばらく余韻に浸っていた。これが子供の頃から夢にまで見たダンジョンというものなんだと。
「……」
まだ三階層しか攻略してないのに、俺の脳裏に焼き付いたかのように今までの光景がどんどん浮かんできた。様々なモンスターたちとの息詰まるような交戦、謎に直面したときのダリルの顎に手を置く仕草、アンデッドの影に震えるリリアの肩と足、ロッカが石板に乗ろうとして転んだときに見せた少し潤んだ目……。ちょっと休憩したら、是非またみんなと行きたいもんだ。
――仲間など必要ない……。
――裏切られる前にやれ……。
――今すぐ根こそぎ奪い取るのだ……。
「ぐぐっ……」
「ウォール君?」
「ウォール?」
「ウォールお兄ちゃん?」
「――なっ、なんでもない……」
気のせい、気のせいだ。俺がみんなに対してこんな恐ろしいことを考えるわけがない。こんなの気のせいに違いない……。
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