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第一章 隠者の目覚め
軋み
しおりを挟む意気揚々と石板――ダンジョンボード――に乗り込む。これからいよいよ第三階層に突入するわけだ。
……なのにリリアの様子がおかしい。
いつもなら軽口叩いたりロッカをおちょくったりするのに、気難しい顔で石板の上をうろちょろしていて落ち着かない様子。モンスターもいないのに太陽の剣を何度も構えるという謎の行動も加わっていた。
「……リリア、具合でも悪いのか?」
「だ、大丈夫よ……」
なんだ、声まで震えてる。
「ウォール君。リリアのことは心配しなくていいよ。いつものことだから」
「え?」
ダリルはまったく意に介してない様子だった。どういうことだろう。
「ふふっ……」
「むっ……!」
ロッカが噴き出すように笑ってリリアに睨まれていたが、いつものような凄みは感じなかった。ただ、ダリルやロッカの反応を見てると心配しなくても大丈夫っぽいな。
お……徐々に周囲の景色が変わっていく。今度は広々とした屋敷の中みたいだ。
カビだらけのタペストリー、大きく傾いたシャンデリア、割れた酒瓶や食器の山、乱れた絨毯、傷跡や凹凸が目立つ柱……なんだこの絵に描いたようなボロ屋敷は。当然のように薄暗いし床は軋むしで、とにかく不気味さを凝縮させたような階層だった。
「もー、やだここ……死んじゃうわよ……」
リリアが肩を窄ませて露骨に怖がってる。
なるほどね、そういうことか。お化けが苦手なリリアのことだから、アンデッドモンスターが出てくる階層なんだろう。少し勇気が出るだけの太陽の剣では焼け石に水ってわけだ。
「ダリル、とっとと攻略しちゃおうか。リリアのためにも」
「うーん……それがウォール君、そういうわけにもいかないんだよ」
「え、どういうこと?」
「この屋敷はとにかく広くてね。その上、どこかにある鍵に触れないと石板が現れないようになってる」
「じゃあ、一階層みたいな仕様かな」
「そうだね。それよりはずっと面倒なんだけど……」
ダリルの弱り顔が物語ってるな。結構苦労して攻略したっぽい。鍵が小さくて見つかりにくいとかかな。
「鍵って、見た目は普通の鍵?」
「それが、まったくわからないんだ」
「ええ……?」
「何が鍵なのかわからないようになってる。椅子かもしれないしその辺に転がってる酒瓶かもしれない」
「……」
その上広大な屋敷の中を探すなら、時間がいくらあっても足りそうにないな。
「ちなみに、隈なく探すにしても一日経てば鍵の種類は変わってしまうんだ……」
「……」
ダリルが補足した言葉にとどめを刺されそうだ。
「ひ、ヒントとかは?」
「もちろんある」
まあそりゃそうだよな。ヒントなしじゃ難易度が高すぎる。まだ三階層なのに。
「どんな?」
「それはね……」
なんだ? ダリルがリリアのほうをちらっと見た後、俺に耳打ちしてきた。
「ここの住人のアンデッドたちからヒントを得るんだ……」
「えええ? アンデッドから!?」
「ひいぃっ!」
あ……。しまった。ダリルが気を遣ってくれたのに俺が言ったからリリアが頭を抱えてしゃがみこんでしまった……。というか、モンスターからヒントを貰うなんて発想はなかったから驚きだった。
「ここに住むアンデッドたちはむしろ味方なんだ」
「へえ……」
「ユニークアンデッドって言ってね。見た目は怖いけど、怒らせなきゃ襲ってこないしヒントを得られるから、倒さないほうが早く攻略できる」
「むしろ、全滅してほしいわよ……」
リリアにとってはそのほうが楽そうだな。
「アンデッドさん可愛いのに……」
ロッカはいい趣味してるな。アンデッドたちも心が洗われるんじゃないか? 浄化しちゃったら困るけど……。
※※※
というわけでユニークアンデッドを探しに行くことに。彼らは来客を脅かすのが趣味で色んな場所に隠れているらしい。迷惑極まりない趣味だ。
「ううう……」
定期的にガタガタと歯を鳴らすリリアが気の毒になってくる。俺なしでここを攻略したときに散々脅かされたんだろうな。まあいつもロッカを恫喝してるんだからいい薬かもしれない。
それにしても、広い……。この一言に尽きる。スタート地点の部屋を出て長い廊下を軋ませながら歩いてるんだが、それまでに扉が幾つもあって、数えるのでさえ面倒になるほどだった。しかも、ダリルによるとどこも散らかってて物で溢れてるらしいから、そこにアンデッドたちの悪戯まで加わったら心身ともに削られそうだ。
とりあえずこのまま歩いててもしょうがないから適当にその辺の部屋に入ってみることにした。
「……うわ……」
本当だ。部屋はゴミで散乱してて蠅まで飛び交ってる。う、臭い……。
「ふふっ……アンデッドさんここかなあ、それともここかなあ――」
「――ちょっとロッカ! そんなに立て続けに調べないでよ! もっと慎重に調べて!」
リリア、やっと部屋に入ってきたと思ったら涙目でうずくまってしまった。惰性で扉がゆっくりと閉まっていく。
「はぁい……」
ロッカ、俺のほうを見てちょっと舌を出した。わかっててやってるな……。
「ったくもう……」
「あ……」
「ん? ウォール、どうしたの?」
「り、リリア、後ろ……」
「え……?」
リリアの背後にいたのは、俺たちに向かってピースサインをするスケルトンだった。
「う、嘘……」
リリアは振り返ることなく卒倒した。まあ『視野拡大』スキルがあるからな。結界が張られているダンジョン内とはいえ、もう目と鼻の先だし。てかこのスケルトン、全然怖くないんだが。メイド服着てるし、なんかお茶目だし……。これがユニークアンデッドってやつなんだろうな。
『この瞬間が最高なのよう……って、あらあ。あなたたち、また来たのー?』
しゃ、喋った?
『んっ、知らない子もいるわねえ』
目玉はないが、多分俺のほうを見てるんだろうな。
「ダリル、あいつと知り合いだったのか……」
「ああ。以前攻略したときにちょっと会話したくらいだけどね」
「スケルトンさん、こんにちは!」
『あら、こんにちはあ』
ロッカが笑顔でスケルトンに駆け寄って握手してる光景はなんともシュールだ……。
『でもねえ、さっき倒れた子みたいに驚いてくれたほうが、オネエさんは嬉しいのよう?』
「そうなんだ……」
『そうなのよう……って、今更倒れても遅いわ!』
「へへ……」
さすがはユニークアンデッドだな……って、なんか忘れてるような……。
「ちょっといいかな、石板について一つ聞きたいんだけど」
そうだ。ダリルの言葉で思い出した。石板の鍵についてヒントを貰わないと。
『わかってるわ。鍵のことでしょ? キーマンは私じゃないと思うわよう?』
……キーマン?
『一応新人さんもいるから説明しとくけど、キーマンっていうのは鍵を守るアンデッドのことなのよう。一日に一人だけ、ユニークアンデッドたちからランダムで選ばれるわ。選ばれたアンデッドは、鍵のある場所からあまり離れられないの。だから行動範囲の限られた子が怪しいわねえ』
な、なるほど。やたらと親切なスケルトンだ。
「んー……」
ダリルが顎に手をやって真剣な顔でスケルトンのほうを見てる。あいつの仕草からヒントを得ようとしてるのかな。ただ、何か隠してるような引っ掛かりのある言い方はしてなかった。わざわざ俺に説明とかしてるのも余裕があることの裏返しに思えるし、キーマンはほかのユニークアンデッドなんじゃないかな。
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