123 / 140
百二十三段 みんな久しぶりだな
しおりを挟む「そろそろだな……」
もうすぐ約束の時間の午前十時ということもあり、大の字でベンチに座るルファスが周りを見渡す。
「シギル先輩、本当に来るのかな?」
それに呼応するように、ビレントがメモリーフォンに映った女友達のリストから周囲の光景に視線を移す。
「来るに決まってるでしょ、ビレント。変質者にとっては目に入れても痛くない幼女が人質になってるんだから……」
「そりゃそうだけど、なんで怒ってるの? エルジェ……」
前髪を掻き分けるエルジェの声は、ビレントが言う通り明らかに怒気を孕んでいた。
「どうせあいつのことだからさ、今頃あたしたちのこと卑怯者だって恨んでそうでしょ? それが癪なのよ……。でも、あんな気持ち悪い男から離してあげたんだから、むしろあたしたちのほうが正しいって思うけどね」
「ってか、絶対俺らが正しいだろ」
「うんうん。僕もそう思う。今はまだちっちゃいからわからないかもしれないけど、いつかセリスちゃんも僕たちのほうが正しかったってわかるんじゃないかな」
三人の会話は俄然熱を帯びてきた。それほど彼らにとってシギルという存在は色んな意味で大きく、彼を人質というカードによって好き勝手できると思うと興奮は高まるばかりだったのである。
「ねねっ、グリフとシギル先輩でさ、定期的に漫才コンビみたいなのやらせるのどう?」
「それ、面白そうだけどどっちもボケって感じね……」
「確かに……」
「ってかグリフはもう来ないぜ。お前らにも言った通り辞めるってさ」
「「え?」」
ルファスの言葉にエルジェとビレントがショックのあまり固まってしまった。二人は退院したグリフに溜まり場に来るように何度も促したもののもう辞めると言って拒否されたため、それで彼が最も恐れているルファスに頼んだというわけだ。
「う、嘘ぉ……。ルファスでもグリフを説得できなかったの?」
「意外。ルファスの言うことならなんでも聞くって思ってたのに……」
「……仕方ねえだろ。あいつ、いくら言っても辞めるの一点張りでよ……」
「……ショックぅ……。抜けたら殺すぞって、脅さなかったの?」
「そうだよ。エルジェが言うように脅せばよかったのに。すぐ心変わりしそうじゃん」
「いや、似たようなことも言ったし胸ぐら掴んで殴る素振りしたけど、それでもダメだったんだよ」
「……へえ。じゃあ本当に辞めちゃう気なのね……」
「あーあ。グリフ弄り面白かったのに……」
その場に溜息とともに暗雲が立ち込めるのも無理はない話だった。それだけグリフは彼らにとってストレス発散のために散々遊んできた遊具そのものだったからだ。
「あいつ、精神鑑定っての受けてから問題なしってことで解放されたみたいだけどよ、自分で頭かち割ってむしろ正常になっちまったっぽいよなあ」
「「あははっ!」」
グリフが提供してくれた最後の飴を、彼らはしっかり味わうように舐めていた。午前十時を知らせる鐘の音が鳴り出したのはそれからまもなくのことだった。
「ま、グリフがいなくなるのは寂しいけど、代わりの玩具が来るし問題ないよ」
「そうね。でもあいつクエスさんも殺しちゃったし、それ以前に死ぬほど嫌いだしすぐ壊しちゃいそうだけど……」
「エルジェ、なんか怖いよ……」
「ふふっ……どうしてもやつのことを考えると、ね……」
ビレントに目配せして苦笑するエルジェ。
「まあシギルを利用するだけ利用してよ、ほかのやつらが追い付けないくらい上り詰めるまでは軽く弄るくらいにしとこうぜ。折角の玩具が簡単にぶっ壊れても困るし」
「そうね。でもあたしだけは終始汚物みたいに扱ってやるから」
「あはっ。じゃあ僕がシギル先輩が精神的にシギれないようにそれとなくフォローするよ」
まもなく到着するであろう新しい玩具に、彼らは大いに胸をときめかせていた。
「――あ、来たぜ……」
「「おっ……」」
ルファスの言葉でエルジェとビレントが立ち上がる。その視線の先には、彼らだけでなくほかの冒険者たちの注目を一身に集める長身の男がいた。年寄りでもなく青年でもない。老いと若さの中間に位置するような男。そこから滲む危うさと鋭い視線も相俟って独特で異様な空気を発していた。
彼こそ、ダンジョンの最高到達者として今や冒険者の間では最も知られた存在となった転移術士のシギルである。穏やかな笑顔を浮かべておもむろに歩いてくるその姿はどこか人間離れした空気さえ漂わせていた。
「……よ、よお、シギル。久々だな?」
ルファスはシギルのオーラを前にして面食らい、不自然な笑顔しか作れなかった。
「……久々ね、シギルさん」
圧倒的な存在感を前に汚物と言うのを忘れてしまい、笑顔を引き攣らせるエルジェ。
「……シギル先輩、久しぶり……あっ……」
ビレントに至っては気が付くと数歩後退してしまっていた。それだけシギルの放つ威圧感がずば抜けていたのだ。
「ああ、みんな久しぶりだな」
白々しい笑顔と挨拶の裏で見え隠れしていたものは、シギルと彼らの間にある大きすぎる格差だった……。
0
お気に入りに追加
237
あなたにおすすめの小説
外れスキル【転送】が最強だった件
名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。
意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。
失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。
そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
転生者は冒険者となって教会と国に復讐する!
克全
ファンタジー
東洋医学従事者でアマチュア作家でもあった男が異世界に転生した。リアムと名付けられた赤子は、生まれて直ぐに極貧の両親に捨てられてしまう。捨てられたのはメタトロン教の孤児院だったが、この世界の教会孤児院は神官達が劣情のはけ口にしていた。神官達に襲われるのを嫌ったリアムは、3歳にして孤児院を脱走して大魔境に逃げ込んだ。前世の知識と創造力を駆使したリアムは、スライムを従魔とした。スライムを知識と創造力、魔力を総動員して最強魔獣に育てたリアムは、前世での唯一の後悔、子供を作ろうと10歳にして魔境を出て冒険者ギルドを訪ねた。
アルファポリスオンリー
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
救助者ギルドから追放された俺は、ハズレだと思われていたスキル【思念収集】でやり返す
名無し
ファンタジー
アセンドラの都で暮らす少年テッドは救助者ギルドに在籍しており、【思念収集】というスキルによって、ダンジョンで亡くなった冒険者の最期の思いを遺族に伝える仕事をしていた。
だが、ある日思わぬ冤罪をかけられ、幼馴染で親友だったはずのギルド長ライルによって除名を言い渡された挙句、最凶最悪と言われる異次元の監獄へと送り込まれてしまう。
それでも、幼馴染の少女シェリアとの面会をきっかけに、ハズレ認定されていた【思念収集】のスキルが本領を発揮する。喧嘩で最も強い者がここから出られることを知ったテッドは、最強の囚人王を目指すとともに、自分を陥れた者たちへの復讐を誓うのであった……。
最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~
華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』
たったこの一言から、すべてが始まった。
ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。
そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。
それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。
ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。
スキルとは祝福か、呪いか……
ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!!
主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。
ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。
ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。
しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。
一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。
途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。
その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。
そして、世界存亡の危機。
全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した……
※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる