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五三段 目の前で大切な人を失うなんて許されない
しおりを挟むこっちに向かってきていたパーティーが突如視界から消えた。
初心者の頃はこういう光景にもいちいち驚いてたっけ。これは階層の内部構造が変化して前方に壁ができたことを意味しているんだ。
迷宮ステージの構造は階層が進むごとに頻繁に変わるようになるため、十階層に進む頃にはもう慣れ切っていたのを覚えている。壁の中に入ったり閉じ込められたりするんじゃないかと不安がる初心者の冒険者も見かけたが、一瞬で構造が切り替わるし、必ずどこかに出口が作られる仕様なのでそういう心配はない。
『ゴゴゴッ……』
石像型モンスターのウィンカーが突然横湧きして殴りかかってきたが、《微小転移》で難なくかわした。
石像にも色んなタイプがあって、こいつは拳闘士の姿をしていた。ウィンカーたちは歩くことができず、離れてしまえば魔道術士タイプを除いてまばたきするくらいで攻撃してこないが、パンチでも死ねるほど攻撃力が高いため近距離だと要注意だ。
以前なら結構肝を冷やした場面だが、避けるのと同時に《念視》で見た心臓を吹っ飛ばすくらい余裕があった。やつらは物理攻撃に強く、無属性であるものの魔法耐性が皆無なため、魔道術士にとっては絶好のカモと言えるだろう。実際、この階層ではエルジェが大活躍でルファスの出番があまりなかったくらいだ。それでむきになったのか血眼でモンスターを倒そうと走り回ってたが……。
そういや、もうそろそろ《中転移》の冷却時間が切れる頃だと思ったが、基本的に転移系スキルというのは行ったことのある場所にしか行けないので、迷宮ステージだとその階層の構造がすべて変化するためにろくに使えなかったことを思い出す。だからほとんど《極大転移》と《集中力向上》のセットだったんだよな。
「……」
「ラユル?」
「……」
「おーい、ラユル!」
「……あ……し、師匠ぉ、どおひたんでしゅか?」
「……」
こりゃダメだ。相当疲れてるな……。以前にも増して舌が縺れて幼女っぽくなってるからむしろ自然に見えてしまうが……。
ラユルがこういう状態なので横湧きに細心の注意を払いつつ徘徊し、石像が現れたら即座に倒すというやり方を繰り返すうち、ようやく振動とともに周囲に魔法陣が現れて輝き始めた。
『グゴゴゴオオオッ……』
十階層のボス、キングウィンカーが光の中から現れた。その名の通り、玉座にいる王様の姿をした、通路を隙間なく埋めてしまうほどの巨大な石像型モンスターなわけだが、周囲に一瞬で骨になるほどの大きな火柱を幾つも従えているため、決して近寄ることはできない。
ただ、自分から攻撃することはできず、少しずつ前に進む、あるいは後退することで冒険者を火柱に当てようとするくらいだ。
……って、あれ? なんでボスが俺のほうを向いてないのかと思ったら……。ま、まさか……ラユルのやつ、魔法陣が出たのに気付かず、先のほうに進んでしまっていたのか……。疲労困憊の様子だったし、てっきり後ろにいると思っていた。俺に迷惑をかけまいと思って無理したんだろうか。しかもそこで構造が微妙に変わって姿が見えなくなったんだろうな……。
『おい、ラユル! 大丈夫か!?』
『……』
『ラユルッ!』
『……あ、師匠ぉ……あ、わわっ……ボスが迫ってきますうぅ……!』
『な、何してるんだ、早くそこから逃げろ!』
『……ふ、袋小路です……!』
『……なっ……』
構造的にそうなるのはありえないし、ボスが行く手を塞いじゃってる形だ。
まずい。明らかにまずいぞこれは……。まず火柱で近寄れないから《微小転移》が使えない。かといって背中に向かって《テレキネシス》のような魔法攻撃でもやろうものならたちまち激怒状態になり、若干浮き上がったあと猛然と進み出してラユルは火柱によって骨になり、さらに無残に潰されて跡形もなくなってしまうだろう。
構造が変わったのなら、もう冷却時間は終わったであろう《小転移》でさえ役に立たないし、《大転移》も今一応確認したがやはりまだ使えない状態だった。
……畜生、一体どうすれば……。
『……師匠ぉ、なんだか凄く眠いです……』
『ラユル、頼む。意識をしっかり持つんだ!』
『……私、忘れません……』
『え?』
『シギルさんとの大切な思い出……。たとえ、この世からいなくなっても……』
『ら、ラユル、何を言ってるんだ』
『……生まれ変わったら、また……一緒に……』
『お、おい……』
どうすればいいんだ。どうすれば……なんで俺はこんなにも無力なんだ。修行を重ねて強くなったんじゃなかったのか……? 目の前で大切な人を失うなんて許されない。俺は師匠と同じ過ちを犯してしまうっていうのか。こんなところまで歴史は繰り返すなんて……。い、嫌だ……そんなの絶対受け入れられない……。
『シギル兄さん、気を確かに持って。大丈夫だから……』
『り、リセス……頼む、頼むよ……ラユルを、ラユルを助けてくれ……』
『まず激怒状態にさせて、それからあの子に全力で《テレキネシス》を使わせて』
『……え?』
『いいから、早く』
『わ、わかった! ――ラユル、今から俺がボスを怒らせるから、そしたら《テレキネシス》を使うんだ! 全力で!』
返事がないのが不安を掻き立てる。頼む、ラユル、最後の力を振り絞ってくれ……。ボスの背中に向かって《テレキネシス》を使うと、真っ赤に染まった玉座が若干浮き上がった。
「ラユルウゥッ――!」
「――《テレキネシス》!」
「《微小転移》――!」
掻き消えた火柱の中からボスの背中が見えたときには、俺の渾身の《微小転移》が決まっていた。
「……ら、ラユル!」
心臓ごと木っ端微塵になった石像を置き去りにして、壁の下でうつ伏せに倒れていたラユルを抱きかかえる。良かった、息もしっかりしてるし大丈夫だ……。
「……凄いじゃないか、ラユル……。《テレキネシス》でボスの火柱を掻き消せるやつなんて、お前くらいだ……」
「……えへへ……」
祝福の光に包まれる中、自分の涙がラユルの頬を濡らしていた。弟子より師匠のほうが涙脆いなんて恥ずかしいな……。
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