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四四段 まだまだ勉強不足のようだ
しおりを挟む「……ち……チキショー! 頼む頼むっ、当たれっ、当たってくれええぇっ……!」
「どうした剣士、もう疲れたのか?」
「……はぁ、はぁ……に、逃げずに勝負しろっ、チキンの転移術士めが!」
「逃げる? 俺はかわしてるだけだが……。お前こそ体力の限界が近いように見えるし、立てなくなる前にさっさと逃げ出したらどうだ?」
「――むっ、むきいいぃぃっ……!」
耳まで真っ赤にして憤る剣士だが、呼吸が荒いだけじゃなく動きも時折止まるようになってきた。剣を大きく振る際、バランスも崩れてしまっている。さすがにバテてきたんだろう。これだけ《ラッシュアタック》を保てるのだから大したもんだが、そろそろ潮時だな。心臓でも飛ばして楽にしてやろうか。
『シギル兄さん、私に代わって』
『え?』
『時間がない。早く』
『あ、ああ――』
体の力を抜き、宿主が入れ替わってすぐ、首筋が熱くなるのがわかった。
『――いっ、今のは……?』
『あの弓道士にやられた。掠った程度で済んだけど、毒矢だったら危なかった……』
『……まさか、《微小転移》で移動中なのに一発で当てられたっていうのか……?』
『うん。シギル兄さんの《微小転移》の軌道がワンパターンになってて、相手に読まれやすくなってたからそこを突かれたんだと思う』
『……なるほど』
あの弓道士はそこまで見ていたというのか……。どうやら舐めていたのはこっちも同じらしい。いくら名射手とはいえ、《微小転移》を使って移動してるうちは大丈夫だとばかり思っていた。
リセスに代わらなかったら首に命中していたかもしれない。それだけなら《微小転移》で即座に矢を分離し、ほかの部位で欠損を補えばいいだけなのだが、毒が塗られていたなら話は違う。あっという間に全身に毒が回り、動けなくなっている間に立て続けに矢を放たれて息絶えていただろう。やはり、俺は対人に関してだとまだまだ勉強不足のようだ……。
◆◆◆
「……あ、あのレッケが外した、だと……?」
いつも冷静沈着な魔道術士アムディの声が上擦っていた。それほどまでに、名射手であるレッケが相手を一撃で仕留められなかったことは衝撃的なことだったのだ。それも、《ラッシュアタック》を使った剣士に攻められている相手に。
「……ちょ、調子が悪かったんだよ! レッケだってそういうこともある。そうだよ、そうに違いないさ!」
聖騎士ジェリスがフォローするも声が震える。回復術士と並んで人気職の弓道士、それも5本の指に入るほどの実力を持つとされているレッケが、最下層のジョブである転移術士に命中させられなかったことは、悪夢にも等しい出来事だった。
「す、素晴らしいですねえ……。レッケさんの矢をかわした方は初めて見ました……。あの転移術士、ますます好きになりましたよ……。ああっ、早く私だけのお人形にしたい……ハー、ハー……」
「おい、変態ネヘル、妄言は止めな! その言い方だと転移術士が凄いみたいだろ! そうじゃなくて、あくまでもレッケの調子が悪かっただけなんだよ!」
「……いや、ジェリス。僕の調子は悪くない。普通にかわされちゃったよ」
「……れ、レッケ……?」
「あいつ、途中からまるで人が変わったみたいに動きがよくなった……」
「レッケ、それはつまり、やつが力を隠していたというのかね?」
「うん。アムディ、その通りだと思う」
「……ふむう。ただ、一発だけならマグレの可能性もある。あれを使ってみるべきだ」
「わかってる――《ラピッドシャワー》!」
次々とレッケの元から無数の矢が転移術士に向かって放り込まれていくが、ことごとく避けられていた。
「……あは、は……」
レッケは笑うしかなかった。今まで築き上げてきたプライドが音を立てて崩れていく瞬間だった。底辺ジョブの転移術士に翻弄される弓道士なんて、架空の笑い話でしかないと思っていたからだ。
「レッケ、もうここまで来た以上、プライドは完全に捨ててハートを使うべきではないのかね……」
「……そうだね」
「あと、毒矢も」
「……」
初心者の頃に戻ったような、そんな気恥ずかしさをレッケは覚えていた。あの頃は毎日必死だった。無名時代、初心者パーティーではいつもチビでノーコンのレッケと呼ばれてコケにされていたから、上手くなるために毎日手の感覚がなくなるまで練習した。それでも上手くならず、こんな雑魚とは組んでいられないとみんな去っていった。
あらゆるものから見捨てられ、たった一人で涙を流しながら、歯軋りしながら、夢の中でもモンスターの心臓を射貫いていた。いつしかその対象が人間に変わってから、彼の腕前はめきめきと上がっていった。
弓引きの動作は憎悪を広げるため、矢は憎悪の対象を射るため……。最早弓と一体化したレッケに、射止められない敵は存在しなくなった。その頃の気持ちを思い出したのだ。
「憎たらしい転移術士め、レッケが本気を出した以上、もう命はないぞ……」
「……」
アムディの確信に満ちた声は、人間ではなくなったレッケにはもう届いていなかった。
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