105 / 110
第百七回 遁走
しおりを挟む「フハハハハッ! ……ういー、ひっく……オラオラッ、お前らもっと飲めっ……!」
洞窟の村ザムステリアの酒場にて、大量の酒を浴びるように飲む男たちがいた。頭にターバンを巻いたカルファーンとその子分たちである。
「も、もう飲めねえです、ボス……」
「……俺もぉ……」
「もうダメ……ぐふっ……」
「「おえっぷ……」」
「……ヒック……なっさけねえな! この程度で酔っ払っちまうなんてよお……うぃー……」
「ボスだって酔っ払ってるじゃないですかあ」
「「「「そうだそうだ……!」」」」
「……こ、これしきのことで俺様が酔うかよ……って、まぶしいぞ……! なんだこりゃ!」
天然の窓から射し込んできた朝陽をしきりに手で払いのけようとするカルファーン。
「やっぱり酔っ払ってるじゃないですかあ」
「「「「そうだそうだ――」」」」
「――シャラップッ!」
酒瓶で部下の頭を殴ろうとするカルファーンだったが、あえなく空振りして派手に転んだので笑い声が上がった。
「……ひっく……。ちっくしょー……力が出ねえ……」
「あ、あのー、お客様、お会計のほうをそろそろ……」
「ん? ああ、釣りはいらねーぜっ……!」
店主の男が手を揉みながら歩み寄ってきたところで、ドヤ顔で自身の懐に手を入れるカルファーンだったが、まもなく動揺した様子で自分の体をペタペタと触り始めた。
「あれぇ……?」
「お客様?」
「し、しばし待て!」
「は、はあ……」
「1、2、3……ひ、一人いないだと!? ま、まさか……あいつ、俺たちの金を盗んで逃げやがったのかっ……!?」
指で部下を数え終わったあと、わなわなと肩を震わせるカルファーン。
「お客様、まさかお金をお持ちでないなんてことは……」
「……ク、クククッ……アッハッハ! 俺様を誰だと心得る!」
「はあ……?」
「これを見よっ!」
カルファーンが勢いよくターバンを脱ぎ捨てると、緑色の髪が露になった。
「どうだ、俺様は魔女であるぞーっ!」
「……は、はあ?」
「ん……!? 何故びびらない! これを見ろ、この髪の色、どう見ても魔女! わかるか!?」
「いや……あなたは魔女ではない!」
「……へ?」
店主の自信ありげな表情に目を丸くするカルファーンと子分たち。
「え、えっと、なんでなんだ? 鑑定とかでわかる、みたいな……?」
「「「「「みたいな……?」」」」」
「魔女様は無銭飲食した挙句開き直るような、下種なことは決してしない!」
「いや、現に俺様たちがしてるだろうが!?」
「あなたたち! こいつらは偽魔女の泥棒どもだ! 金目のものを奪ってつまみ出しなさい!」
「「「「「ウッス!」」」」」
店主が手を叩いたのを皮切りに、カウンターの奥から棍棒を持った体格のいい店員たちが次々と現れる。
「え、ちょ……! こうなったら逃げるぞお前らっ!」
逃げ出そうとしたカルファーンたちだったが、あっという間に店員たちに出入り口を封鎖されてしまった。
「えっ……ちょ、ちょっとタンマ! ここは平和的に話し合いで解決ってことに――」
「――あなたたち、やっておしまいなさい!」
「「「「「オッス!」」」」」
「ど、どわあああぁぁあぁあっ」
「「「「「うぎゃああぁっ!」」」」」
店内に哀れな無銭飲食者たちの悲鳴がこだますのだった。
「――げほっ、げほっ……ち、ちっくしょう。酔ってたせいで体が上手く動かなかった……。だが、こんなのたまたまだ、たまたまに決まってる……!」
「「「「「そうだそうだっ……!」」」」
酒場前の通路にて、いずれも腫れ上がった顔で強がるカルファーンたち。
「おっ……おい、お前ら、誰かこっちへ来るぞ! 団体さんだっ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
複数の話し声が聞こえたことで、彼らは向かい側の道具屋の看板に隠れて団体が近付くのを待つことにした。
「――やいやい、そこのお前たちっ! 俺様を誰だと心得るっ! 魔女カルファーン様であるぞーっ!」
「「「「「だぞー!」」」」」
「あら、久しぶりね……」
満を持して登場したカルファーンたちだったが、その表情が見る見る青くなっていく。そこには、かつてルコカ村東部の沼地でやり合った本物の魔女とその一味がいたからだ。
「リュカ、どうする? こいつら……」
「んー……」
勇者光蔵の問いかけに対し、顎に手を置いて考え込んだ表情のリュカ。
「お、お願いだ! 部下たちを奴隷としてプレゼントするから、俺様だけは助けてくれ! 頼む、この通りだっ!」
「「「「「ボ、ボス……」」」」」
「おいおい……」
涙目で何度も土下座するカルファーンに対し、手下たちだけでなく光蔵たちも呆れ顔になる始末で、シャイル、リーゼ、ヤファの三人が容赦なく野次を浴びせかけるのだった。
「あんた、それでも本当にボスと言えるわけっ?」
「情けないですわねえ」
「なのだあっ!」
「「「バーカバーカ!」」」
「な、何ぃー!? 俺様はこう見えてもなあ――」
「――なあに? 偽魔女さん」
「あ、いや、申し訳ないっ!」
むっとした顔になるも、魔女リュカに睨まれてすぐに土下座を再開するカルファーン。
「なんだ、この情けない雄は? 我が躾けてやりたくなるレベルだぞ……」
「あははっ……でも、面白い方ですねっ!」
「そ、そうだ。俺様は情けなくて面白い! だから助けてくれ……え?」
ラズエルとターニャに対して自分を必死にアピールするカルファーンだったが、急にはっとした顔で振り返った。彼の背後には仄暗い笑みを浮かべるアトリがいたからだ。
「な、なんだお前はっ!?」
「……山賊、殲滅、しないと、いけません……」
「こ、こいつの目ヤバい! 逃げろおぉっ!」
「「「「「うわあぁぁぁっ!」」」」」
「……逃しません……ふふっ……」
アトリに追いかけられるカルファーンたち。
「大丈夫っすかね? 兄貴」
「ソースケ、どっちが?」
「そりゃもちろんアトリちゃんのほうで……」
「そうだなあ。以前のことを思い出すことで正常な状態に近づくかもしれないし放置しとこうか」
「それもそうっすね!」
光蔵とソースケが談笑する中、カルファーンの怒涛の逃走劇はアトリが一時的に元に戻るまでしばらく続いたのであった……。
0
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
パークラ認定されてパーティーから追放されたから田舎でスローライフを送ろうと思う
ユースケ
ファンタジー
俺ことソーマ=イグベルトはとある特殊なスキルを持っている。
そのスキルはある特殊な条件下でのみ発動するパッシブスキルで、パーティーメンバーはもちろん、自分自身の身体能力やスキル効果を倍増させる優れもの。
だけどその条件がなかなか厄介だった。
何故ならその条件というのが────
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。
名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる