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第八四回 倍増し
しおりを挟む「はー……酷い目に遭ったぜ……」
「ですねえ……」
「もうあたし、くたくた……」
「僕も……。ふう……」
古都ゲフェル――リンデンネルクの北部にある町――の冒険者ギルドで、セリアたちは一様に疲弊した面持ちでテーブルを囲んでいた。
馬車の中で暴れたために激昂した御者に追い払われ、悪い噂を広められた結果、一日遅れて出発することになり、先程ようやく到着したばかりだった。
「馬車に揺られてばかりでしんどかったよ。何か美味しいスイーツ食べたいなあ……」
「おいユージ、てめぇよくそんなことが言えるな!」
「わっ……」
雄士の前にあるコップから水が飛び出すほど、勢いよくテーブルを叩くロエル。
「元はといえばてめぇのせいだろうが。その間抜け面見てるだけで疲れも倍増しなんだよ……」
「そうですよお」
「そっ、その件に関しては何度も謝ったんだし、スイーツくらいいいじゃないかぁ……」
「そうよ、みんな許してあげてっ。ユージ様、スイーツ頼んであげてもいいけど……あたしの口移しで食べてね?」
「ひっ……」
見る見る青ざめていく雄士。
「もー、相変わらず素直じゃないんだからっ……」
「「はあ……」」
ロエルとミリムの溜息がテーブルに添えられるが、それが容易に掻き消されるほど冒険者ギルドは人でごった返していた。
「それより、なんかやたらと人多くない? それに勇者っぽいのもちらほらいるし。ここ、寂れた町だって聞いてたけど……」
セリアが怪訝な顔で周囲を窺うと、固まっている雄士を除いてロエルとミリムもそれに続いた。
「そういやそうだな。こんなに遅れてんのに……」
「不思議ですねえ。なんかのイベントでもあるんでしょうかあ――」
「――あれには負けるよ。あれこそ真の勇者だ」
そんな台詞がセリアたちの近くから降りかかってきて、しばらく沈黙が続いた。
「ねえ、さっきの聞いた? もしかしてユージ様のことかもっ……」
「なんでだよセリア」
「ですよお」
「ユージ様には、普通の人にはないオーラがあるの。だって、こんなに美形なんだもんっ――」
「――えっと……名前は確かコーゾーだっけか。確かにありゃ凄い能力だし到底かなわねえな。俺を含めて、ほかの勇者たちが雑魚に見えるくらい勇敢に引っ張ってたし……」
「だな……って、誰だあんたら……」
「誰なんだよおめーら……」
会話していた二人の男が、ただならぬ空気に触れて眉間に皺を寄せる。それを取り囲んでいたのは、すぐ隣のテーブルにいたセリアたちだった。
「コーゾーが真の勇者? はっ……笑わせないでよ。あんな小汚い無能おっさん!」
激怒したセリアがテーブルをひっくり返して、ギルドは静まり返った。
「な、なんだこの女……」
「正気かよおめー……」
「何よ……やるっての!?」
立ち上がった男二人と睨み合うセリア。
「「「喧嘩か!?」」」
「おい、外でやれ!」
「やれっ、やっちまえ!」
セリアたちはギルド内にいる者たちの様々な感情――畏怖、驚愕、好奇、疑念、憤怒等――が入り混じった視線を独り占めすることになった。
「お、おいやめろセリア」
「さすがに分が悪いですう……」
「そうだよセリア。みなさん、僕はあまり関係ないけど、騒がせて申し訳ない……!」
雄士が割って入るも、足はガクガクと震えていた。
「ユージ様、謝る必要はないわよ。あんたたち、何ジロジロこっち見てるんだよコラアアアァァ!」
「ひ、ひ……」
セリアのあまりの迫力を前にへなへなと座り込む雄士。
「行こう。この女正気じゃない」
「だな。とんだキチガイに絡まれちまったもんだ」
「はあ!? キチガイはコーゾーなんかを褒めてるあんたたちのほうでしょ! 死ね! マジ死ねブサイク――もがっ!?」
ロエルに後ろから口を押さえられるセリア。
「――落ち着けって、セリア。これはいい機会だろ」
「も、もが……?」
「落ち着いたなら話す」
「……」
セリアは何度もうなずき、ようやく口が解放された。
「な……何がいい機会なの……? あのおっさん、何したか知らないし知りたくもないけど、まるでヒーローみたいじゃない。これじゃあたしたちがただの引き立て役みたいだわ……」
「だからこそいい機会なんだろ。わからないのか?」
涙を浮かべるセリアに向かってロエルは微笑んでみせた。
「な、なんなのよ、ロエル。もったいぶっちゃって……」
「だからさ、そのヒーローがこの町に来るのは間違いねえだろって話」
「あ……」
「見た感じ、さっきのやつらは誘拐されてた勇者なんじゃねえかな。ほら、そういう噂があったろ」
「そういえば、聞いたことがありますう……」
「んー、そういえばそうね……って、それがどうかしたの?」
「だからよ、その勇者誘拐事件を解決したのがコーゾーなんだろってこと。んで解放された勇者がここにいたってことは、リンデンネルクからゲフェルまでの間で解決された可能性が高いわけだ。戻れば選定の儀式に間に合わなくなるしな」
「ってことは、コーゾーもここに……?」
「そそ。もうこの町のどっかにいるんじゃね……?」
「あうあう。ロエルさん、いよいよチャンス到来ですう……」
「ああ。ミリム、セリア。今までの屈辱を倍にして返してやろうぜ……」
「考えただけでわくわくしちゃうわ。あのおっさんとアトリ、絶対に倍返しで八つ裂きにしてやるんだから……」
「な、なんかみんな迫力あって怖いんだけど、もうそろそろスイーツ食べてもいいよね……?」
「「はあ……」」
雄士のあまりの空気の読めなさに対し、ロエルとミリムの溜息も倍になっていた。
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