47 / 110
第四七回 毒
しおりを挟む朝六時頃、俺たちは鐘の音に押されるようにしてルコカ村を下っていた。教会や宿と違って、目的地の冒険者ギルドの位置は一番下にあるのだそうだ。
アトリは一度だけ、ロズベルト騎士団の一人としてこの村に遠征で来たことがあるらしいが、そのときとは状況がかなり変わっていて、村は見違えたように綺麗になっているという。当時は冒険者ギルドも出来たばかりで村人には馴染みが浅く、ならず者同士の喧嘩が絶えなかったらしい。
アトリの案内もあり、下りだったこともあってギルドにはすぐ到着した。商都リンデンネルクは石造りだったが、ここは木造でかなり大きめに作ってある。『アサシン・ダガー』という文字と黒い短剣を咥えた骸骨の絵が刻まれた木彫りの看板を潜り、中に入る。
さぞかし重い空気が漂っているのかと思いきや、中は冒険者で賑わいを見せていた。壁には貼り紙だっていっぱいある。もしかして、山賊がいるという沼地が解放されたのかもしれないと期待してざっと見てみることにした。
――あった。沼地の薬草の報酬は2000グラードとある。
うーん、やはりレートが飛び抜けて高いな……。ほかのは高くても100グラードのものばかりだ。お、魔力の粒(水)をまとめて募集しているものも一つだけある。粒は有り余るほどあるし、これで100グラードいただきだな。
……ん? 妙に視線を感じると思ったら、すぐ後ろに怪しげな男が立っていた。
「けけっ……」
背がとても低くて痩せ細ってるが、目つきだけは異様に鋭い男で、頭にぼろきれを巻き、薄汚れたレザージャケットや色褪せたズボンに身を包んでいた。耳もエルフ並みに尖ってるし、もしかしたらゴブリンと人間のハーフなのかもな……。
「何者ですか……?」
アトリが警戒して俺の前に立つ。
「あんたら……沼地の薬草が欲しいんだろ? 違うか? けけっ……」
「な、なんだって……?」
「……図星かっ。実は、あるんだよ。今なら500グラードで手を打つぜ……けけっ……」
「……か、考えておく」
「……なくならないうちに来なよっ。俺はいつも右奥のテーブルで飲んでるからよ……けけけっ……」
不快な笑い声を残して男が立ち去っていく。
「ヤダヤダ。薄気味悪い男ねぇ」
「あら。闇の妖精にはぴったりですわよ? 求婚なさったらどうですの?」
「はあ? あんたこそ魔人形なんだしぴったりでしょ! 今すぐ婚約すれば!」
「二人ともお似合いなのだー」
「「ガルルッ!」」
「ひー! って、逆なのだあ!」
「……」
シャイルたちのやり取りを呆然と聞く。あの男の掠れた声がまだ耳に残っているようだった。
「コーゾー様、あれは一体……」
やはり妙だ。もしかしてあの男、山賊の一味なんじゃないか?
それでマッチポンプ的に金を稼いでる可能性はある。だが、魔女が頭領の割にセコいというか……。これじゃ商人みたいだ。金が目的なら、魔女ほどの力があるならこんなセコいことをする必要はないはずなんだよな。魔女がいるように見せかけてるだけで、実は最初からいないんじゃ……?
「……コーゾー様? どうかしましたか?」
「……いや、アトリ、なんでもない。それより、幾つかある安い依頼を受けようか。それであいつから薬草を買えるかもしれない」
「……ですね」
余計なことを考えるのはやめよう。山賊に馴染んでる変わり者の魔女なだけかもしれないしな。それなら、多少高くても薬草を買えばいいだけだ。
残金の200グラードに魔力の粒(水)の報酬100グラードを加えて300グラード。今できそうなのは報酬が僅かなものばかりだが、依頼数を考えても残り200グラードなら一時間ほどで集まりそうだ。
◆ ◆ ◆
「なんだと? それは本当か?」
「はい。噂によればルコカ村のリットン神父は病に伏しているようです。あの様子ではあと三日ももたないとか……」
「三日、か……朗報だな」
リンデンネルクの聖堂内、祭壇前でひざまずく黒い修道服姿の女性諜報員、それにロエルとミリムを前にして、シーケルは満足げにうなずいてみせた。
「……よし、わかった。下がれ」
「はっ!」
「……こちらから手を出す必要もなかったわけだ。聞いたか、ロエル、ミリム……ププッ……」
シーケルは嫌いな人間が勝手に苦しんでいると思うと愉快で仕方がなかった。
「けど、万が一回復しやがったらどうすんだ? 念のために殺すべきだろ」
「そうですねえ。パパッと始末したほうがいいですぅ……」
「それはそうだが、もうやつは若くないし病に勝てる体力はないだろう。心配なんていらん。それに、やつと私は敵対関係にあることは、一部では有名な話なのだ。嗅ぎ回っている犬どもに餌を与える必要はない。下手に動くより勝手に死ぬのを待つのが得策だ」
「シーケルは相変わらず腹黒いな」
「ですねえ」
「そうでなければこの座まではたどり着けんよ。もし回復するようであれば、そのときは仕方ない。永眠してもらうまでだ」
「そいつが死ねば、コーゾーたちがどう動くか手に取るようにわかるな」
「お雑魚さんは考えることも単純ですしねえ……」
「うむ……。やつらはすぐに王都を目指し、その途中で私の管轄外の教会に寄ってジョブチェンジをするつもりだろうが、ルコカ村から王都へ向かうにはここを通るしかない。既に詰んでいるということだ……」
「……今から楽しみだな。まず、召使いのアトリの目の前でコーゾーをなぶり殺しにして、それからやつの遺体の前でたっぷり犯したあと、最後までじっくり痛めつけながら殺してやるぜ……」
「……ロエルさあん、そんなこと言ったら濡れちゃうのでやめてくださいよお。あうあう……」
「……相変わらず好きだな、お前たち……」
「「お互い様」」
「まあ、な……」
「ユージ様あああぁぁぁぁっ!」
「助けてええええぇぇぇぇっ!」
「……」
セリアと雄士が近くでぐるぐると回る姿を見て、シーケルの目も回りそうになる。
「あいつらも飽きずによくやるな……」
「「はあ……」」
ロエルとミリムの溜息の回数も増えるばかりだった。
0
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
転移術士の成り上がり
名無し
ファンタジー
ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
三十歳、アレだと魔法使いになれるはずが、異世界転生したら"イケメンエルフ"になりました。
にのまえ
ファンタジー
フツメンの俺は誕生日を迎え三十となったとき、事故にあい、異世界に転生してエルフに生まれ変わった。
やった!
両親は美男美女!
魔法、イケメン、長寿、森の精霊と呼ばれるエルフ。
幼少期、森の中で幸せに暮らしていたのだが……
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる