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第四十回 才

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 俺たちは『臨時休業』の札が降ろされた鑑定屋の奥に入ろうとしていた。

 そこには仮眠室があり、隅に置かれたベッドの上にはあの鑑定師が無残な姿で横たわっているのがわかる。

 うわ……。かなり殴られたのか顔が全体的に腫れ上がり、口元に血が滲んで青痣が目の周りに見られた。

 傍らにある椅子には、白いローブを着た男が座っている。薄水色の髪の男だ。なんか見覚えがあると思ったら、冒険者ギルドにいた男だ。俺たちを見て、驚いた様子で立ち上がった。

「グレッグ兄さん! 師匠はどうなりましたか!?」

 ターニャの言葉で納得する。兄か。そういや髪の色が同じだな……。

「タ、ターニャ、誰だよそいつら……」

「師匠があとで視る予定だったお客さんです。知り合いの方もいます。それより師匠の容体を教えてください!」

「……そ、そうか。クオルさんは俺の《治癒の光》で大分落ち着いたみてえだ。しばらくしたら目覚めるだろうよ。でも、これじゃ当分鑑定は無理だろうな……」

「そう、ですか……」

 鑑定師の名前はクオルっていうのか。心配したが、とりあえず命に別状はないみたいでよかった。法術師の彼が助けてくれたんだろう。それにしても、治癒したのにあの状態っていうのが、どれだけこっぴどくやられたかを物語ってるな……。

「鑑定師様、よかったです……」

 アトリが鑑定師クオルの前で涙ぐんでいた。能力に加えて人望のある男だったんだろう。穏やかな物言いからも察することができる。一体、誰が彼に対してこんなことを……。

「ターニャ、当時の状況を詳しく説明してくれ」

「はい。自分は倉庫で調べ物をしていたんですが、大きな物音がしてカウンターのほうに駆け付けてみたら、四人のお客さんに師匠が殴られたり蹴られたりされてるのがわかって……思いっ切り悲鳴をあげました。そしたら、みんな飛び出すように逃げて……」

「ふ、ふざけやがって……!」

 グレッグが椅子を勢いよく蹴り上げてヤファに当たりそうになったが、軽く手で受け止めてしまった。

「危ないのだー」

「……わ、悪い……」

「さすがヤファ、馬鹿力ね」

「けだものらしく豪快で野蛮ですわ……」

 シャイルとリーゼ、ヤファを誉めてるようでバカにしてる……。

「ガルルッ……」

「「ひー!」」

 シャイルたちはいつもと変わらないな……っと、今はそれどころじゃなかった。

「それで、そいつらはどんなやつだった?」

「えっと……桃色の髪の女の人と、赤いポニーテールの女の人と、金色の短い髪の男の人と……んと、もう一人は黒い長髪の男の人でした!」

「……アトリ、それってあいつらじゃ……? 最後の一人は知らないやつだけど」

「……ですね」

 俺はアトリと顔を見合わせてうなずく。

「多分、もう一人はセリア様が新たに召喚した勇者でしょう」

「なるほど……」

 それなら合点がいく。

「知ってるのか!?」

「知ってるんですか!?」

「……あ、ああ」

 グレッグとターニャの兄妹に詰め寄られて、俺は後退りしつつうなずいたあと、セリアたちに召喚されたあとの経緯を簡単に説明した。

「――怖い人たちなんですね! 許せません……!」

「とんでもねえ連中だな。勝手に人を召喚しておいて、見た目が気に入らねえからって追い出して、また捕まえようとしてんだろ。そんな狂ったやつらならこんなことしてもおかしくねえな……」

 ターニャとグレッグが顔を真っ赤にして怒っている。

 ことの真相は鑑定師クオルが目覚めない限りわからないままだが、あいつらのことだ。些細なことで激怒してこんなことをしでかしたに違いない。

「……う……」

 お、呻き声がしたと思ったら、鑑定師が薄らと目を開いていた。これで色々はっきりしそうだな……。

「鑑定師さん……」

「師匠!」

「鑑定師様!」

「クオルさん!」

 俺に続いて、ターニャ、アトリ、グレッグの三人が鑑定師の側に寄る。

「……助かったのか、わしは……」

「はい、師匠! グレッグ兄さんがギルドにいたのが幸いでした。酔っぱらってましたけど……」

「よ、余計なことを言うんじゃねえって。クオルさん、大分やられてたから危なかったけど、もう大丈夫だから安心してください!」

「……グレッグよ、わしがお主に最初に言ったことを覚えているか」

「え、クオルさん、何を……」

「もう忘れたのか? お主にはこう言った。治癒の才覚だけは秀でてるし、伸びると。お主はあまり興味がないと言ったのに、その治癒によって今日わしを救った。これが才というものなのだ。お主なら、自覚さえあればもっと沢山の人を救えるだろう……イタタ……」

「師匠、安静にしててください!」

「クオルさん……今言ったこと、もう忘れませんから休んでくださいよ!」

「大丈夫だ。まだわしも死んではならぬとということだろう……。安静にする前にここであったことを話さねば……」

「鑑定師様、どうか無理だけはしないでください……」

「……うむ。とある客の前でコーゾーの能力が最高だと褒めたら、急に怒り出してな……」

「なるほど。もうあいつらで間違いないな……」

「やはりお主の知り合いか……あまりに無礼な客だったのでな、良い能力ではあるがそれより上はいる、己惚れるなという意味でついお主の能力を口走ってしまった。すまぬ……」

「いや、こちらのほうこそ申し訳ないです。俺のせいで……」

「コーゾー様、そんなことないです」

「そうですよっ! コーゾーさんは悪くありません!」

「そいつらがいかれてるだけだ。コーゾーとやら、あんたは悪くない……」

「マスターは悪くないもんっ」

「お気になさらないでください、ご主人様……」

「元気出せ、コーゾー!」

「……」

 さすがに照れるな、ここまで庇ってくれると……。

「……人気者だの、コーゾー。それも才の一つだ。お主には人望があるから、これからも味方が増えるだろう。目先のことに囚われず、謙虚な気持ちを忘れず、何があっても下を向かずにいることだ。わしを殴った彼らを庇うつもりはないが、刺激してしまったわしにも原因はあるし、嫉妬する気持ちもわかるのだ。それくらいの能力――」

 鑑定師が顔をしかめるのがわかった。あまり喋ると体に毒だ。

「もう休んでください。鑑定師さんには、俺のジョブをいつか詳しく視ていただきたいので……」

「うむ……。わしだって早く視たい。わしが鑑定できるようになるまでの間、コーゾーたちの補佐を頼むぞ、ターニャ……」

「はいっ! 頑張ります、師匠っ!」

「……勢いだけでちと頼りない鑑定師だが、弟子のターニャをよろしく頼む、コーゾー、アトリ」

「「はい!」」

 天真爛漫なターニャに引きずられて、俺たちも元気よく声を発した。
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