29 / 110
第二九回 待ち人
しおりを挟む冒険者ギルドに戻る頃には、空が薄らと暗くなり始めていた。もうすぐ夕方といったところだろう。
「……凄いですね。フェノウスの洞窟に行ったのですか……」
例の美人な受付嬢が目を丸くして薬草とキノコを受け取る。俺たちの苦労の結晶だ。
「ああ。魔女に遭遇しなかったからラッキーだったよ……」
俺は胸を撫で下ろす仕草をして笑った。
嘘を言ったのには理由がある。魔女に遭遇したのにみんな無事だった、なんてことを言えば、魔女の仲間だと思われて恨みのあるやつに目をつけられる可能性もあるからな。余計なことは極力言わないほうがいい。
「なるほど……あ、ちょっとお待ちください」
受付嬢が小走りでカウンターを離れたのでどこに行くのかと思ったら、壁の貼り紙を外していた。唯一残っていた難易度の高い依頼を俺たちが攻略したというのがなんとも誇らしい。ギルドにはそこそこ冒険者がいたせいか、それでどよめきが起こっていた。
「それでは冒険者様、お受け取りください。報酬の3000グラードです」
「おお……」
カウンターに置かれた金貨三枚に目を奪われる。
「これからも頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとう……」
受付嬢に微笑まれて嬉しさも二倍増しだ。
「コーゾー様、ぼーっと眺めてたら盗られちゃいますよ」
「あ……」
アトリが金貨を素早くエプロンのポケットに入れてしまった。《スラッシュクイッケン》を使ってるんじゃないかってくらい速い。
「さあこっちですっ」
「ちょ、ちょっと……」
アトリに腕を引っ張られて、またしてもカウンターから一番離れた奥のテーブルまで連れていかれた。
「おかえり、マスター、アトリッ」
「おかえりですわ、ご主人様、アトリ様……」
「おかえりなのだ、コーゾー、アトリ!」
「「ただいま」」
そこは既にシャイルたちが陣取っていて、空腹なのかそわそわして落ち着かない様子。しかし、受付嬢と会話するとアトリがやたらと強引になるのはなんでだろう。嫉妬? まさかな……。
「コーゾー様、改めておめでとうございます……」
「「「おめでとうっ」」」
「ああ。ありがとう……」
「次はいよいよ固有能力の鑑定ですねっ」
「だな。でもその前に……」
「「「むー……」」」
「……」
テーブルを囲むシャイルたちの目力に圧倒される。みんなが言いたいことはわかっている。昼飯も抜いちゃってるし、みんなお腹ペコペコなはずだ。
「……あ、そうでした。ご飯にしましょう!」
「「「わーい!」」」
ここで食べる手もあるかと思ったが、俺たちを除いてみんな帰り支度をしているのがわかる。無理もない。ギルドは午後の六時までだし、依頼の貼り紙も全部なくなったしな。
「レストランでも行くか。アトリ、案内してくれ」
「はーい」
「ご馳走、ご馳走っ」
「まったく。はしたないですわよ……じゅるり……はっ……」
「早く食べたいのだあ! こんこんっ」
早速シャイルたちがはしゃぎまわってる。今まで苦労させてしまった分、みんなにはいっぱい食べさせてやるつもりだ……。
◆ ◆ ◆
「……おっかしいな、畜生……」
「変ですねえ……」
「もー、待ちくたびれたわよぉ……」
「……」
セリア邸のロビーは、四人が座るソファを中心に不穏な空気に包まれていた。
大きな眼球を乗せた真っ赤な杖――ブラッディワンド――をぼんやりと揺らすミリム、先端が唇の形になった杖――リップスティック――を脇に抱え、何度も怪訝そうに首を傾げるロエル、女神が祈る杖――ヴィーナスロッド――を苛立った表情で回すセリア、困惑顔で天井を見上げる雄士……。それぞれ、術の威力、反動による遅延抑制率、成功率を10%向上させるものだ。
セリアたちは拉致の依頼を引き受けた者により、光蔵とアトリがここに連れてこられるのを準備万端で待っていたが、一向に誰も来る気配がなかったのだ。
まず、呪術師ミリムが光蔵たちに《忠心の刻印》をかけ、抵抗してきた場合さらに苦しめるつもりだったし、法術師ロエルは光蔵たちを簡単に気絶させたり死なせたりしないよう、《治癒の光》をいつでも連続で出すつもりだった。
そして最後の最後に、召喚師セリアが《精霊召喚(火)》を行使し、サラマンダーに光蔵たちを生きたまま火葬してもらう手筈だったのである。
「ねえロエル、ちゃんと裏にして貼ったわよね?」
堪りかねてセリアが訊ねる。人を拉致、または殺人等の特殊な依頼をギルドで行う場合、貼り紙は裏にしておくのが通例だった。
「はあ? そんなの当たり前だろ、セリア……」
「もしかしたらあ、お雑魚さんが依頼を引き受けちゃったのかもしれませんねえ……」
「……あー、ミリム、それあるかもな。魔女が近場に出たとかで過疎ってたし、弱いやつしかいなかったんじゃね?」
「そうなると、おっさんはともかくアトリにやられた可能性は充分あるわね。ほんっとうざったい……」
忌々し気にテーブルを叩くセリアだったが、隣にいる雄士がはっとした顔になっているのに気付く。
「ご、ごめんなさいっ、ユージ様、驚かせちゃって……」
「いや、セリア。君のせいじゃないよ。今、魔女って言葉が聞こえたから……」
「ユージ様は、魔女に興味あるの?」
「うん。小説とかゲームとかアニメじゃよく出てくる存在だからね。僕が見てみたいものの一つさ」
「あ、それじゃ魔女について教えてあげるね、ユージ様っ」
「おい、セリア、それより飯にしたいんだが……」
「ロエルさんに同意しますう……」
「ロエル、ミリム、少しくらいいいじゃない。きっとこの子は博識になるわ。だって、あたしが召喚した子だもの……」
「「はあ……」」
ロエルとミリムが同時に項垂れる。
「魔女っていうのは、かつて森の中に住んでいた特別な魔法の才能を持った者で、その血を引く者のことよ。ちなみに性別は関係ないわ」
「へえ……なんで魔女はいて魔男っていないんだって思ってたよ」
「うんうん。あとね、魔女と出会うなんて稀だけど、王都の魔術師団のトップにいる魔女以外、人間を忌み嫌ってるそうだから、遭遇したら間違いなく死ぬと思ったほうがいいわ」
「そんなに強いんだ。怖いなぁ……」
「うん。強いの……。でも、あたしが守ってあげるから……」
「ち、近づかないでくれ……」
うっとりした顔で詰め寄ってくるセリアに対し、青い顔で仰け反る雄士。
「もー、ちゃんと体は洗ってるよぉ……」
「か、確認してないし……不安なんだよ……」
「ユージ様、可愛いっ。確認のためにも、一緒にお風呂に入ろっ?」
「ひ、ひいい……」
「おい、セリア、ユージ、いい加減に……」
「もー、ロエルったらそんなに睨まないのっ。まだ話の途中よ。……コホンッ。魔女はね、特別な魔法が使えるのよ。詠唱する際、頭にエルっていう古代言語をつけるだけで威力が格段に跳ね上がる。魔法そのものが生きてるように見えるのが特徴よ。これを唱えることで効果があるのは魔女の血を持つ者だけって言われてるわ」
「……魔女、いいなあ。僕もなりたい……」
「うふふっ。ユージ様は勇者でしょ。それなら、才能次第じゃ魔女にだって勝てる可能性は充分あるわ……」
「ええっ!?」
「大丈夫。あなたには最高の才能があるはずよ。だって……あたしが待ち望んだ王子様だものー!」
「ひい!」
「がはっ!」
セリアは雄士に抱き付こうとするも寸前でかわされ、勢いよく絨毯とキスしたのだった……。
0
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
パークラ認定されてパーティーから追放されたから田舎でスローライフを送ろうと思う
ユースケ
ファンタジー
俺ことソーマ=イグベルトはとある特殊なスキルを持っている。
そのスキルはある特殊な条件下でのみ発動するパッシブスキルで、パーティーメンバーはもちろん、自分自身の身体能力やスキル効果を倍増させる優れもの。
だけどその条件がなかなか厄介だった。
何故ならその条件というのが────
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
勇者パーティーを追放された召喚術師、美少女揃いのパーティーに拾われて鬼神の如く崇められる。
名無し
ファンタジー
ある日、勇者パーティーを追放された召喚術師ディル。
彼の召喚術は途轍もなく強いが一風変わっていた。何が飛び出すかは蓋を開けてみないとわからないというガチャ的なもので、思わず脱力してしまうほど変なものを召喚することもあるため、仲間から舐められていたのである。
ディルは居場所を失っただけでなく、性格が狂暴だから追放されたことを記す貼り紙を勇者パーティーに公開されて苦境に立たされるが、とある底辺パーティーに拾われる。
そこは横暴なリーダーに捨てられたばかりのパーティーで、どんな仕打ちにも耐えられる自信があるという。ディルは自身が凶悪な人物だと勘違いされているのを上手く利用し、底辺パーティーとともに成り上がっていく。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる