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29.精霊術師、盲点に気付く
しおりを挟む「「……」」
黄昏色の田園地帯を歩きつつ、俺はエリスと途方に暮れた顔を見合わせる。
「いないなあ……」
「だねー……」
無の下位精霊は俺たちを拒んでいるとはいえ、エリスが言うには、対象に近付けば気配でわかるんだとか。それで人里離れた場所を中心に探し始めたわけだが、夕方まで歩き回っても手掛かり一つ掴むことができなかった。
それでも、樹々とか塀とか色んな障害物をエリスが無効化してくれるので、スイスイ探すことができたのは確かだ。もう今じゃ壁にぶつかろうとしてもあまり怖くなくなったし、彼女の力を借りなくてもほんの一瞬だが俺でも真似できるようになった。
何もないような田園地帯とはいえ、人の姿もたまにあるもんだから、この辺りで
何か異変が起きてないか尋ねてみるも、俺たちがそういう質問をしてきたこと自体が異変だと言われて苦笑いするしかなかった。どんだけ平和な場所なんだ……。
「「――あっ……」」
俺はエリスと顔を見合わせる。蔦が絡みついた祠を見つけたんだ。
手掛かりがないかと思って中に入ってみるも、奥に小さな祭壇があるだけでほかには何もなかった。なんなんだここは……。
「ここは、わたしを祀るところだねー」
「そうだったか、エリス様……」
「えへへっ」
エリスが祭壇の上にすっぽりと収まってしまったので、俺は祈りのポーズをとってやった。
「……なあエリス、今日はもう探すのはやめて明日にしようか?」
「うんっ」
そういうわけで、俺たちは地の精霊に案内されながら近くの村まで歩き始めたんだが、どうしても不安を払拭することができなかった。
「レオン、顔色悪いよー?」
「あぁ……ちょっと考え事をな。よく考えたら、無の下位精霊を探し出すって、相当に厳しいんじゃないかって」
「どうしてそう思うの?」
「だってさ……無の下位精霊は靄がかかってるところを自由に行き来できるし、その影響は辺境全体まで及んでるから、行動範囲だって異様に広いわけだろ?」
「うん」
「もし仮に近付けたとして、それを向こうに察知されて逃げられたらどうしようもできないし、そうなると捕まえるのに滅茶苦茶時間がかかるんじゃないかって……」
「それなら心配ないよ」
「ええ……?」
エリスはなんの曇りもない笑顔でそう言ってのけた。
「な、なんでそう言い切れるんだ……?」
「だって……無の精霊って、人間のこと嫌いじゃないと思うから」
「え……それってどういうこと?」
「わたしがそうだったから、なんとなくそう思うの。もし、下位精霊の子がどんなに長い間独りぼっちでいたことで頭がちょっとおかしくなってたとしても、本質的なところはきっと変わらないよ」
「……で、でも、俺たちのこと拒んでるって……」
「拒むのは、人が嫌いだからじゃなくて、単純に誰かと交流するのが怖いからだと思う。だから、精霊のわたしのことも含めて拒絶してるんだよ」
「なるほど……。でも、嫌いじゃなくても交流すること自体が怖いなら、やっぱり俺たちが契約しようと思って近付いた時点で逃げられるんじゃ……?」
「ん-、もしわたしたちが近付いても、通り過ぎるまでじっと隠れて息を潜めるだけじゃないかなー。怖いだけで興味はあると思うし、そのときは気配でわかるはずだから、そのうち見つかるよ」
「そうなんだな……あ……」
「レオン?」
エリスの言葉がきっかけで俺は盲点に気が付いた。
「それなら、人里離れた場所なんかより、人がいるところを中心に探したほうがいいんじゃないか……?」
「うん。実はわたしもそれ、ずっと思ってた!」
「そっか、エリスもそう思ってたか……って、おいおい、エリス……人里のほうがいいって気付いてたなら、なんで早く教えてくれなかったんだ?」
「だって、レオンと二人だけで旅ができるのはこれが最後なのかなって、ちょっと寂しかったから……」
「エ、エリス……」
笑いながらもちょっと寂しそうに話すエリスの姿がなんとも健気に見えて、俺は彼女の肩を抱き寄せてやった。エリスのひたむきな気持ちは自分にとって本当の盲点だった気がする。
「俺の一番はエリスだから、心配するなって」
「ほんとー?」
「本当!」
「嬉しい! レオン、大好き……ちゅー!」
「はいはい、ちゅー!」
なんでいちいち声に出す必要があるんだと思いつつも、俺はエリスの要求に応えてやった。そのとき、俺に対するソフィアの悪魔という台詞とともに、彼女の怒った顔が脳裏に浮かんだのは内緒だ。
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