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90話 人間性

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「……」

 あれから僕はエリスたちと別れて、一人で会議室で考え込んだ結果、ようやく考えが纏まり始めた。

 疑惑をかけられたアルフレドのためにもすぐに犯人を見つけ出したいところだけど、クレームを無視して一人ずつ一昨日の行動を聞き出すというのは一層波紋を広げてしまうように思うんだ。

 だからもうすぐ始まる点呼の時間に、こっそりみんなのスキルやテクニックを【鑑定士】スキルで調べることにした。それで大体の目星はつくんじゃないかな。よーし、そうと決まったら【偽装】で魔法陣を隠して覗いてみるか……。



「――次っ、ワグナスッ!」

「ういっす」

 もうすぐ点呼が終わるわけなんだけど、今のところ特に怪しいと思えるような人物は見当たらなかった。

 というか、途中で退席したアルフレドについて調べたとき、彼がみんなの指摘するように《開錠・中》や《盗み・中》といった盗賊上がりのテクニックを持ってるって判明したことで、ますます誰が犯人なのかわからなくなってしまった。これじゃ、水の神殿ダンジョンの進路方向が逆になるギミックより性質が悪いって……。

「あっ……」

 ん、待てよ……? 僕はダンジョンで隠し部屋を探すときに、【鬼眼】スキルに導かれるようにして辿り着いた。つまりその要領でスキルを使って犯人が誰なのか念じたら、その人物だけ輝いて見えるのでは……?

 よし、早速試してみよう。今はアルフレドだけいないので、朝食の時間帯が望ましい。ここでようやく誰が真犯人かわかるってわけだね……。

「「「「「――いただきますっ!」」」」」」

「……」

 朝食の時間、パンを齧りつつちらっと周りを見渡してみると、全員揃ってるのがわかった。いかにも気怠そうに食べるアルフレド以外、みんな至って普段とは変わらない様子だ。

 ここがベストのタイミングだと見た僕は、【鑑定士】を【進化】させ、【鬼眼】に変化させると、金庫から金を盗み出した犯人が誰なのか念じてみた。

「――あっ……!」

「「「「「ギルド長様?」」」」」

「あ、いや、なんでもないんだ。またムフフなことを想像しちゃって……」

「「「「「……」」」」」

 呆れ顔で食事を再開する係員たちをよそに、僕は意外すぎる真犯人の正体にただただ驚いていた。まさかが……。

 念のために再度確認してみても、やっぱり一人だけ眩しいくらい輝いていることからもうあの子が犯人で間違いない。

 それは、エオリアという、とても明るくて人気も高い女の子だった。しかも調理係を担当させている子だ。

 エリス、エオリア、エステルの三人は冒険者から特に人気を集めていて、都の三大美女と持てはやされてるくらいなんだ。

 僕はエオリアのスキルをもう一度確認してみることにした。【形状】、か。よくよく考えてみると彼女のスキルは鍵を開けるのに最も適しているように思う。

 スキル名:
【形状】
 効果:
 手元にあるものに対し、思い描いた形状を一瞬で作り出すことができる。対象が小振りで柔らかいものほど成功率が高い。

「……」

 このスキルで鍵を作ったと考えれば納得できる。彼女はきめ細やかな技術によって、元々見た目が良い料理を作り出していた。そこに美味しさの形も加わってきて最高になった。その歩みは、最近になって上達したテクニックの《料理・大》も相俟って順調そのものだったのに、一体何故……?

 動機は? どうしてこんなことをしたんだ? 僕は怒りの余りみんなの前でエオリアを問い質す姿を想像してしまって首を横に振る。こんなんじゃダメだ。ギルド長として厳しさは必要だと思うけど、もっといいやり方があるはず……。

「……」

 そうだ、があるじゃないか。これなら誰にも怪しまれることなく、エオリアと二人きりになって本音で対話できる。

 早速【精神世界】スキルを発動させ、エオリアを僕の心の中に閉じ込めることにした。ここだと時間もまったく経過しないので都合がいい。

「あ、あれれっ……!?」

 エオリアが血相を変えて立ち上がる。そりゃそうだろう。場所は会議室のまま変わらないけど、ここにいるのは僕と彼女だけになったわけだから。

 というか、僕の【精神世界】なのにエオリアは普通に動けるんだね。熟練度がまだFっていうのも大きいのかな。

「ギ、ギルド長様、これは一体――」

「――エオリア、これは僕のスキルだ」

「え、えぇっ……!?」

 エオリアは僕に対して驚いた顔を見せる一方、怪訝そうな目つきでしきりに視線を周囲に散らしていた。隙を見てここから逃げようとしているのは丸わかりだ。

「ギルド長様、どうしてこんなことを……?」

「わからない? 金庫からお金を盗み出したのは君だよね……?」

「……え、そ、そんなわけないですよ! 私を疑うなんて酷いです……」

「認めなくてもいいけど、それじゃここから一生出られないと思ってほしい」

「そ、そんなっ。証拠はどこにあるんでしょうか!? ないですよね? この辺で失礼します――あっ……」

 エオリアが足早に会議室から出ようとして、出入り口前で立ち止まった。そりゃそうだよね。スキルの使用者から10メートル以上は離れることができないようになってるから。

「ぐすっ……こんなところに閉じ込めるなんて酷いです。どうしてこんなこと……」

 泣き崩れるエオリアを刺激しないよう、僕は彼女のほうにそっと近付いていく。

「エオリア……僕は君を傷つけないように、二人だけで話がしたかった。だからこのやり方を選んだんだ。もし本当に犯人じゃないっていうなら、僕を精神的にとことん打ちのめすしかない。身の潔白を主張することで。できるよね? 絶対に真犯人じゃないっていうなら、誠実さは精神の世界において、何より強力なもののはずだよ……」

「……」

「エオリア、僕は信じられないんだ。どうして君がそんなことをしたのか。その理由を知りたい……」

「……はあ。もういいや……」

 いかにも気怠そうに溜め息を吐きつつ、エオリアが立ち上がる。それは今まで見たことのない彼女の一面だった。

「ただ単にお金が欲しかっただけなんです。理由なんてそれくらいですよ」

「か、金が欲しかったって……一カ月の給料じゃ足りなかったのか? 充分なもののはずだし、本当の理由が知りたいんだ。誰かに脅されてるとか……」

「……プッ、ププッ……アハッ、アハハハハッ!」

「……」

 哄笑といっても過言じゃないくらい、エオリアが豪快に笑い始めた。

「本当に甘いんですね、ギルド長様って……。私は嵌めたんですよ、アルフレドさんを。大金を盗んだ上、他人を犯人のように見せかけたんです。その時点でどういう人間かわかるのでは……?」

「……うん、ろくでもないよね。本当に……」

「でしょー? でも、世の中色んな人間がいるのが普通ですし、私みたいな聖女の皮を被った悪女がいても別におかしくはないかと……」

 やる気がなさそうに椅子に腰かけ、黒い下着が丸見えになるほど大きく足を組む今のエオリアには、パイプタバコがよく似合いそうだった。

「確かに色んな人間がいる……。わかりあえない人がいるのも、純粋な人も裏表が大きい人がいるのもわかってる。でも、信じられないんだ。料理が美味しいって褒められたときに君が見せた笑顔が。あれが全部偽りだなんて思いたくなくて……」

「あぁ、それでしたら純粋に嬉しかったですよ。よーし、もっと突き詰めてやろうって思ったし、これからも頑張ろうって。でも……子供のときから盗み癖があって、あの快感を一度味わうとやめられなくって……へへっ。あの金庫を見るたびに、ずっと頭の中で中身を盗るイメージを思い浮かべてました。というわけですので、どうぞ厳しく罰してくださいな、ギルド長様っ」

「……」

 悪びれもせずに笑顔で言ってのけるエオリアの姿に、僕は一種の物悲しさを感じるとともに、どこか投げやりになっていた自分のかつての姿を重ねていた。この子を罰するにしても、僕なりのやり方でやらせてもらう……。
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