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78話 奥行き
しおりを挟む「……」
あれから僕はすぐ『鬼哭の森』の中央にある湖に到着したわけなんだけど、頭の中がしばらく真っ白になってしまうほど見惚れてしまっていた。
ここは、普通の湖とは明らかに違う……。
澄み切った水面が、流れる雲や木々や草花、遠くの山々等、様々なものを映し込んでるところなんかは同じだけど、それらがこの湖の中では別世界であるかのように一層輝いて見えたんだ。特殊な魔法の水で構成されてるというのもうなずける。
この辺りには、周囲に棲息するレインボースパイダーから【偽装】スキルを獲得するために一度訪れたことはあるけど、まじまじとこうして近くから見るのは初めてだった。
さて……いつまでも感動してる場合じゃないってことで、湖にもっと近付いて中に片足を突っ込んでみる。
あれっ? な、なんだこの不思議すぎる感覚……。
ひんやりした感触はあるものの、濡れてる感じは一切しない。その上抵抗感もほとんどなくて、水中へ入っていくというよりすっと落ちるような感じで、それ以上踏み出すのをためらってしまうんだ。とはいえ、このままじゃ一向に先に進まないので重圧や恐怖心を削除して飛び込む。
「――っ!?」
一気に谷底に落ちていきそうな勢いだったので慌ててもがいたら、今度は水が軽いためかすぐさま浮上していった。なんというか、あまりにも極端だ。
「……ゴポッ……」
それと、息を吸うときにどうしてもためらってしまう。この湖の中では呼吸ができるってあらかじめわかってても、いざやろうとすると結構勇気がいるものなんだ。
こういう場所じゃ息を吸っちゃいけないっていう固定観念があるせいか、中々落ち着いて呼吸できない。それでも湖の中には今のところモンスターの姿が見当たらないし、森と違って穏やかな場所ということもあって、慣れるのにそこまで時間はかからないように思えた。
「……」
ん? 今どこからか視線を感じたような……。気のせいかな? 何か棲息してるけど臆病だから近付いてこないのか、あるいは僕のことをつけ狙ってる人物とか……。
もし後者だとして、王城みたいな仕掛けはないと思うし大丈夫なはず。【鬼眼】の効果が残ってたら誰かわかるんだけど、切れちゃってるのが残念だ。
しばらくあれこれ考えながら適当にその辺を泳ぐうち、大分制御できるようになったので、僕は底のほうまで滑るようにどんどん下降していく。
「あ……ゴポッ……」
それからまもなく、20メートルほど先に円柱に囲まれた建造物があるのがわかった。
え、まさかあれが水の神殿ダンジョン……? 大きさとしては冒険者ギルドよりも一回りくらい小さいように見えるから、ダンジョンとしては成立しないんじゃないかとすら思えてしまう。
ただ、【鑑定士】スキルの受動的効果によって建物が時折光って見えるので、あそこが目的地のダンジョンで間違いないだろうし早速行ってみるとしよう。
「――え、ええぇっ……!? ゴポォッ……」
神殿の入り口から内部へと足を踏み入れた途端、僕は驚きのあまり水が口の中に入りそうになってしまった。
一瞬、自分の目がおかしくなったんじゃないかって思った。小振りな建物の見た目とは反して、今まで見たことがないくらいバカでかい空間が広がっていたんだ。これは物凄い緩急……。
床は足元以外にはまったくなくて、落下することで下の階層へ行くような構造だから、上下左右に凄まじいまでの奥行きを感じさせる。
さらに膨大な数の魚の壁画や色とりどりのステンドグラスも相俟って神々しい雰囲気をこれでもかと作り出していた。もうこの時点で魔法の水ありきで作られた神殿であることがわかる。
よーし、そろそろチャレンジしてみよう。
「うあっ……!?」
本当に塔の頂上から飛び降りるような感覚で、本当に水の中なのかと疑ってしまうくらい凄い勢いで落ちていく。
びっしりと隅々まで描かれた壁画から見下ろされながらどんどん沈んでいってるわけなんだけど、地下一階まで到着する気配が今のところまったくない。このダンジョン、どれだけ深いんだろう……。
確か、すべてのダンジョンは遥か遠い昔になんらかの目的で神様が創造したって聞いたことがあるけど、それもうなずけるくらいスケールとか何もかもが規格外すぎて、油断すると意識が飛びそうになるほどだった。
「――あっ……」
異次元の構造に酔っているうちに、ようやく床らしきものが見えてきた。
あれ……? あんなに広かったのにいつの間にか壁が近くなってるし、さらにどんどん幅が狭くなってきてるのがわかる。つまり、入口から地下一階までは逆円錐形の構造になってるってことか。
もうそろそろ到着しそうだ。そういえば今思い出したけど、この水の神殿ダンジョンって門番がいないし、S級冒険者じゃなくても一人で入ろうと思えば入れるんだよね。
とはいえ、単身で『鬼哭の森』に入らなきゃいけないってことを考えたら、森のモンスターたちをもろともせずに突き進むのが超一流の証明みたいなものなんだろう……。
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