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第15話 ビフォーアフター

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「「「おおぉっ……」」」

 あくる日、ちょうど太陽が真上に差し掛かる頃、俺たちは山の天辺まで辿り着いた。

 なんでわざわざこんなところまで来たかっていうと、周囲にスライドした防壁の様子を確認するためだが、思っていたよりもずっとドーナツ状に広がっていて感動した。

「いやはや、これはなんとも素晴らしい眺めですな、坊ちゃま……」

「……ああ、そうだな、爺」

 領地の規模については小さいかもしれないが、モラッドの言う通り壮観な眺望といっていい。

 存命であったなら父と母にも見せたかったなあ。まあ山の中腹にある墓地からも防壁の一部が見えるようになってるわけで、ひとまずは安堵してくれてると願うしかあるまい。

「これならしばらく一安心だね、スラン!」

「……ああ、確かにな、モコ」

 これで外敵も簡単には侵入できなくなり、俺たちは気兼ねなく山を下りて自由に歩けるようになる。

 包囲するまでは領地の境目に防壁をスライドしただけだったので、防壁の幅がそこまであるわけでもなく不十分だった。砂浜からモンスター、あるいは海賊が侵入してくる恐れもあったし、グレゴリス男爵家が迂回して襲撃してくる恐れもあった。

 川や林や谷を越え、湿地帯を抜け、勾配の大きい丘を登り、とことん遠回りすればという条件付きではあるが。とはいえ、手間をかければそこから兵士をなだれ込ませることもできるわけだから。おそらく、数日経過したことでその準備はもう整いつつあったはず。

 だが、こうして防壁で領地を隙間なく包囲してしまえば、グレゴリスの兵士たちも半魚人たちも踵を返すほかない。

 もちろん、じゃあこれでもう絶対に安全地帯になるかっていうと違う。

 執念深いグレゴリス家が易々と諦めるとは思えないし、破城槌《バタリングラム》等を用いて本格的に準備してくる恐れや、海賊船の大砲、ボスのクラーケンが直々に攻めて来る等の脅威が残っている。

 ただ、もしやつらが手を変え品を変えて襲ってきたとしても、それまで時間稼ぎができるというのがかなり大きい。その分、スライドのためのエネルギーを確保することができるからだ。

「それじゃ、そろそろ帰るか、モコ。爺はここに置いて帰るとして」

「えぇっ……⁉」

「ぼ、坊ちゃま、もしやまだを怒ってるのでございますか……」

「ああ、ちょっとだけな」

 実は最近けしからんことがあった。ヒントは、この中で杖を突いて歩くやつがいることだ。

 半魚人の大群との戦いでやられたらしく、モラッドのやつが右足に重傷を負っていた。

 それにもかかわらず、俺たちにそのことをひた隠しにしていたんだ。道理で、いつもと何か様子が違う感じがしたわけだ。痛みを堪えてるような歩き方っていうか。

 普通ならば耐えられないレベルの怪我だ。モラッドだからこそ、ここまでごまかすことができたといえる。

 それでも、怪我しているのを黙っていたことについて看過するわけにはいかなかった。散々俺に無理をするなと言っておきながら。当然、これは一体どういうことなのかとモコと一緒になって問い詰めた。

 そしたら、わたくしめごときが、坊ちゃまとモコに迷惑をかけたくなかったんでございますううぅと涙目になりながら叫んでいた。痛みには強いくせに情には脆いんだ。

 そんなモラッドも、モコの治癒と薬草とお説教の効果で怪我から立ち直り、こうして杖を使って歩けるようになった。俺もスライドで治療を試してみたんだが、生体に関してはまだ上手くいかないみたいだ。

 ただ、まだまだ無理は禁物だ。戦力的にも精神的にも彼を絶対に失うわけにはいかないので、今は当然狩りをするのも禁じている。

 防壁で取り囲んだこともあり、俺たちは久しぶりに山以外の領地内を見て回ることにした。

「「「……」」」

 だが、そこは山の上から見た美しい景色とは対照的なものだった。

 領地の中央に位置するシードランド家の屋敷はもちろん、出て行った領民たちの家々や田畑も酷く荒らされていたんだ。

 どう考えてもグレゴリスの領兵によるものだろう。『夜露死苦』『偉大なるグレゴリス家参上』『ヘタレ男爵』『シードランド家、めでたく滅亡』等、あっちこっちに落書きもされていて、怒りを通り越して呆れる。

 俺たちはそれらを修復して回ることにした。完全に壊れたものに関しては無理だが、半壊したものについては正常なところをスライドでずらして、防壁を伸ばしたようにして修繕する。

 このシードランド家の領地は山が目立つものの、それ以外の規模は小さいのでやりやすい面はあるんだ。

 もちろん俺だけがやるわけじゃなく、モコが機敏かつ無駄のない動きで掃除して回り、モラッドもその鍛え上げた体を生かしてガラクタを運び出す等、大いに手伝ってくれた。

「モコ、モラッド、お疲れ。大分片付いたな」

 その甲斐あって、領地内は数時間ほどで大分元通りの姿に戻っていった。

「うん。こんなに早く終わるなんて、信じられないよ……」

「まったくですぞ。坊ちゃまのスライドスキルのおかげでございますが、まさか短期間でここまで復興するとは……」

 黄昏に染まった領地を前に、俺たちは充実した顔を見合わせる。

 ただ、かつての日常を少しずつ取り戻しつつあるとはいえ、やはり領民の姿がないのは寂しいと感じる。いずれは領民たちも増やしていきたい。もちろん、今の領民であるモラッドやモコをより大事にしながら。

 剣の頭文字をスライドして作った金でグレゴリス家の領民を釣るにしても、ここまで人がいないと大いに不安になるだろうから、それ以外のアピールポイントが欲しいところ。

 そう考えると、ここで新たに暮らす領民たちが自給自足ができるように、溝を水に、棚を種にスライドする等、荒れ果てた田園地帯も復活させ、有効活用するべきだ。

 また、種自体を微妙にスライドして品種改良にチャレンジするのもありかもしれない。この領地でしか取れない独自の野菜があるなら強い武器にもなる。

 また、スライドスキルで領民、特に子供向けのアトラクションみたいなのを作るのも楽しいかもしれない。

 たとえば、回転木馬《メリーゴーラウンド》みたいな。海水、すなわち海を馬にスライドしようとすると、生き物だけに成功しづらいので馬は馬でも木馬をイメージする。

 すると調整が上手くいって木馬になったので、それを幾つも作って円状に並べ、モコとモラッドを乗せるとスライドで回転させてやった。本来のものとは少し違う気がするが、まあいいだろう。

「すごーい! 何これ面白いっ!」

「な、なんという仕掛け。目が回りそうですぞおおおぉっ……!」

「……」

 モコはもちろん、モラッドも楽しんでる様子。スピード出しすぎちゃったかな? この【スライド】スキルがあれば、もっと他にもできることが沢山ありそうだと感じる。

 今のところまだまだ空っぽな領地ではあるが、その分俺たちには壮大な夢を膨らませる余地があった。
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