30 / 31
30話 真心
しおりを挟む「でもよ、クロムだったか? お前、そんな状態で治療できるのか?」
「ボコった俺らが言うのもなんだけどよ……どっちかって言ったら、お前のほうがくたばりそうだぜ」
「おい、なんとか言えって、大丈夫なのかよ――!?」
「――心芯症は、死に至る病です。なので、できるだけ静かにしてください」
「「「「「……」」」」」
子分たちは事の深刻さがわかったのか、黙ってうなずいていた。こういう緊急事態だからこそ、慌てずに慎重にやらないといけない。大家さんのときがそうだったように、周りの気も患者に伝染してしまうからだ。
心芯症は、心臓の筋肉に血液が行き届かなくなり、壊死して詰まることで発生する。その主な原因は血流を塞いでしまう動脈硬化で、左肩の痛みはその典型的な兆候なんだ。
ストレス、疲労、アルコール、喫煙、様々な要因が考えられるわけだが、この場合はおそらく……僕の見立てだと、ずっと座ったまま酒を飲んでいたことで血流が悪くなったために引き起こされたんだと見ている。
実際、腰の状態が悪いって言ってたし、ほかの子分たちと比べると、頭の男は陰の気が下半身に溜まりすぎてバランスを崩していた。
内部の異常ってことで、普通であればここは内部の心身の異常を回復する回復術を行使するわけだが、心芯症の場合はそれだとダメなんだ。
一時的に治しても、壊死のスピードに追い付かなくなる。だから、このケースでは補助術を使う。これは気力や筋力を引き上げるものだ。
これによって、ポンプのように血流をよくしつつ、さらに心筋も活性化させることで、壊死を食い止める、改善することができる。
先に回復術をやってしまうと、気への抵抗力が上がってしまうため、補助術の効果が薄くなり、壊死を治療できなくなる恐れがあるのだ。心芯症は死と隣り合わせの危険な病だが、大胆な処置が必要な病でもある。
「…………」
補助術を使ったことで気力を激しく消耗したせいか、僕は患者の体が二つに分裂して見えていたが、とにかく冷静になることを務めていた。焦燥感というものは周りに伝染してしまうからだ。
あとは、気の流れを注意深く観察しつつ、患者の心筋が自然な状態に近付くのを我慢強く待つしかない。無理なことをしたせいで再発する恐れもあるから、そういう傾向が出たら回復術を使って気力を向上させれば治療は完了だ。
そのタイミングを逃したら、おそらく助からないだろうってことで、僕は意識がも朦朧としつつも患者と向き合っていた。
「――おいおい、クロム、少しは休まねえと死んじまうぞ……」
「まったくだ。なあ、悪いことは言わねえから休めって」
「こっちで酒でも飲むか?」
「……僕なら……大丈夫だから……」
「「「「「……」」」」」
患者の子分たちの息を呑む声が聞こえる。いつの間にか、彼らが僕の背中を後押ししてくれている感じだった。真の支援術は山賊たちの荒れ果てた心さえも治せるんだ。それこそが本物の支援術であり真心だとギルドマスターのバロンも言っていた。
「――うっ……?」
僕の治療は夜通し続き、明け方に近付く頃、患者――山賊の頭――は目を覚ました。よかった……。
「「「「「お頭っ!」」」」」
子分たちが涙目で取り囲んでるし、悪党とはいえ相当に人望が篤い人なんだろう。
「……俺は……一体、どうなったんだ……?」
「お頭は急に倒れて、それでそこのガキ――いや、クロム先生が治療してくれたんですよ!」
「そうそう! マジ凄かったっす!」
「最高に痺れやしたぜ……」
「……そうか。やれやれだ。てか、左肩だけじゃなく、腰も軽いし、そんなところまで治してくれたっていうのか……。クロム、お前は俺の恩人になってしまったなあ……」
「……うっ――」
「「「「「――っ!?」」」」」
僕は耐えきれずに倒れてしまった。これは、さすがにまずいかもしれない。もう体がまったく言うことを聞かないし、指一本すら動かすことができない……。
◆◆◆
「「「――はっ……!?」」」
朝陽が射し込む山の麓にて、倒れたクロムを発見した者たちがいた。一晩中捜索していたヴァイス、アルフィナ、オルソンの三名だ。
「おい、クロム、起きてくれ!」
「クロムさんっ、起きてください!」
「クロム君っ! 起きてくれなきゃ嫌ですよ!」
三人が治療をその場で施すも、クロムは一向に起きる気配がなかった。
「こ、これは……かなり危険な状態だ。急ぐぞ!」
「「はいっ!」」
ヴァイスが意識を失ったクロムを負ぶって連れて帰ることに。
支援者ギルドの療養室は、このうえなく重い空気に包まれていた。
山賊たちに連れ去られたクロムをヴァイスたちが発見したものの、依然として意識不明の状態が続いていたからだ。
「うーむ……! クロムを失うことは我々にとってあまりにも痛すぎる損失だが、これはもう、厳しいな……!」
「そうねえ。クロムは気力を消耗しすぎて、脱気症状が出ちゃってるわ。こうなると、もう亡くなるのも時間の問題ね」
ゴードン教官とミハイネ補佐官の言葉は、物憂げなヴァイスたちに追い打ちをかけるものだった。
「俺に……俺に治療をやらせてください!」
「はあ? ヴァイスとかいったな、お前、優秀なのはわかるが、私たちがダメといってるのに、それを信じられないのか!?」
「そうよ。あたしたちが信用できないとでもいうの?」
「「「……」」」
項垂れるヴァイスたちを見て、薄笑いを浮かべてみせるゴードンとミハイネだったが、次の瞬間青ざめることになった。そこに入ってきたのは、ギルドマスターのバロンだったからだ。
「バ、バロン先生がどうして、このような場所に……?」
「ど、どうされたのです……?」
「いいからそこをどきなさい。クロム君はわしが治療する。このギルドの希望を失うわけにはいかんのでな……」
「「……」」
がっかりした様子のゴードンたちとは裏腹に、ヴァイス、アルフィナ、オルソンの三人の顔は晴れやかとまではいかなくても、明るいものになるのであった……。
1
お気に入りに追加
284
あなたにおすすめの小説
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
転移術士の成り上がり
名無し
ファンタジー
ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる