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30話 真心

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「でもよ、クロムだったか? お前、そんな状態で治療できるのか?」

「ボコった俺らが言うのもなんだけどよ……どっちかって言ったら、お前のほうがくたばりそうだぜ」

「おい、なんとか言えって、大丈夫なのかよ――!?」

「――心芯症は、死に至る病です。なので、できるだけ静かにしてください」

「「「「「……」」」」」

 子分たちは事の深刻さがわかったのか、黙ってうなずいていた。こういう緊急事態だからこそ、慌てずに慎重にやらないといけない。大家さんのときがそうだったように、周りの気も患者に伝染してしまうからだ。

 心芯症は、心臓の筋肉に血液が行き届かなくなり、壊死して詰まることで発生する。その主な原因は血流を塞いでしまう動脈硬化で、左肩の痛みはその典型的な兆候なんだ。

 ストレス、疲労、アルコール、喫煙、様々な要因が考えられるわけだが、この場合はおそらく……僕の見立てだと、ずっと座ったまま酒を飲んでいたことで血流が悪くなったために引き起こされたんだと見ている。

 実際、腰の状態が悪いって言ってたし、ほかの子分たちと比べると、頭の男は陰の気が下半身に溜まりすぎてバランスを崩していた。

 内部の異常ってことで、普通であればここは内部の心身の異常を回復する回復術を行使するわけだが、心芯症の場合はそれだとダメなんだ。

 一時的に治しても、壊死のスピードに追い付かなくなる。だから、このケースでは補助術を使う。これは気力や筋力を引き上げるものだ。

 これによって、ポンプのように血流をよくしつつ、さらに心筋も活性化させることで、壊死を食い止める、改善することができる。

 先に回復術をやってしまうと、気への抵抗力が上がってしまうため、補助術の効果が薄くなり、壊死を治療できなくなる恐れがあるのだ。心芯症は死と隣り合わせの危険な病だが、大胆な処置が必要な病でもある。

「…………」

 補助術を使ったことで気力を激しく消耗したせいか、僕は患者の体が二つに分裂して見えていたが、とにかく冷静になることを務めていた。焦燥感というものは周りに伝染してしまうからだ。

 あとは、気の流れを注意深く観察しつつ、患者の心筋が自然な状態に近付くのを我慢強く待つしかない。無理なことをしたせいで再発する恐れもあるから、そういう傾向が出たら回復術を使って気力を向上させれば治療は完了だ。

 そのタイミングを逃したら、おそらく助からないだろうってことで、僕は意識がも朦朧としつつも患者と向き合っていた。

「――おいおい、クロム、少しは休まねえと死んじまうぞ……」

「まったくだ。なあ、悪いことは言わねえから休めって」

「こっちで酒でも飲むか?」

「……僕なら……大丈夫だから……」

「「「「「……」」」」」

 患者の子分たちの息を呑む声が聞こえる。いつの間にか、彼らが僕の背中を後押ししてくれている感じだった。真の支援術は山賊たちの荒れ果てた心さえも治せるんだ。それこそが本物の支援術であり真心だとギルドマスターのバロンも言っていた。



「――うっ……?」

 僕の治療は夜通し続き、明け方に近付く頃、患者――山賊の頭――は目を覚ました。よかった……。

「「「「「お頭っ!」」」」」

 子分たちが涙目で取り囲んでるし、悪党とはいえ相当に人望が篤い人なんだろう。

「……俺は……一体、どうなったんだ……?」

「お頭は急に倒れて、それでそこのガキ――いや、クロム先生が治療してくれたんですよ!」

「そうそう! マジ凄かったっす!」

「最高に痺れやしたぜ……」

「……そうか。やれやれだ。てか、左肩だけじゃなく、腰も軽いし、そんなところまで治してくれたっていうのか……。クロム、お前は俺の恩人になってしまったなあ……」

「……うっ――」

「「「「「――っ!?」」」」」

 僕は耐えきれずに倒れてしまった。これは、さすがにまずいかもしれない。もう体がまったく言うことを聞かないし、指一本すら動かすことができない……。



 ◆◆◆



「「「――はっ……!?」」」

 朝陽が射し込む山の麓にて、倒れたクロムを発見した者たちがいた。一晩中捜索していたヴァイス、アルフィナ、オルソンの三名だ。

「おい、クロム、起きてくれ!」

「クロムさんっ、起きてください!」

「クロム君っ! 起きてくれなきゃ嫌ですよ!」

 三人が治療をその場で施すも、クロムは一向に起きる気配がなかった。

「こ、これは……かなり危険な状態だ。急ぐぞ!」

「「はいっ!」」

 ヴァイスが意識を失ったクロムを負ぶって連れて帰ることに。



 支援者ギルドの療養室は、このうえなく重い空気に包まれていた。

 山賊たちに連れ去られたクロムをヴァイスたちが発見したものの、依然として意識不明の状態が続いていたからだ。

「うーむ……! クロムを失うことは我々にとってあまりにも痛すぎる損失だが、これはもう、厳しいな……!」

「そうねえ。クロムは気力を消耗しすぎて、脱気症状が出ちゃってるわ。こうなると、もう亡くなるのも時間の問題ね」

 ゴードン教官とミハイネ補佐官の言葉は、物憂げなヴァイスたちに追い打ちをかけるものだった。

「俺に……俺に治療をやらせてください!」

「はあ? ヴァイスとかいったな、お前、優秀なのはわかるが、私たちがダメといってるのに、それを信じられないのか!?」

「そうよ。あたしたちが信用できないとでもいうの?」

「「「……」」」

 項垂れるヴァイスたちを見て、薄笑いを浮かべてみせるゴードンとミハイネだったが、次の瞬間青ざめることになった。そこに入ってきたのは、ギルドマスターのバロンだったからだ。

「バ、バロン先生がどうして、このような場所に……?」

「ど、どうされたのです……?」

「いいからそこをどきなさい。クロム君はわしが治療する。このギルドの希望を失うわけにはいかんのでな……」

「「……」」

 がっかりした様子のゴードンたちとは裏腹に、ヴァイス、アルフィナ、オルソンの三人の顔は晴れやかとまではいかなくても、明るいものになるのであった……。
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