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29話 崖っぷち

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「――はぁ、はぁ……」

 朦朧とする意識の中、僕は目を覚ました。

 ……ここは……どこかの小屋の中みたいだ……。

 そうか……あのあと僕は山賊たちに連れ去られたはずだし、ここはアジトの小屋かなんかだろう。それにしても、全身の関節がやたらと痛いし寒気もするしで、どうやら気力が急激に弱ったことで風邪を引いちゃったみたいだ。

「「「「「ワハハッ……!」」」」

 すぐ側で盛り上がる声が聞こえてきたので目を凝らして見てみると、額に切り傷のある男――山賊の頭――と、いかつい顔をした子分たちがテーブルを囲んで酒を飲んでいる様子だった。

 あ……そのうちの一人がこっちに気付いたみたいで指差してきた。

「おっ、目覚めたみたいっすよ、例の王子様が」

「ういー……んで、お頭。いつ殺すんですか? このガキ」

「やつを殺せば、その時点で多額の金が入るんでやんすよね?」

「おーっ! なら早くやっちまいましょうぜ!」

「…………」

 悪夢だと思いたいけど、痛みがあるしどう考えてもこれは現実だった。まさに崖っぷち。僕はもう終わりなんだろうか……。

「ひっく……バカか、おめーら」

「「「「「へ?」」」」」

「こいつが本当に神童だっていうなら、とんでもない金になるぞ。殺すように依頼したにバレないように、遠方の金持ちに売り飛ばせばいいんだよ。証拠として、こいつの血痕がついた服を見せりゃいい。病を治せるガキなら、色んな意味で重宝するだろ。そうすりゃ、二重で大金が入る」

「なるほどっ!」

「さすがお頭!」

「…………」

 あの額傷の男、山賊の頭なだけあってかなり考えてる。でも、これで助かったのかな? ただ、どこかの屋敷の地下牢かなんかに入れられそうだし、自由はなくなりそうだ。

「どんだけ大金が転がり込むか、マジ楽しみっすね、お頭ぁっ!」

「あぁ……。なんせ支援者ギルドは、冒険者ギルドと通じていて患者を独占しているから金はたんまり金庫に蓄えてあるだろう」

「さすが、元冒険者のお頭、詳しいっすねえ」

「そりゃなあ」

 尋常じゃないほど盛り上がった力こぶを見せつけるお頭に対し、子分たちからおおっと拍手が上がる。

「おえっぷ……でも、お頭あ」

「ん……?」

「その、どうして冒険者を引退しちゃったんですか? まだまだできるでしょうに」

 一人の子分の質問で、それまでの空気がガラリと変わるのが僕にはわかった。なんていうか、聞いちゃいけないことを聞いてしまったような気まずいムードなんだ。

 まもなく、頭の男が酒瓶を置くとともに語り出した。

「……ひっく。俺ももう40を超えて、白髪が目立つ歳だ……。そろそろ大怪我しねえうちに引退しようって思ってな。最近は左肩がやたらと痛くて腰の状態も悪いし、それに、俺がいなくなったあとおめーらが苦労してたのは、冒険者に転身してからもわかってたからよ」

「…………」

 なるほど。元々額傷の男は賊の頭で、それが冒険者に転身して活動していたようだ。

 40歳で引退するにしては若すぎるっていうのが素直な感想かな。でも左肩と腰が悪いんじゃしょうがないのか。そういえばなんかこの男、顔色がやたらと悪いような。気のせいだろうか?

「それよりお頭、あっしにしてみたら、あのアルフィナっていう女が人質になってくれたほうがよかったっす……」

 一人の子分の声で下卑た笑い声が上がる。

「何言ってやがんだ。女のガキなんかよりもよ、男のガキのほうが断然いいだろ!」

「俺も俺もっ!」

「わしもだっ!」

「…………」

 僕は嫌らしい笑みを浮かべた子分たちに囲まれ、血の気がサーッと引く思いだった。

「……な、なんですか……?」

「見ろよこいつ。睨みつけておいて、なんですか、だとよお」

「な? やっぱ男の子のほうがやりがいがあっていいんだって!」

「可愛いっ。王子様っ」

「「「「「ギャハハッ!」」」」」

「…………」

 彼らに聞く耳なんて持つ様子はひとかけらもなく、否応なしに僕の心臓が高鳴っていくのを感じる。よく考えてみたら、僕はおじさんじゃないんだ。17歳の少年の頃に戻ってるわけで、山賊たちの中に少年愛好家がいたってなんら不思議じゃない。

「坊主、たっぷり楽しませてもらうぜ……」

 僕は山賊たちによって慰み者にされてしまうというのか。嫌すぎる……。

「――おい、抵抗するんじゃねえ!」

「ぐはっ! うぎっ! ぐがあぁっ……!」

 僕は抵抗することによって何度も何度も殴られていた。風邪気味なのもあって、意識が漠然としているし、このままじゃ本当にまずいかもしれない……。

 でも、もういっそ、こんなやつらに汚されるくらいなら、抵抗し続けることで殴り殺されたほうがマシだと思えてくる。

 ごめん、母ちゃん、アルフィナ、ヴァイス、オルソン……。

「おいおい、あんまり殴ると死んじまうぞ――うっ……!?」

 山賊の頭が苦笑いを浮かべながら声をかけてきたときだった。酒瓶を床に落としたかと思うと、胸を押さえつつ顔をこれでもかとしかめてみせた。こ、これは……。

「「「「「お、お頭っ……!?」」」」」

「……う、うぐぐ……ぐ、ぐるじい……」

「…………」

 間違いない。これは心芯症――すなわち、心筋梗塞と呼ばれる病だ。

「……む……胸が、胸がああぁ……」

 まもなく、頭の男は白目を剥き、椅子ごと倒れてしまった。

「ど、どうしたんですか、お頭!?」

「頭ぁ、一体どうしちまったんですかあ!」

「た、只事じゃねえぞ、これっ!」

「泡吹いてやがる! 一体どうすりゃいいっていうんだあっ――!」

「――さ、騒がないでください……」

「「「「「っ!?」」」」」

 慌てる子分たちに対し、僕は危険を承知で一言投じてみせた。

「おい、てめえ、今なんつった!?」

「ぶっ殺されてえのか!」

「八つ裂きにしちまおうぜ!」

「おい、今はそれどころじゃないだろう!」

 子分たちは意見が分かれている様子。これは僕にとってまたとないチャンスだ。

「お願いします、僕にこの人の治療をさせてください」

「なっ……何いっ!?」

「てめー! そんなこと言って、ボスを殺す気だろう!」

「そうだそうだっ! こんなやつに任せてられるかよっ!」

「じゃあ、このまま放置してもいいっていうんですか?」

「「「「「うっ……」」」」」

 山賊たちは一様に気まずそうに黙り込んでいる。彼らではどうしようもできないことだからね。心芯症は重い病だから。

「もし治療に失敗したらその場で殺していいですから」

「「「「「……」」」」」

 僕の発言に対し、子分たちはしばらく困惑した顔を見合わせたのち、縄を解いてくれた。相手が山賊の頭とはいえ、患者には違いない。だから、なんとしても治してみせるつもりだ……。
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