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28話 不自然

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「――きゃあああぁっ!」

「はっ……!?」

 山賊たちの一人――額に切り傷のある男――がアルフィナを捕まえたかと思うと、喉元に短剣の腹を押し付けた。

「ア、アルフィナ……」

「……ク、クロムさん……」

 いの一番にやつらがアルフィナを人質に取ったということに、僕は衝撃とともに言いしれようのない不安感を覚えていた。山賊たちの本当の狙いは金品とかじゃなく、僕にあるんじゃないかって……。

「いいか、おめえら、少しでもおかしな真似をしてみやがれ。このガキの喉に真っ赤な花を咲かせてやるぞ……」

「く、くそっ! 卑劣な山賊どもめ……!」

「まったくよ。支援者相手に人質を取るなんて、なんて非道なやつらなの……!」

「…………」

 妙だ。ゴードンとミハイネの言葉が、僕には凄く不自然だと感じた。なんていうか、台本通りっていうか、最初からその言葉を言う予定だったかのような感じなんだ。二人とも強気に見えて物凄く怖がりだし、こういうときにあんな勇敢な言葉を吐けるはずもないだろうし。

 山賊たちが何故か最初にアルフィナに目をつけたことといい、何かストーリーができすぎている気がする。これはやはり、ゴードンたちが山賊らと共謀している可能性が高いんじゃないか。

「山賊に卑劣も糞もあるか。いいか、おめえら、何か金目のものを出せって言いてえところだが、俺らはこう見えて穏便だからよ、で勘弁してやる……」

「…………」

 傷の男が指差す方向に視線が注がれる。それは予想通り僕のほうだった。

「なっ……なんでクロムなんだっ!?  ま、まさか、貴様らのような下劣な山賊どもにも、こいつが神童だってことがバレてんのかっ!?」

「う、嘘よっ! それだけはできないわ。お願い、許してっ。もしクロムのような偉大な支援者を失ったら、支援者ギルドにとって大損害どころじゃないものっ……!」

「…………」

 ゴードンとミハイネの芝居がかった言動は、あまりにも白々しいものだったが、そのおかげで確信することができた。彼らの目的はあくまでも僕であり、山賊に誘拐された風にして始末することだと。裏では巨額の金が動いているに違いない……。

「へっ、わかってんじゃねえか。そこのガキ――いや、神童のクロム先生を人質にすりゃ、莫大な金が入るって聞いたんでなあ。さあ、この女を殺されたくなきゃ、大人しくこっちに来い」

「…………」

「だ、ダメです! クロムさん、こっちへ来ちゃダメです――!」

「――おい、それ以上妙なことを口にすると本当に死ぬことになるぞ……」

「ひっ……」

 アルフィナの白い首に一筋の赤い線が滲むのが見える。

 僕が応じない場合、やつらは本気で彼女を殺すつもりだ。それでも一応僕に一矢報いることもできるってことで、作戦は成功の部類に入るんだろう。彼女の代わりに僕を人質にできれば大成功なんだろうけど。

「わかった、僕が人質になる。だから、アルフィナを解放してやってほしい」

「ク、クロムさん、そんなのダメですうぅ……!」

「…………」

 アルフィナ、あんなに危険な状態なのに、そこまで僕のことを思ってくれるのか……。

「クロム、やめろ、ダメだ、行くなっ、本当に死んでしまうぞ……!」

「クロム君、ダメだよ、行っちゃダメだよ……!」

「……ごめん、ヴァイス、オルソン、僕は行かなきゃいけない……」

 僕は後ろ髪を引かれる思いだったものの、ゆっくりとアルフィナの元へと歩いていった。やつらは要求に応じなければすぐにでも彼女を殺すつもりだろうけど、僕の場合はそうじゃないと思う。

 これは怨恨によるものだろうし、苦しめて殺すつもりだ。だから、猶予がある。皮肉にも、黒幕の恨みの感情こそが唯一の希望だった。

 僕が近付いてくるのを見て、アルフィナを人質に取っていた山賊がうなずいたのち、こっちへ寄ってきた。

「いいか、ほんの少しでも抵抗すりゃ、必ずこの女を殺すからな……」

「わかってる」

「うぅっ、クロムさん……」

「アルフィナ、大丈夫。僕が代わりに人質になるだけだから。死ぬわけじゃない」

「よーし、もっとこっちに来い。そうそう、その調子だ。さすが、神童と呼ばれるだけあって度胸がある小僧だ。約束通り女は解放してやる。さあ、おめーら、こいつを縛り上げろっ!」

「「「「「へい、お頭っ!」」」」」

「ぐっ……」

 僕はアルフィナが解放されるのを見届けながら、山賊たちに体中をロープで縛られる。それから立て続けに首元に激痛が走ったかと思うと、何もわからなくなった……。
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