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27話 消耗
しおりを挟む「――これでよし。まだほんの少し痛みはあるかもしれないけど、もう歩けると思う」
「……ど、どうも、ありがとうございます、これで山を下りられます、クロム先生、あなたは命の恩人です……」
僕が支援術で足を完治させると、冒険者は涙目になって何度も頭を下げてきた。支援者をやってて一番良かったと思える瞬間だ。治療する側とされる側の陽の気がバランスよく結合し、周囲が幸福感で満たされていくような不思議な感覚……。
そう、支援術とは治したいと願う患者との共同作業でもあるし、何よりも代えがたい充足感がある。だから支援者はやめられないんだ。
「クロム、こっちの患者も診てくれ!」
「こっちもお願いするわ!」
「いや、待て、俺が先だぞ!」
「…………」
中級支援者たちは早速僕をこき使ってきたわけなんだけど、何かが違う。まさか全部任せようとするなんて……。下級支援者も場合によっては治療を任される立場とはいえ、どっちかっていうと中級支援者を補佐する役目で、そのほとんどが雑用係なんだ。
中級支援者もゴードン教官やミハイネ補佐官から点数をつけられる立場なんだけど、それだけ状態が悪い患者が多いってことで、なりふり構っていられないんだろう。もし治療に失敗すれば大きな減点に繋がるし、死なせるようなことをしようものなら取り返しのつかない失態になるからね。
目が回るような忙しさがしばらく続いたけど、治療の甲斐もあって歩けないような重傷者はいなくなり、あとは見るからに軽傷の冒険者だけになった。これなら僕がいなくても大丈夫だろう。
気になるのが、ゴードンとミハイネになんの動きもないということ。こっちが警戒しているってことをちゃんと理解していて、それだけ向こうも慎重になっているのかもしれない。沢山の患者を治療してきたことで疲労感はあるけど、引き続き気を引き締めていかないと……。
「「「「「――ありがとうございましたっ!」」」」」
夕陽が洞窟の入り口内に射し込んでくる頃、完治した冒険者たちの弾む声が洞窟内に響き渡る。今まで何事もなくてよかったと思う反面、何かされやしないかと気を使い続けたせいか気力を余計に消耗して目眩がしそうだ。
こういうとき、自分で自分に補助術をかければいいじゃないかっていう人もいるけど、補助術自体気力をかなり消費するし、弱った気力のままやると逆効果で、水分を欲するのに海水を飲む行為に等しいんだ。
誰かにかけてもらうという手もあるけど、僕だけじゃなくみんな疲れているのは目に見えてわかるので遠慮することにした。
そのあと、ゴードン教官とミハイネ補佐官を中心にして、今から支援者ギルドへ帰還するかどうか話し合いが行われたわけだけども、もう夜が近いってことでキャンプをすることに。
もちろん、僕たちは急遽この研修へ行くことになったわけで、みんなテントを準備してきているはずもないので、洞窟の入り口で一晩を過ごすことになった。
「……ふわあ……」
大分外が明るくなってきたけど、ろくに眠れなかった。
ここは洞窟内とはいえ、入り口付近だから普通に夜は寒い上に冒険者たちの出入りがそこそこあり、さらにモンスターの気配もするしで、眠れない条件がこれでもかと揃っていたんだ。
それはみんなも同じらしくて、いずれも疲れた顔で項垂れていた。色んな意味で過酷な研修ではあったけど、悪いことばかりでもなかったし、もうすぐ帰れるだろうからあと少しの辛抱だ。
やがて、出発のときがやってきて、僕たちは洞窟を出た。溜め息やら愚痴やら欠伸やら、陰の気とともに色んな声が周りから上がるのがわかる。
たった一晩なのに、なんだかずっとここにいたみたいな錯覚がするのも、それだけ苦労が多くて時間が長く感じた証拠なんだろう。
逆にこれが終始楽しいことだったら、ほんの一瞬で過ぎ去ってしまうもんだからね。これは、どっちが優れているかとかじゃなく、それだけ陽の気が軽くて、陰の気が重い性質を持っているということを意味している。
「…………」
そんなことをぼんやり考えながらしばらく歩いていたときだった。何か妙な気配を感じ取った。誰かにつけられているような、そんな感覚だ。
そういえば、疲労感が溜まっていくたびに陰と陽の気のバランスが崩れて精神力は鈍るため、気配を感じ取る能力は著しく減少するんだ。ってことは、ゴードンたちが今まで何かしてきそうで何もしてこなかったのは、初めから僕たちに気力を消耗させることで、尾行に気付かせないためだったのか――?
「「「「「――おい、そこの連中、待てっ!」」」」」
まもなく、山賊みたいな格好をした連中が茂みの中からぞろぞろと出てきて、僕たちは小さな悲鳴とともに立ち止まることになった……。
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