支援者ギルドを辞めた支援術士の男、少年の頃に戻って人生をやり直す

名無し

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26話 不気味

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「あ、大家さん……」

 下級支援者に昇格した翌朝、僕は合格者だけに授与されたローブを着てボロアパートを出たところだった。

 疲れのあまり少し寝坊しちゃった影響か、ちょうど玄関にいた大家さんと鉢合わせすることになったんだけど、なんだか機嫌が良さそうだ。

「あらクロム、おはようさん! その格好、似合ってるじゃないのさ!」

「おはようございます、くれぐれも転倒しないようにしてくださいよ……!」

「あいあい!」

 二度あることは三度あるっていうから、念を押した格好なんだ。以前大家さんが転んだときも上機嫌だったことから不気味だし、一応注意して支援者ギルドへと向かう。

 やっぱり服装を変えると気持ちも変わるし、身も引き締まるようだ。

 今までのような背中ではなく、胸に十字の刻印がある真新しいローブ。これが支援者見習いを卒業した証だ。ちなみに中級だとひし形の冠を、上級になったら首からかけるための帯を授与される。

 下級支援者になると、研修では見学だけでなく患者の治療も任されるようになるし、これからが本番だといっていい。

 もちろん、主に患者を治療するのは中級支援者であって、僕たちは彼らの手と足となって動かなければならない。さらに、見習いたちに指導して点数をつける係も担っているので、かなり忙しい立場になるんだ。



「――よく聞けっ! 本日はだな、上級支援者のラファン氏が講義をする予定だったが、急用のため、四回目の研修へ行くことになった……!」

「「「「「えぇーっ!?」」」」」

「不満があるやつは今すぐ前に出ろっ! 私が罰してやるっ!」

「「「「「……」」」」」

 中級支援者のゴードン教官の唾液交じりの叫び声で、支援者ギルド内はこの上なく不穏なムードに包まれることになった。

 また研修かよっていう声がちらほら上がるのも当然で、もう四回目の研修なのか……。いくらなんでも短期間に頻繁にやりすぎだ。急用とかいうけど、そうさせたのは一体誰なんだろうね。また僕を陥れるために何か企んでるのは見え見えなんだよ。

「みんなも、イベントが続いてクタクタだとは思うけど、これも愛の鞭だと思って頑張りなさい……!」

 ミハイネ補佐官の励ましの言葉がなんとも白々しい。僕が疲れてるところを逆に利用しようとしているとしか思えないからだ。研修場所がどこなのか知らないけど、充分に気をつけておいたほうがよさそうだ。



 やがて、僕たち下級支援者を含む支援者たちは、近くにある山の中へ入ることになった。

 ここは……そうか、あそこへ行くのか。前の世界線で一度行ったことがある。

 山の中腹に洞窟ダンジョンがあって、冒険者たちに人気があるところなんだけど、怪我をした冒険者が帰れなくなり、結果的に下山途中で息絶えることも多い。そのため、七度目の研修場所として選ばれたんだ。

 ただ、山賊も出没するとかで何度か遠征が中止になったのを覚えている。あの頃はダランだけでなく、ゴードン教官もミハイネ補佐官もそこまで意地悪じゃなかっただけに、自分の行動次第でいかに周りの状況が変化するのかがわかる。きっと当時の僕は、それだけマークする必要もない、空気みたいな存在だったからだろう。

 それにしても、山腹まで険しい道のりなのもあって、僕を含めてみんな息遣いが荒かった。

「――はうっ……!」

「あ……」

 道中、新人の見習いの女の子が転倒してしまったので駆け寄る。

「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……!」

「気をつけてね」

「はい! あ、あの……私にとって、クロム様は憧れの人でしたので、すっごく感激してます! きょ、今日のことは、一生の思い出にしまふっ……!」

「はは……」

 僕が治癒術で治してやると、彼女は目元を潤ませて何度も頭を下げてきた。足元だけじゃなく舌まで縺れてておっちょこちょいな感じがするし、なんだかアルフィナが新人としてギルドに入ってきたばかりの頃を思い出すなあ。

 はっとなって彼女のほうを向くと、腰に手を当てて膨れっ面で僕を見ていた。ま、まあ治療しただけだから……。

 洞窟ダンジョンまでは道なき道が続くということもあり、さっきの子のような新人の見習いが転んだり具合を悪そうにしたりすることもあったけど、途中で下級支援者の僕たちがサポートすることで、大きな事態に発展することもなくやがて洞窟前に辿り着いた。

 そういえば、道中、ゴードンとミハイネはなんだかやたらと機嫌が良さそうだった。目をかけていたダランがあんなことになったっていうのに、気にする素振りすらない。非情なもんだ。

 今のところやつらが何かしてくる気配は見られないけど、それでも用心するに越したことはない。アルフィナ、オルソン、ヴァイスも僕のことが心配なのかちらほらとこっちの様子を窺ってきた。ゴードンたちが今までのように僕を害そうとしやしないか心配なんだろう。

 ただ、今は洞窟ダンジョンで怪我をした冒険者の治療を優先させなくては。

「――さあ、お前たち、中級、下級ともに怪我を負った者たちを一刻も早く治療してやるのだっ! 見習いは余計なことをせず、その様子をしかと見て勉強するように!」

「もし勝手な行動を取れば減点対象だから、覚えておきなさい! あと、あなたたち、重傷者はなるべく後回しにするようにね!」

 ゴードンとミハイネの偉そうな声が洞窟内にこだまする中、僕たちはそこら中に倒れた冒険者の元へ向かう。

「――う、うぐぐ、足が、足があぁぁ」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 骨が剥き出しになっている、冒険者の右足を僕が治療していたときだった。

「…………」

 背中に突き刺さるようなを感じて振り返るも、そこは洞窟の奥に繋がる通路があるだけで、誰の姿もなかった。

 向こうのほうから邪気を感じるものの、それがモンスターのものなのか人間のものなのか区別がつかなくて、なんとも不気味だった。

 モンスターは太陽光が苦手だから、僕たちのいる入口のほうには寄ってこないと思うけど、薄暗い通路のほうにはなるべく近付かないほうがよさそうだね……。
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