上 下
24 / 31

24話 存在感

しおりを挟む

「はぁ、はぁ……」

 木陰に身を隠し、目を血走らせる男がいた。

(クロム……お前はもうすぐ、ここでを迎えることになる……)

 彼は支援者見習いのダランであり、同僚のクロムとアルフィナの姿が見えてきたことで、これでもかと邪悪な笑みを浮かべてみせた。

 その頭上――木の枝――にはロープが括りつけられたバケツがあり、そこには大きな石が顔を覗かせていたのだ。

(クロム……お前なんかにアルフィナは渡さない。アルフィナは俺のものだ、アルフィナは俺のものだアルフィナは俺のものだアルフィナは俺のものだアルフィナは俺のものだ――)

 まもなくクロムたちの姿が間近に迫ってきたことで、ダランの目が一層怪しく光った。

(早く、早く来い……。どっちが死んでもいい。両方死んでも、片方だけ死んでもいい、俺のものにならないならみんな死ね、不幸になれ。殺す、殺す殺す殺す殺す殺すっ、絶対に殺してやるううぅぅ……)



 ◆◆◆



「――あ……」

「クロムさん?」

 アルフィナと一緒に狭い道を歩いていたとき、僕はふと立ち止まることになった。

 向こうから一人でぼんやりと歩いてくるヴァイスを見かけたんだ。あんなにイケメンなのに一人でいるなんて。

 そういえば、前の世界線でも浮ついた話は一切聞かなかった。それだけ支援術にのめり込んでて女性に関心が向かないのかもしれない。

 というか、なんかいつもと違って覇気が感じられず、存在感もまったくなくてヴァイスらしくなかった。

「あ、ヴァイスさんですよね、あの人」

「うん」

 アルフィナもようやく気付いたみたいだ。それくらい、普段とは別人のように見えるから仕方ない。声をかけようかと思ったけど、そんな雰囲気でもないしなあ。

 一体どうしたんだろう……? 僕にはあんなに口を酸っぱくして注意深く生きろって言ってたのに、本人がぼんやりしちゃうなんてね。

「なんか様子が変だし、今はすれ違ってもそっとしておいてやろうか?」

「そうですね、それがいいかもです……」

 僕たちはうなずき合い、再び歩き始めてからまもなく、またしても立ち止まることになった。

「あれ……」

「ど、どうかしたんですか……?」

「今、邪気みたいなものを感じたような……」

 ってことは、まさか、この近くにトラップが――?

 そう思ったとき、ちょうどヴァイスが大きな木の下に近付いているところだった。もし罠が仕掛けられているとしたらそこしかない。

「ヴァイスッ……!」



 支援者ギルドの中にある支援者専用の療養室にて、僕はベッドの上で横たわるヴァイスを見下ろしていた。

 どこの誰の仕業なのかはわからないけど、あの木の下を通ったらバケツに入った大きな石が落ちてくるトラップが仕掛けられていたんだ。明らかに僕たちが来るのを見計らってたっぽいし、単なる悪戯じゃなく間違いなく殺す気だった。

 その石がヴァイスの頭部に直撃して意識不明になったため、僕がここまで彼を背負い、集中したいってことで一人で治療をすることになった。

 傷も出血の量も大したことがないけど、思ったより危険な状態だとわかる。大家のおばさんの怪我を重くしたようなものだから、あと少しでも打ちどころが悪かったら即死だった。

 それにしても、あの用心深いヴァイスが考え事をしながら歩くなんて。何かよっぽどショックなことでもあったんだろうか。

 そのせいか、傷は浅いものの気の乱れ、すなわち意識障害が見られる。もしこのまま目覚めたら記憶を失ってしまっている可能性が高くなる。なのでより慎重に治療しないと……。

「…………」

 というわけで、僕はまず浄化術で傷口を含む、ヴァイスの体に付着した汚れを取り除いてやったんだけど、やたらと色っぽいのでドキッとしてしまった。

 もしヴァイスが女性なら、アルフィナにも引けを取らないかもしれない……って、こんなときに何を考えてるんだ僕は。どうかしてるな……。

 さて、まず治癒術を使って傷口を治し出血を止めなくては。それから気の乱れがあるので回復術も使う。

「――う……」

「あっ……」

 治療が終わってからしばらく経ったあと、ヴァイスがおもむろに目を開くのがわかった。少々気が弱ってる程度だったので、補助術で補ってやる。よし、これでもう大丈夫だ。

「……こ、ここは……?」

「ヴァイス、よかった――!」

 彼の目に僕の顔を近付けた直後、頬に鋭い痛みが走った。ヴァイスにビンタされてしまったんだ。

「い、いたた……。何するんだよ、ヴァイス……」

「……わ、悪い、クロム、急にお前の顔が近付いてきたから……」

 ヴァイスはやたらと顔が赤らんでいた。治療したからもうどこも悪いところはないはずなのに。

「あ、そうだ、ヴァイス、ぼんやりしてて罠に引っ掛かって、この療養室に運んだんだよ。誰が仕掛けたのか知らないけど」

「……そうか。俺が不注意だったみたいだ。お前にあんな偉そうなことを言っておいて、しかも前夜祭だってのに治療までさせてしまって……本当にすまない……」

「いいよ、もう。あれかな、医者の不養生みたいなもんかな?」

「……それは一理あるかもな」

「一理あるかもっていうか、まさにそうだよ」

 僕はヴァイスと笑い合った。

「あ、そ、そうだ、クロム、俺の服は脱がしてないよな?」

「え、そんなことしてないけど?」

「そ、それならいいが……」

「…………」

 やっぱりヴァイスの様子は明らかにおかしい。怪我をする前もそうだったし、聞いておく必要がありそうだ。

「ヴァイス、何かあったんだったら僕に話してほしいんだけど」

「そ、それは……」

 口ごもるヴァイス。さらに顔を赤くしちゃってるし、ますますわけがわからない。

「……クロム、今から言うこと、聞いても驚かないでくれよ」

「ヴァイス?」

「俺、実は――」

「――クロムさん!」

「「あっ……」」

 突然ドアが開けられるとともにアルフィナが入ってきた。

「よかった、ヴァイスさん、目覚めたんですね……!」

「……俺は帰る」

「「えっ……」」

 ヴァイスは不機嫌そうな顔をしたかと思うと、あっという間にその場を立ち去った。それがあまりにも早かったので止める暇さえなかった。よっぽど急な用事でもあったのかな? それにしても、彼は一体何を言おうとしてたんだろう……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

オタク教師だったのが原因で学校を追放されましたが異世界ダンジョンで三十六計を使って成り上がります

兵藤晴佳
ファンタジー
 30代の国語教師・仮屋真琴は中国兵法に詳しいTRPGオタクである。  産休臨時任用で講師を勤める高校の授業で、仮屋はそれを隠すどころか、思いっきり晒していた。  報いはてきめんに表れ、「兵法三十六計」を使った授業を生徒に嫌われた彼は契約更新を断られてしまう。  むくれる彼は田舎へ帰る次の朝、寝ぼけ眼で引っ越し屋を迎えに出た道で、行き交うダンプカーの前に歩み出てしまう。  遠のく意識のなか、仮屋の目の前に現れたのはTRPGのステータスとパラメータだった。    気が付くと、掟破りの四畳半ダンジョンの中、ゴブリンに囚われた姫君が助けを求めてくる。  姫君の名は、リントス王国の王女ディリア。  亡き先王から王位継承者として指名されたが、その条件となる伴侶のあてがないために、宰相リカルドの妨害によって城内での支持者を得られないでいた。  国内を荒らすモンスターの巣食うダンジョンを自ら制圧することで女王の器を証明しようとしていたディリアは、王家に伝わる呪文で仮屋を召喚したのだった。  その健気さに打たれた仮屋は、異世界召喚者カリヤとして、ダンジョン制圧を引き受ける。  仮屋は剣を振るう力のないオタクなりに、深いダンジョンと無数のモンスター、そして王国の内乱へと、ディープな雑学で挑んでゆく。  授業でウケなかった「兵法三十六計」は、ダンジョンのモンスターを倒すときだけでなく、ディリアの政敵への牽制にも効果を発揮するのだった。  やがて、カリヤのもとには2回攻撃の騎士団長、宮廷を追放された魔法使いと僧侶、暗殺者、街の悪党に盗賊、そしてエルフ娘にドワーフ、フェアリーにレプラホーンと、多くの仲間が集う。  いつしかディリアの信頼はカリヤへの恋に変わるが、仮屋誠は自分の齢と職業倫理で自分にブレーキをかける。  だが、その一方でエルフ娘は自分の巨乳を意識しているのかいないのか、何かというとカリヤに迫ってくる。  さらに宰相リカルドに仕える万能の側近カストは忌々しくなるほどの美少年なのに、不思議な色香で夢の中にまで現れるのだった。  剣と魔法の世界に少年の身体で転移した中年教師。  兵法三十六計でダンジョンを制圧し、王国を救えるのだろうか?    王女の恋に巨乳エルフの誘惑、美少年への劣情というハーレム展開に始末がつけられるのだろうか? (『小説家になろう』様、『カクヨム』様との重複掲載です)

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる

シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。 そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。 なんでも見通せるという万物を見通す目だった。 目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。 これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!? その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。 魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。 ※他サイトでも連載しています。  大体21:30分ごろに更新してます。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~

影茸
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界に転移することになった僕、羽島翔。 けれども相手の不手際で異世界に転移することになったにも関わらず、僕は巻き込まれた無能と罵られ勇者に嘲笑され、城から追い出されることになる。 けれども僕の人生は、巻き込まれたはずなのに勇者の力を使えることに気づいたその瞬間大きく変わり始める。

処理中です...