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24話 存在感
しおりを挟む「はぁ、はぁ……」
木陰に身を隠し、目を血走らせる男がいた。
(クロム……お前はもうすぐ、ここで最悪の結末を迎えることになる……)
彼は支援者見習いのダランであり、同僚のクロムとアルフィナの姿が見えてきたことで、これでもかと邪悪な笑みを浮かべてみせた。
その頭上――木の枝――にはロープが括りつけられたバケツがあり、そこには大きな石が顔を覗かせていたのだ。
(クロム……お前なんかにアルフィナは渡さない。アルフィナは俺のものだ、アルフィナは俺のものだアルフィナは俺のものだアルフィナは俺のものだアルフィナは俺のものだ――)
まもなくクロムたちの姿が間近に迫ってきたことで、ダランの目が一層怪しく光った。
(早く、早く来い……。どっちが死んでもいい。両方死んでも、片方だけ死んでもいい、俺のものにならないならみんな死ね、不幸になれ。殺す、殺す殺す殺す殺す殺すっ、絶対に殺してやるううぅぅ……)
◆◆◆
「――あ……」
「クロムさん?」
アルフィナと一緒に狭い道を歩いていたとき、僕はふと立ち止まることになった。
向こうから一人でぼんやりと歩いてくるヴァイスを見かけたんだ。あんなにイケメンなのに一人でいるなんて。
そういえば、前の世界線でも浮ついた話は一切聞かなかった。それだけ支援術にのめり込んでて女性に関心が向かないのかもしれない。
というか、なんかいつもと違って覇気が感じられず、存在感もまったくなくてヴァイスらしくなかった。
「あ、ヴァイスさんですよね、あの人」
「うん」
アルフィナもようやく気付いたみたいだ。それくらい、普段とは別人のように見えるから仕方ない。声をかけようかと思ったけど、そんな雰囲気でもないしなあ。
一体どうしたんだろう……? 僕にはあんなに口を酸っぱくして注意深く生きろって言ってたのに、本人がぼんやりしちゃうなんてね。
「なんか様子が変だし、今はすれ違ってもそっとしておいてやろうか?」
「そうですね、それがいいかもです……」
僕たちはうなずき合い、再び歩き始めてからまもなく、またしても立ち止まることになった。
「あれ……」
「ど、どうかしたんですか……?」
「今、邪気みたいなものを感じたような……」
ってことは、まさか、この近くにトラップが――?
そう思ったとき、ちょうどヴァイスが大きな木の下に近付いているところだった。もし罠が仕掛けられているとしたらそこしかない。
「ヴァイスッ……!」
支援者ギルドの中にある支援者専用の療養室にて、僕はベッドの上で横たわるヴァイスを見下ろしていた。
どこの誰の仕業なのかはわからないけど、あの木の下を通ったらバケツに入った大きな石が落ちてくるトラップが仕掛けられていたんだ。明らかに僕たちが来るのを見計らってたっぽいし、単なる悪戯じゃなく間違いなく殺す気だった。
その石がヴァイスの頭部に直撃して意識不明になったため、僕がここまで彼を背負い、集中したいってことで一人で治療をすることになった。
傷も出血の量も大したことがないけど、思ったより危険な状態だとわかる。大家のおばさんの怪我を重くしたようなものだから、あと少しでも打ちどころが悪かったら即死だった。
それにしても、あの用心深いヴァイスが考え事をしながら歩くなんて。何かよっぽどショックなことでもあったんだろうか。
そのせいか、傷は浅いものの気の乱れ、すなわち意識障害が見られる。もしこのまま目覚めたら記憶を失ってしまっている可能性が高くなる。なのでより慎重に治療しないと……。
「…………」
というわけで、僕はまず浄化術で傷口を含む、ヴァイスの体に付着した汚れを取り除いてやったんだけど、やたらと色っぽいのでドキッとしてしまった。
もしヴァイスが女性なら、アルフィナにも引けを取らないかもしれない……って、こんなときに何を考えてるんだ僕は。どうかしてるな……。
さて、まず治癒術を使って傷口を治し出血を止めなくては。それから気の乱れがあるので回復術も使う。
「――う……」
「あっ……」
治療が終わってからしばらく経ったあと、ヴァイスがおもむろに目を開くのがわかった。少々気が弱ってる程度だったので、補助術で補ってやる。よし、これでもう大丈夫だ。
「……こ、ここは……?」
「ヴァイス、よかった――!」
彼の目に僕の顔を近付けた直後、頬に鋭い痛みが走った。ヴァイスにビンタされてしまったんだ。
「い、いたた……。何するんだよ、ヴァイス……」
「……わ、悪い、クロム、急にお前の顔が近付いてきたから……」
ヴァイスはやたらと顔が赤らんでいた。治療したからもうどこも悪いところはないはずなのに。
「あ、そうだ、ヴァイス、ぼんやりしてて罠に引っ掛かって、この療養室に運んだんだよ。誰が仕掛けたのか知らないけど」
「……そうか。俺が不注意だったみたいだ。お前にあんな偉そうなことを言っておいて、しかも前夜祭だってのに治療までさせてしまって……本当にすまない……」
「いいよ、もう。あれかな、医者の不養生みたいなもんかな?」
「……それは一理あるかもな」
「一理あるかもっていうか、まさにそうだよ」
僕はヴァイスと笑い合った。
「あ、そ、そうだ、クロム、俺の服は脱がしてないよな?」
「え、そんなことしてないけど?」
「そ、それならいいが……」
「…………」
やっぱりヴァイスの様子は明らかにおかしい。怪我をする前もそうだったし、聞いておく必要がありそうだ。
「ヴァイス、何かあったんだったら僕に話してほしいんだけど」
「そ、それは……」
口ごもるヴァイス。さらに顔を赤くしちゃってるし、ますますわけがわからない。
「……クロム、今から言うこと、聞いても驚かないでくれよ」
「ヴァイス?」
「俺、実は――」
「――クロムさん!」
「「あっ……」」
突然ドアが開けられるとともにアルフィナが入ってきた。
「よかった、ヴァイスさん、目覚めたんですね……!」
「……俺は帰る」
「「えっ……」」
ヴァイスは不機嫌そうな顔をしたかと思うと、あっという間にその場を立ち去った。それがあまりにも早かったので止める暇さえなかった。よっぽど急な用事でもあったのかな? それにしても、彼は一体何を言おうとしてたんだろう……。
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