19 / 31
19話 答え
しおりを挟む「……う、う、ぐぐ……」
「…………」
大きなベッドの上で仰向けに横たわっていたのは、苦しそうに顔をしかめて呻いているものの、まったく体を動かそうとしない少女だった。
これだけ苦しいなら、頻繁に寝返りを打ったり手足を動かしたりしてもおかしくないんだけど、微動だにしないという不思議な状態。
それを見て、僕はあの娘の病名や、その原因がなんなのかすぐにわかった。
これは……間違いない、石像症といって、石化の呪いによるものだ……。
前の世界線で、これにかかった人間を何度か見かけたことがある。確か、四度目の研修だったかな……場所は牢獄の中で、死刑宣告を受けた囚人だったと記憶している。そのときは絶対に治せない病がテーマだった。
その不治の病の一つ、石像症という病は人為的に作られたものなんだ。
依頼主から誰かを呪うように頼まれた呪術師が、呪う対象の髪の毛や血液、皮膚の一部を人形に織り交ぜ、さらに石膏で塗り固めたあとに一カ月間毎日一時間、標的の排除を願い続ける必要があるんだとか。
これには様々な条件があって、大雑把に説明すると、ある程度呪いの対象の気力や体力が弱っていて、なおかつ依頼主と標的の関係性が悪くないことだといわれている。
呪術を成立させるにはもっと細かい条件とかもあるみたいだけど、それは呪術師しか知らないことだ。
石化の呪いにかかった場合、体が足の爪先から徐々に石化していき、三日間かけて手、胴体、頭部まで石化して息絶えるという。
石化といっても完全に石になるのではなく、石のように硬直していくためにそう呼ばれている。致死率は100%で、今までこれに罹患した患者で生還した者は一人もいないそうだ。
そもそも、呪い自体治療が極めて難しいと言われるものばかりだしね。囚人以外にやるのは違法で、しかも超高額だっていうから、余程の金持ちじゃない限りいくら恨みがあっても呪術師に頼む人は少ないらしいけど。
一つだけ確実にわかることがあって、呪いによって標的が死ななかった場合、呪い返しによって依頼主が死ぬってことだ。
「――あなたがクロム先生ですか」
誰かが話しかけてきた。ベッドのほうをずっと心配そうに見ていた男の人だ。あの子の父親だろうか……って、なんで見習いに過ぎない僕のことを知ってるんだ……?
「は、はい、そうですが。でも、先生だなんてとんでもない」
「自分はヴィエル=ロンベルクと申す者。クロム先生は年若く見習いという立場ながら、どんな難病であっても治療できる神童だという噂、聞き及んでおります」
「え……」
「どうかお願いです、うちの娘を……シスクを治してあげてください……」
「…………」
なるほど、そういうことか。ちらっとゴードン教官やミハイネ補佐官のほうを一瞥すると、待ってましたとばかり嫌らしい笑みを浮かべてきた。
「あの、クロム先生、私は母親のジュリスと申します。私からもどうかお願いします。シスクは本当に心優しい娘なのです……」
「クロム先生、ユリエルからもお願いっ、シスクお姉ちゃんを治してあげて……!」
僕は患者の母親と妹からも涙ながらに懇願されて戸惑う。
これを治療するのはさすがに難しいからなんだ。病自体、全て絶対に治せるというものではないし、そう思うのはあまりにも烏滸がましい。
しかも、あの子がかかってるのは致死率100%の石像症だ。
ちなみに呪いによる病を治そうとした場合、治療する側も同じ病にかかることで知られている。
つまり、もし石像症を治せなかったら、患者だけでなく支援者である僕も石化して死亡するということだ。
「がははははっ! まさにクロムは神童というわけだなっ! 優秀な生徒を持って本当に誇り高いっ!」
「クロムッ、あなたならきっと……いえ、どんな病でも必ず治せるから、みんな大いに期待してるわよっ!」
「いよっ! 俺たち見習いの希望の星、天才支援者のクロム大先生! 今回も期待してるぜ!」
「…………」
ゴードン、ミハイネ、ダランの嫌味に満ちた声が次々と飛んでくる。
これがあいつらの狙いだったんだ。天才だのなんだのと煽てまくって、僕にあのシスクっていう子の治療を拒ませない空気を作りたかったってわけだ。
僕が治療に失敗したら直接害せずとも間接的に殺せるし、成功したとしてもたかが見習いが積極的に治療をしたってことでまたしてもルール違反扱いされる。
逆に治療を拒んだ場合、神童と呼ばれながら貴族の娘を見捨てたってことで恨まれるだけでなく、世間の笑い者にされるだろう。そうなったらもう、出世の道は閉ざされると思っていい。
色々考えてみたけど、これから僕がどうするべきか、答えはとっくに出ていた。
確かに、この世に治せないものは幾つも存在する。自分は神様じゃないし、実際に何度も歯痒い思いをした。それでも、最初から治すことを諦めるような真似はしたくない。
とにかくやるしかないんだ。どれだけ無謀な挑戦だとしても、これだけ苦しんでる子を見捨てて逃げ出すわけにはいかない……。
3
お気に入りに追加
285
あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

魔法の蜂蜜
祐里
ファンタジー
十歳になったばかりのカミーユは、仲良しのリュカと一緒に教会で女神様の絵やステンドグラスを見るのが大好きな少年だ。
ある日、女神様の絵を描いていると、いつも怒ってばかりいる父親に絵を破られてしまい――
コーデリア魔法研究所
tiroro
ファンタジー
孤児院を出て、一人暮らしを始めた15歳の少女ミア。
新たな生活に胸を躍らせる中、偶然出会った魔導士に助けられ、なりゆきで魔法研究所で働くことになる。
未知の世界で魔法と向き合いながら、自分の力で未来を切り拓こうと決意するミアの物語が、ここから始まる。

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる