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13話 十字架
しおりを挟む「あれぇっ……?」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
たった今、あの墓の後ろに誰かが隠れたような……。異常なほどに青白い肌をしていたので、おそらくあれは霊魂だと思う。
今日は二回目の研修があって、僕たち支援者見習いは中級支援者による霊の浄化を見学するために郊外の墓地に来ていたんだ。
「幽霊さん、そこにいるんでしょ?」
『…………』
僕の呼びかけに対して、霊はそっと顔を覗かせてくる。不安そうな表情をした少女の霊だ。しきりに首を横に振ってることから、出てくるのが相当に嫌らしい。成仏せずに墓地に残り続けるなんて、あまりいいこともなさそうだけどそんなに心残りがあるんだろうか。
あの霊の存在を中級支援者に知らせようかとも思ったけど、特に害はなさそうだしやめておこう。
「おい、クロム。何ぼーっとしてんだよ、コラ」
「あ、ダ、ダラン」
脅かすように背後から声をかけてきたのは、僕の友達のダランだ。
「脅かさないでよ」
「うるせーよ、それでも男かお前は。あ? それより、幽霊を見つけたなら真っ先に俺に教えろよ? 中級支援者に霊の居場所を知らせれば点数稼ぎになるんだからな!」
「わ、わかってるよ」
「てかクロム、なんかお前目が泳いでるぞ。もしかして見つけたんじゃねえのか?」
「いや、見てないよ」
「本当か? もし嘘ついたらどうなるかわかってんだろうな?」
「う……」
ダランに顔を近付けられて威圧されると迷ってしまう。仮に教えてもダランだけの手柄にされそうなのに、本当に僕って弱いやつだ。どうしようか……。
ただ、あの幽霊だけは見逃してあげたくて、僕は嘘をつきとおすことにした。
「本当だって」
「……そうか。まあお前が俺に嘘をつけるわけねえもんな。支援者としての知識は俺よりはあるが、馬鹿正直でお人よしのお前なんかが」
「あ、あはは……」
なんか思い切り見下されてるみたいだけど、まあいいや。争うのは好きじゃないしね。
「けど、ちゃんと霊を見つけたら言えよ? 俺たちは親友同士だからな、クロム」
「う、うん……うわっ!?」
ダランに後ろから羽交い絞めみたいなことをされた。
「い、痛いって……」
「いいじゃねえか。こういう墓地にいるとよ、恐ろしくなって体が冷えてくるから、運動するくらいがちょうどいいんだって」
「く、苦しいって……」
「へへっ、少しは我慢しろよ。俺がこういうことをやれるのはよ、クロム、お前だけなんだよ。それだけ信頼してるってことだから光栄に思えって」
「で、でも……イテテッ――」
「――やめろよ、ダラン」
「「あ……」」
誰かと思ったら、僕らと同じ支援者見習いのヴァイスだった。なんていうか、同じ見習いとは思えないくらい堂々としてて格好いいんだ。
「な、なんだよ、ヴァイス。邪魔すんな。俺たちは遊んでるだけなのによ」
「ダラン、お前が一方的に楽しんでるだけに見えたが?」
「……ちぇっ」
ヴァイスに鬼の形相で注意されて、ダランがいかにもつまらなそうな顔をしながら引き上げていった。
「た、助かったよ、ヴァイス」
「はあ……」
僕の感謝の言葉を掻き消すかのように、ヴァイスは深い溜め息をついた。
「ダランの言いなりになるなって、クロム。あいつはお前を利用してるだけだ。ダランには特に気をつけろって言ってるだろ」
「で、でも、ダランはああ見えて悪い人じゃないから」
「お前は本当にお人よしだな。それじゃ食われるぞ」
「ぼ、僕は、人を助けられるならそれでいいから……」
「ったく……。クロム、俺はいつまでもお前を守ってやれるわけじゃないぞ」
「えっ……どういうこと?」
「今にわかる。だから早く自立しろ」
彼は意味深な台詞を吐いて立ち去った。どういうことだろう?
「あ……」
背中に視線を感じて振り返ったら、墓の後ろから顔を出した霊の少女と目が合ってしまった……。
そのあと、まだ休憩時間なのもあって、僕は十字架を背にする形で墓の主と話すことになった。同じように地面に座り込んでるのに、体が透けているので背景が見えているのがわかる。
それにしても……彼女はどう見ても幽霊なのに、一緒にいると安心感のある不思議な子だ。
『お兄さん、見逃してくれてありがとう』
「迷ったけどね。でも、どうして成仏しないんだ?」
『…………』
幽霊の少女は黙り込んでしまった。何か深い事情があるんだろうか。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ」
『……待ってるの』
「待ってる? 誰を……?」
『……私、凄く重い病だったんだけど、それなのに最後の最後まで治療しようとしてくれた人がいて。でも、名前も聞いてなくて……』
「そっか……。それで死んでも死にきれないからその人を待ってるんだね」
『うん。でも、事情があるのかずっと来られないみたい。その人にどうしても思いを伝えたいのに。私を治せなくて落ち込んでるだろうから、一生懸命治そうとしてくれてありがとうって。だから、その人がここに来るまで成仏したくなくて』
「なるほど……あ、そうだ、君の名前はなんていうの?」
『私はジルっていうの』
「ジルか。きっと君の気持ちを伝えたら、その人は凄く嬉しいだろうね」
『どうしてわかるの?』
「僕も支援者のはしくれだから……その人の気持ちもよくわかるんだ」
『そっかあ……。あれ、お兄さん、どうして泣いてるの?』
「な、なんだか心にグッときちゃったみたいだ。ジル、君に会えてよかった。僕の名前はクロムだ」
『クロムね、覚えたっ』
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