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5話 修羅場
しおりを挟む「「「「「あっ……!」」」」」
支援者ギルドを発ってからしばらくして、僕ら支援者見習いの列から上擦った声が上がる。
建物の合間から、目的地のダンジョンが見えてきたからだ。冒険者という命知らずの連中が集まる場所だ。
あの円柱の中心に地下への階段があって、下りた先にある扉の前後が支援者と冒険者の仕事場になる。どちらも種類は違うものの、血生臭い戦地であることに変わりはない。
「も、もうすぐ到着するぞ、あれがダンジョンだ、覚悟はできてるか、見習いどもーっ!」
ダンジョンのほうをビシッと指差すゴードン。彼の声は大きいし威勢よく見えるけど、足は震えていた。あそこがどういう場所なのかよく知ってるからだろう。
そこに近付くにつれて支援者たちの口数が少なくなるのも、緊張もあると思うが独特の空気感が漂ってることを感知するからじゃないかな。
当時の僕もそうだった。それまでワクワク感があったのに、ダンジョンに近付くにつれて足取りが重くなっていった。
着いてからすぐにその理由が判明するんだ。あのときは目の前の惨状を前にしても何もできなかったけど、30年の経験を積んできた今は違う。
「――い、いいかっ!? ビビるなよ、泣き喚くなよ、見習いどもっ! もももっ、もしそんなやつがいれば、その場で往復ビンタを食らわすからな!」
薄暗い階段にゴードンの動揺した声が響き渡り、失笑が漏れる。
ここまではまだいいんだけどね……。それからしばらくしてみんな徐々に黙り込んでいき、水滴や足音、呼吸音くらいしか聞こえなくなってしまった。
やがて階段の終わりが見えてきて、鼻を衝く血の臭いやおびただしい血痕を前にしていよいよだと感じる。
「「「「「…………」」」」」
巨大な扉の前、包帯を巻いた血まみれの冒険者たちの姿が僕らの目に入った。
中には右腕や左足がごっそりなくなっているのもいて、苦し気な呻き声や強烈な臭いも相俟って、吐き気を催すだけでなく目を覆うほどの修羅場だった。
「お、お前たちはそこで見学だ! 今すぐ逃げ出したい気持ちはわかるが、ここで私たち中級支援者たちの腕前をしかと目に焼き付けておくようにっ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
こうして、教官のゴードンを含む、中級支援者たちによる冒険者の治療が始まった。下級支援者は主にそのサポート係や、見習いの採点係に回ることになる。ちなみに、上位支援者はこういうところには同行しない。
上級者は重度の呪いや病を治す専用として存在するからなんだ。僕としては技術の高い彼らこそこういう場所に積極的に赴くべきだって、かなりあとになってから勇気を出して訴えたことがあるけど、ギルドマスターになったダランから却下されてしまった。もし彼らに何かあったらどう責任を取るんだと。
逆行転生したからには、もっと上の立場になってこういうところも変えていきたい。
次々と怪我人が扉の向こうから運ばれてくる。そのたびに下級支援者に対する中級支援者の怒号が飛び交って騒然となり、壁際で見守っていること自体に罪悪感を覚えてしまう。
「……た、助けて、くれ……」
中にはもう、腹部から腸の一部が覗いていて大量出血している冒険者もいたけど、治療しても助かりそうにもないと思われたのか隅っこのほうで放置されてしまっていた。
そういえばそうだった。助かる見込みのない冒険者に対しては時間と労力の無駄だとして後回しにされてしまうんだ。
でも今の僕には治せる自信があるし、消えそうな命をこのまま黙って見過ごすわけにはいかない。
そういうわけで、僕は思い切ってその冒険者に近付くことにした。
「おい、そこのお前っ!」
「…………」
やはり鬼教官のゴードンに呼びかけられてしまったが、時間がないのでスルーすることに。
「クロムだったな、おいお前、私を無視する気かっ!」
顔真っ赤で立ち塞がってきた。こんなことしてる暇があるんならほかの冒険者を治療すればいいのに。
「今にも死にそうな冒険者がいたので、助けたいと思って」
「はあ!? 笑わせるな、こいつ。たかが見習い風情に何ができるというのだあっ! 今ならまだ許してやるから、そこで黙って見てろっ!」
「できません」
「お、お前っ――!?」
「――そこ、何してるの!?」
「あ……」
誰か近付いてきたと思ったら、中級支援者の一人で、教官を支える役目のミハイネ補佐官だった。
彼女もゴードンと同じく性格は悪いが、上級支援者に対しても口では一切負けないという、なんとも気の強い女性なんだ。
「あ、ミハイネ。聞いてくれ! この、クロムっていう新人が、生意気で言うことを聞かなくて……」
「あら、そうなの。クロムって人、これはどういうつもり? 規則を破るつもりなら邪魔だから出ていってくれないかしら」
「邪魔なのはあなた方のほうです」
「「っ!?」」
僕の返答に対し、殴られたような反応を見せるゴードンとミハイネ。
「今にも死にそうな人を治したいと思うことが規則を破ることだというなら、僕は今すぐここを辞めます」
「こ、こいつめ、言わせておけば……歯を食いしばれ――!」
「――いえ、待って、ゴードン」
「へ……?」
拳を振り上げたゴードンが、呆然とした顔でミハイネを見やった。
「クロムとかいったわね。そんなに言うなら治療してみなさい。でも、もし助けられなかったら、ここからすぐに出ていってもらうわ。自信があるんだから約束できるわよね?」
「はい。ありがとうございます」
「お礼なんていらないわ。どうせ見習いなんかに助けることなんて絶対にできやしないんだから」
「…………」
ミハイネは自信たっぷりの様子だが、それは自分も同じこと。許可を貰ったこともあって僕が瀕死の冒険者の元へと向かう中、後ろからヒソヒソと色んな声が聞こえてくる。
『無謀すぎる』『もうあいつは終わりだ』『頭の良さそうなやつだと思っていたが、ただのバカだった』……そんな冷笑交じりの言葉だ。
ルールを破ることに抵抗がないわけではない。それでも、僕が足を止めることはなかった。
まだ生きているのに治療を諦めて放置するなんて、何が支援者だ。僕が必ずあの人を助けてみせる……。
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