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2話 雲の上の存在
しおりを挟む「……う……?」
目覚めたと思ったとき、僕は狭い部屋の中で横たわり、ぼろい天井を見上げていた。
こ、ここは、まさか……。
急いで窓の外を見ると、遠くに花畑があって、その中心に支援者ギルドの建物が立っていた。
本当に戻ったというのか、あの頃に……。
夢じゃないよな……? 恐る恐る、洗面台の鏡を覗き込んでみる。
「…………」
そこには皺一つない、自分の若かりし頃の姿が映っていた。当然、白髪もまったく見当たらない。
まさか、今までのことがむしろ夢で、僕は年老いた頃の夢を見ていたのか?
そう思ってメモ帳を取り出してみたら、これから起こることがびっしりと書かれていた。
やっぱり、あの魚が時間を戻してくれたのか。ってことは、あれは本当に神様だったのかもしれないな……。
その上、メモ帳まで残してくれたからこれを参考にすれば人生を変えられるぞ。
「――あっ……そうだ、確か今日は……」
僕はメモ帳に記された日付を見て、今日が支援者ギルドに入学する日だと気付いて慌ててアパートを出ると、大家のおばさんに声をかけられた。
「おや、クロムじゃないか」
「あ、どうも、大家さん、おはよう」
「確かあんた、今日が支援者ギルドの見習いになる日だったね。遅れないようにね」
「はい」
潰れてしまったこのボロアパートも、転倒して亡くなった大家のおばさんも生存していることに感動する。何もかもが懐かしい。
確か、この辺で掃除していて何かに躓いて頭を強く打ったらしいんだよな。
「な、なんだい? クロム、そんな物珍しそうにあたいのほうを見ちゃって。気味が悪いよ」
「い、いや、なんでも……あ、おばさん、足元には気をつけて!」
「え? なんでだい?」
「いいから!」
これから何日後に亡くなる、なんて具体的に伝えても信じてもらえるわけないし、遠回しに注意することで死を避けられる可能性も高くなるはずだ。
アパートを出る際、僕は支援術の一つである補助術を使い、自分の足の筋力を中心にバランスよく体を活性化させてみた。そしたら、驚くほど足が速くなって驚いた。そうか、技術も受け継いでる上、若いからこれだけの速度が出るのか……。
視界一面に広がった美麗な花畑の間を疾走する快感は、ほかに代えがたいものだった。
はっきりと覚えている。今日は、僕が新人として支援者ギルドに入る日だった。
確かあのときに限って僕は緊張してあまり眠れず、寝坊して遅刻しそうになったから、景色を眺めてる余裕はほとんどなかったんだよな。
お……前方に自分と同じ、背中に十字の刻印がある白いローブを纏った女の子がいると思ったら、ギルドで一番の美少女といわれたアルフィナだ。
しかも、彼女はぼんやりしていたのか手提げ鞄を落とし、中から書類やらメモ帳やらが幾つも飛び出てしまったところだった。腰まである長い髪を地面に散らかしながら、泣きそうな顔で拾い集めてる。どうせだから手伝ってやるか。
「あ、ありがとうございます……!」
「あ、うん、気をつけて」
「はい!」
あのときは、こんなに綺麗な子がいるんだなあって雲の上の存在を見つめる感覚だったけど、今の僕にとっては年下の子にしか見えなくて、特に浮足立つようなことはなかった。
どんなときも堂々とした行動を取れば、周りから舐められるようなことも減るはず。細かいかもしれないが、こういうことの積み重ねが大事なんだ。今度こそ人生を失敗させないためにも……。
支援者ギルドの中へ入ると、懐かしい顔の同僚たちが何人かいた。みんな緊張した様子で、その中には秀才で顔立ちが整った少年ヴァイスもいる。腕組みをしながら厳しそうな顔をしていて、人を寄せ付けないオーラを放っていた。相変わらずだなあ。
そういや、ダランのやつは寝坊して遅刻してくるんだったな。
まもなくアルフィナが入ってくるなり、周りの男たちが可愛いとか美人とかヒソヒソ言い合う中、彼女がこっちのほうを向いて頭を下げてきて、どよめいた。多分、彼女は僕に対して感謝してるんだろう。妙に誇らしい気持ちだが慢心は禁物だ。勘違いは男の敵だからね。
それから少し経ってダランが慌てた様子で飛び込んできて、人助けしてたから遅れちまったとバツが悪そうにつぶやいていた。前にも聞いたことのある台詞だ。当時のあいつは寝坊したから遅れたんだと僕に笑いながら打ち明けてたけど。
やがて、一人の老齢の男が杖を手に入ってきて、空気が明らかに変わった。
彼こそ、支援者ギルドのマスター、バロンだ。数多くの患者を救ってきただけでなく、王様の主治医を務めたこともある偉大な人物で、年を取って引退するとともに、後継者を育成するべく彼の故郷であるこのフラーデンの町に支援者ギルドを建設したんだ。
確か、僕たちが入ってきてからおよそ3年後に容体が急変して、それから数日後に亡くなってしまうんだ。腕のいい支援者がいれば彼を助けられたともいわれたが、衰えたとはいっても彼自身が治せなかったのだから難しいだろう。
「…………」
そこで僕は気付いた。30年技術を磨き、若さも手に入れた自分なら治せるかもしれないと。立派な上に驕らない彼がこの世を去ってからというもの、この支援者ギルドは権力争いが目立ち、明らかに空気が淀んでいった。
そのことは、ヴァイスのような優秀な支援者がここを去っていった遠因でもあると思う。
「ゴホッ、ゴホッ……支援者ギルドへようこそ。若者たちよ、夢を抱くのはいいが、まずは身の回りで苦しむ者たちを真心によって救ってあげなさい。その経験によって、本当に大事なものが何かいずれわかるだろう。わしからの話は以上だ」
そうそう、すぐに話が終わってぽかんとしたのを覚えている。それでも、この台詞はずっと支えになったものだ。具合が悪いのか、すぐに奥へと引っ込んでいったが。
恩師だし今すぐにでも治療してやりたいけど、新人の僕がやるのは不自然すぎるし、容体が悪化するまで待たなきゃいけない。
それまでに実績作りをしておきたいものだ。過去に戻ったことで浮かれてたけど、急ぐ必要がありそうだね……。
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