1 / 31
1話 あの日に帰りたい
しおりを挟む「クロム君、そんなに改まって一体どうしたのかね?」
「はい、ギルドマスター様。自分は――クロム=ハビストは――今日限り、この支援者ギルドを辞めます」
ギルドマスターのダランの前で、僕は辞表を提出するとともにそう宣言する。
30年もの間、ずっと真面目に働いてきたこの仕事場から離れることになったんだ。油断すると泣きそうになる。冬は支援者ギルドがもっとも忙しくなる時期なのに。
「よくぞ決断してくれた。ああいう噂を信じたくはないが信用が大事だし、お前とは付き合いが長いのでこっちからは言い出し辛かったからな」
「…………」
僕の支援術が著しく衰えたとか、上級支援者であることを利用して新人の女性支援者や患者にセクハラしているとか、根も葉もない噂をばら撒いた張本人のくせによく言う。
地位も名誉もいらない、ただ支援者として命を救う仕事を続けさせてほしいと言った僕に、ギルドマスターはそんなものボランティアでやればいいと突っぱねてきた。
このダランという男は、それじゃ僕が生きていけないとわかってて言ってるんだ。支援者ギルドから除名されると同時に、支援術士の資格を剥奪されるわけだからね。
こういう地方の町であっても、資格がないのに支援者として活動したという事実が発覚したら牢獄行きだそうだ。なんせギルドと王国はズブズブの関係だから。
既にギルドメンバーもダランに忠実なやつらで固められているし、僕の居場所はない。だから、無惨に追い出される前にこっちから辞めることにしたんだ。
「そうかそうか、わかった。止めはしない。では早く去りなさい。ん、どうした? 何か文句でもあるのかね?」
「いえ、何もありません……」
当たり前ではあるが、同時期に同じ支援者見習いとして入ったのに、今やギルドマスターまで上り詰めたダランからはお疲れ様の一言もなかった。
小馬鹿にしたような、蔑むような視線を送られただけだ。あれだけさぼってきたことの尻拭いを僕がしてやったというのに、こんなものか。
思えば昔からダランは狡賢く、要領のいいやつだった。僕はずっとこの男の近くにいて醜い本性を知っていることもあり、早く辞めさせたかったんだろう。それと、僕の支援術を絶賛した新人を問答無用で首にしてしまったことから、能力に嫉妬しているってのもあると思う。
世渡りはずば抜けて上手なものの、支援の腕は平凡で怠け癖があるダラン、天才的な技術の持ち主だがお人よしで要領が悪く、バカ真面目のクロム、秀才で欠点の見当たらない完璧主義者のヴァイス。
このギルドに入ってから1年後くらいに、僕たち支援者はよく周りからそう呼ばれて比較されたものだ。この三人が特徴的で、誰かがトップを取るだろうと言われた。
結果は、ダランがギルドでナンバーワンの美少女とギルドマスターの位置を射止めて、ヴァイスはエリートが集まる王都の支援者ギルドに引き抜かれ、僕は仲間すらおらず孤立し、今日付けで退職まで追い込まれた。
「…………」
僕が項垂れながらギルドを去るも、声をかけてくれる人は誰一人いなかった。
『クロム、お前は人がよすぎるんだ。それじゃ誰かに利用されるだけだぞ』
ヴァイスが言っていたことを思い出す。ちょっとお節介なところはあるけど、はっきりと意見を言える人物だった。
『俺はより良い条件を選ぶ。クロム、お前ももっとしっかり自分の意見を持てよ』
『ダランってやつには特に気をつけろ』
『いいか? 優しい人っていうのはな、ただの悪口だ。都合のいい道具にされているにすぎない』
『お前が正しい道を選択したとき、必ず抵抗がある。でも、それこそが本物の反応だ。殻を破るときは痛みを伴う。嫌われてもいいから、自分のために生きろ』
「……ははっ……」
正しかった、あんたは正しかったよ、ヴァイス。
僕は優しい人だなんて周りから褒められて、支援者という立場なのもあってこの職業に合っている性格だと思って浮かれていた。嫌われたくなくて、周りの期待に応えたくて面倒なことを引き受けてばかりだった。
でも、それで僕が得られたものはなんだ?
何もない。そんなもの、唯一の居場所だった人を助ける仕事場まで失った以上、何一つありはしないじゃないか。
そうだ、むしろ減るばかりだ。
お人よしであることで舐められて、みくびられて、他人の出世の踏み台にされた。こうして自分の居場所すら守れなかった……。
僕はくたびれたロバだ。年を取って乗り捨てられた哀れなロバ。飲み干されて道端に転がったポーション瓶。
『人間ってのはな、高等に見えるがあくまでも動物なんだよ。最後は理屈じゃなく感情で動く生き物だ。それを忘れるな』
「…………」
ヴァイス、あんたは賢かった。僕はバカだった。
きっと、僕も無意識のうちに期待していたんだと思う。
いいことをすれば報われると勝手に信じていた。
でも、そうじゃないんだ。
綺麗事だけじゃ生きられない。幸せになるためには、誰かを蹴落とす覚悟がいる。自分の領域を持つためには、プライドだってかなぐり捨てなきゃいけないときが来る。
周りの意見に振り回されないように声を上げなきゃいけない、抵抗しなきゃいけない、強くならなきゃいけない……。
「ううっ……」
でも、もう遅い。真実に気付いたときには47歳になり、頭部には白髪が目立つ。
家族だっていやしないんだ。同僚たちはみんな結婚したのに、僕だけ独身のまま生涯を終えてしまうだろう。人を助ける仕事を失うことに比べたらちっぽけなことだけど、全てを失った今、味方が一人もいない僕には耐えられそうになかった。
ギルドから出ると雪が降り始めた。
僕は手を震わせつつ、懐から分厚いメモ帳を取り出して開くと、自分がここに入ってからの30年間の思い出がざっと記されていた。
特に印象に残ったことしか書かれてないけど、読むたびに今から考えるとああすればよかった、こうすればよかったと、涙とともに後悔が滲み出てくる。僕の技術や心が未熟なために救えなかった命について、幾つも書いてあるからだ。
僕は天才と言われながらも、勇気がなくてそういう難病を治療することは避けていたからね。治療することで、出世欲の強い人たちから目をつけられやしないかって遠慮してたってのもあるけど……。
「――ここは……」
僕は考え事をしながらフラフラと歩いていて、気が付くと夕暮れを映す小さな池の前まで来ていた。
30年前は見渡す限り広大な湖だったのが、今じゃ開発が進んで大半が埋め立てられ、この小さな池を見ればわかるように極端に狭くなってしまっているんだ。
そうだった……かつては支援者ギルドの周りは湖を臨む花畑で溢れ、30分くらい歩いた先にはお洒落なカフェもあったんだったな。
それが、現在だと便利にはなったが花畑はなくなり店舗や住宅だらけになってしまっているし、カフェもとっくに潰れてしまった。
随分と様変わりしたものだ。あの頃は不便でも、心は豊かだったし、何より希望があった。戻りたいなあ……。
「…………」
池に入水することで死のうとしたが、僕は直前で踏みとどまってしまい、どうしても足が前に進まなかった。
死ぬことすらもまともにできないのか、僕は……。
『戻りたいのか?』
「え……?」
誰だ……? 周囲を見渡すが、誰もいない。何か、脳内に直接響くような感じの声だった。
『水面を見なさい』
「あ……」
池の水面に大きな影があると思ったら、そこから魚が顔だけを出していた。
さ、魚が喋った……?
『戻りたいなら、その願いを叶えてやろう』
「ま、まさか、神様……?」
『その質問には答えられない。戻りたいなら、私の顔を見ながら一心に祈りなさい。あの日に帰りたい、と』
「…………」
あの日に帰りたい。僕は心の底からそう願った。まだ支援者ギルドに入ったばかりのあの頃に戻って、何もかもやり直したいと……。
『了承した』
それからまもなく、意識が徐々に沈み込んでいくのがわかった……。
0
お気に入りに追加
284
あなたにおすすめの小説
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
全て逆にするスキルで人生逆転します。~勇者パーティーから追放された賢者の成り上がり~
名無し
ファンタジー
賢者オルドは、勇者パーティーの中でも単独で魔王を倒せるほど飛び抜けた力があったが、その強さゆえに勇者の嫉妬の対象になり、罠にかけられて王に対する不敬罪で追放処分となる。
オルドは様々なスキルをかけられて無力化されただけでなく、最愛の幼馴染や若さを奪われて自死さえもできない体にされたため絶望し、食われて死ぬべく魔物の巣である迷いの森へ向かう。
やがて一際強力な魔物と遭遇し死を覚悟するオルドだったが、思わぬ出会いがきっかけとなって被追放者の集落にたどりつき、人に関するすべてを【逆転】できるスキルを得るのだった。
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
外れスキル【転送】が最強だった件
名無し
ファンタジー
三十路になってようやくダンジョン入場試験に合格したケイス。
意気揚々と冒険者登録所に向かうが、そこで貰ったのは【転送】という外れスキル。
失意の中で故郷へ帰ろうとしていた彼のもとに、超有名ギルドのマスターが訪れる。
そこからケイスの人生は目覚ましく変わっていくのだった……。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる