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第二二階 不遇ソーサラー、注視する

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「ふー……」

 アパート二階の自室にて、俺は熱々のコーヒーを口にしたあと溜息を零した。あれから一週間くらい経ったわけだが、今日までずっと大家の手伝いや部屋の掃除に明け暮れる毎日であっという間に時間が過ぎていった。冒険者としてダンジョンに籠もりきりだったのが遥か昔のようにすら感じる。

「――うっ……」

 ふと、エリナの怒ったような顔が脳裏に浮かんだので、俺は慌てて首を横に振って掻き消した。色んなことが済んで心に余裕が生まれてきた影響だろうか。いい加減にしろ、もうあの頃のことは何もかも終わったことなんだ。

 それよりこれからの生活のことを考えなきゃいけない。あと三週間くらいは大家の善意があるのでタダでここにいられるが、それを過ぎたら家賃を払わなきゃならなくなるわけだからな。

 んー、またパン屋で働こうか。さすがにならず者のレビーノのやつはもういないだろうし、既に冒険者としてデビューしたわけだから以前みたいに職場でダンジョンの話題になったときに嫌な思いをしなくて済む。てか、あいつの憎たらしい顔を思い出してむかついてきた。

「……」

 気持ちを落ち着けるべくぼんやりと窓の外を眺めていると、やたらと懐かしいものが目に飛び込んでくる。都で一番古く、ダンジョンに最も近い教会だ。かつては六時間おきに鐘が鳴っていたが、近隣の苦情の声が大きかったために今は鳴らなくなってるんだっけか。俺もガキの頃何度かうるさいと思った覚えがある。鳴らなくなって不思議と寂しくなったもんだが。

 そういやマジックフォンとかがなかった昔は、冒険者登録所じゃなくてあの教会で固有スキルを授ける洗礼が行われてたらしいんだよな。それもまだ魔王がいた時代だっていうから凄い。10歳になったらみんなが洗礼を受けて、そのうち優れたものが勇者として選ばれてたと聞いたことがある。

 近代化してダンジョンや冒険者登録所ができてからは、教会は主に神父が怪我人を治療するための場所になってるらしい。だから聖堂内だけはリザレクション等の回復魔法が使えるというわけだ。高レベルのプリーストがいればダンジョンでも事足りるが、モンスターに追い打ちを食らうリスクや通り魔の事件とかもあるから、あの教会に運ばれるケースも多いんだとか。

 そういや、例の通り魔事件について何か進展はあったんだろうか? 俺は気になってテレビをつけてみることにした。マジックフォンからでも見られるが、宙に向けてエアテレビに切り替える方法もあるんだ。移動中じゃないしこうしたほうが大きい画面になるから俺は大体この方法で視聴している。

『……やはり目玉を刳り抜かれて惨殺された模様です。これで三五人目の犠牲者が出たわけですか。本当に許せない事件ですね。元冒険者でダンジョン通でもあられるザリングさんは犯人像についてどう分析されておりますか?』

 やってるやってる。報道番組『ダンジョンステーション』だ。あの通り魔、まだ捕まってないんだな。三五人、か。まさかそんなに被害者が増えてるとは思わなかった。司会の男に対して、ザリングとかいう白髭を蓄えた偉そうな爺さんが少し間を置いて咳払いした。

『コッホン……まー、よっぽど孤独な人物なのじゃろう。パーティーに嫉妬したのかもしれん……』
『えーと、狙われたのはいずれも一人ということですが……?』
『オッホン……それは孤独さを隠すための演出じゃろうて。あと、犯人は老若男女のいずれかで、幸せな人間に強い劣等感を抱いている独身の人物といったところでしょうな』
『は、はあ……』

 司会者が呆れ顔になってる。なんなんだこの元冒険者の爺さん、そんな稚拙なプロファイリングじゃ犯人像なんて炙り出せないだろ。独身者への偏見も酷いし匿名掲示板レベルだ。そのあともちんぷんかんぷんなことばかり抜かすので段々苛立ってきた。視聴者を小ばかにするためにわざとやってるんじゃないかと思えるほどの酷さだ。もう見るのやめようか。

『コッホン。まあわしの的確なプロファイリングにびびって、犯人も今頃は小さくなって震えておるだろうからしばらく事件は起きないじゃろうて。ホッホッホ――』
『――あ、ザリングさんちょっと待ってください。今、またしてもダンジョンで事件が起きたようです!』
『ぬぁっ!?』

 司会者の男の言葉でスタジオがどよめいているのがわかる。なんてこった。これで三六人目の被害者か。俺は何故か一瞬エリナの顔を思い浮かべてしまったんだが、さすがに彼女は違うだろう。確かに今でも積極的に犯人を探してそうだし単独行動もしている可能性はあるが、なんせ彼女の固有スキルは【反射】だからな。迂闊に手を出せば犯人側のほうが被害を受ける可能性が大きい。

『えー、只今被害者についての情報も入って参りました! 発見者の報告によると、被害者は息も絶え絶えであり、教会へと運ばれた模様です。それとですね、被害者は若い女性で、落ちていたマジックフォンの簡易ステータスから名前はエリナさんだと判明したそうです!』
「……え?」

 思わず声が出た。な、なんだって? 被害者がエリナって、まさかそんな……。
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