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第十八話 接近
しおりを挟む「……はぁ、はぁ……」
自分の呼吸音が妙に大きく感じられる中、俺は血まみれの手をスティングの体からズルッと引き抜く。
【灼熱の記憶】によって正常な精神状態を取り戻しつつあると安堵した直後、自分の右手が壁を背にしたスティングの胸板を貫通していることに気付いた。
制御するのが少し遅かったか。なんてことだ、やってしまった。喧嘩で二勝目をあげることができたとはいえ、相手を殺してしまうなんてな……。
「――うごぉっ……」
「っ!?」
まもなく、呻き声が聞こえてきたと思ったらスティングが血を吐き出すとともに目を開けた。これは、まさか……そうか、死んでなかったんだ。胸の部分にぽっかりと空いた傷口が徐々に再生していくのがわかる。
どうやら急所は外していたようだ。それにしても、もう完全に塞がってるし凄まじい回復力だな……。人外はスキルを貰えない分、スティングみたいな再生能力や、アントンの不死能力のような強力な固有能力があるってわけだ。
「テッド、正気に戻ったようじゃな。心配したぞい!」
「あ、ああ、アントン、正直どうなるかと思ったよ……」
こっちに駆け寄ってきたアントンも、同じ思いだったのか足が震えてるのがわかる。ほかの囚人たちはみんな端のほうに避難してるし、俺たちがどれだけ凄まじく暴れていたかってことだな。
「破滅願望、じゃったか? 新しい思念の威力、見せてもらった。テッドは囚人王になれる器じゃと確信を持ったわい……」
「ちょっと思念の名前が違うし……かなり消耗もするけどね――」
「――ゴホッ、ゴホッ……」
お、スティングが目を覚ましたみたいだ。
「ワ、ワイは……生きてるのかあぁ……!?」
「ああ、もちろん生きてるよ」
「よ、よかったああぁっ! ワイはもう死んだかと思ったあぁぁ……!」
「俺も、喧嘩相手を殺さずに済んでホッとしたよ、スティング。楽しい時間だった……」
俺が笑顔で握手を求めると、スティングも白い歯牙を出して握り返してきた。そのタイミングで周りから拍手が上がり、それまでの重苦しい空気が嘘のように和やかになった。
「ワイも、ちょっと怖かったけど楽しかったあっ! こんなに強い人と戦ったの、産まれて初めてだ。ワイはテッドの部下になりたい……! これからはボスって呼んでもいいかなあっ!?」
「ボ、ボスって……」
「ダメかなあぁ!?」
「べ、別にいいけど……」
「よっしゃああああ――!」
「――うぎゃああああっ!」
「っ!?」
スティングが抱き付いてこようとしたので咄嗟に回避したんだが、またしても背後にいたアントンがお約束のようにバラバラになってしまった……。
それから俺たちは、工場内をボロボロにしたってことでキレ気味の看守キルキルに命令され、散らかった内部を片付けたあと、夕食を済ませるべく食堂へと向かった。
「――ズズッ……よいかのう? スティングよ、よーく聞くのじゃ」
「何かなあぁ!?」
アントンが食後のお茶を啜りながら、スティングに何やら言い聞かせている様子だ。
「わしはテッドの相棒じゃから、序列的にはお前よりわしのほうが上じゃ。それはわかるな?」
「わかる! アントンさん!」
「うむ、敬語を使いこなすのはバカなお前では無理だろうが、さん付けは当然じゃの。そういうわけで、これからはわしに何か無礼なことをした場合、わしの前で深々と頭を下げて謝ることじゃ。まずは抱き付いてバラバラにしたことを謝罪してもらおうかの?」
「うん、わかったぁっ!」
「ごぎゃっ!?」
悲鳴が聞こえてきたと思ったら、スティングが頭を下げたことでアントンの頭蓋骨が木っ端微塵になってしまっていた。いくらなんでも頭を下げる距離が近すぎるし石頭すぎる……。
それにしても、周囲からますます多くの視線を感じるようになったな。
俺が喧嘩で二度勝利し、しかも恐れられていたスティングを部下にした影響なのか、周りの囚人たちが俺たちのことをこれでもかと注目してきてるのがわかる。
「…………」
ただ、その中で唯一、妙に気になる存在がいた。こっちには目もくれず、黙々と食事を取っている囚人がいたのだ。
「あやつ、テッドという未来の囚人王がここにおるというのに、ふてぶてしいやつじゃのう? テッドよ、行くか?」
「やっちまおう、ボスッ!」
「いやいや、アントン、スティング。喧嘩しようにも明日にならないとカウントされないし、今は看守のキルキルもいないしな」
「ふぉっふぉっふぉ、そうじゃったそうじゃった」
「むー、早く明日にならないかなあぁ!?」
両極端な二人だが、相性は割りとよさそうだ。
それにしても、あの人物が発する気配はやはり只者じゃないと感じる。囚人なのにどこか悟りを開いてるかのような、そんな猛者の空気をこれでもかと発していたんだ。
明日になって喧嘩が成立する状況になったら、すぐにでも戦ってみたいもんだな。
というか、あれだけ激しい戦いをしたばかりだというのに、もう戦いたいと思っている自分にも驚く。以前はこんな風には思わなかっただけに、自分でも気付かないうちに着実に囚人王へと近付いているってことか……。
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