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第十六話 衝動
しおりを挟む「…………」
思っていたよりもすんなりと、抵抗もほとんど感じることなく、俺は人形の思念と同化することに成功した。
その分、呪いの人形と呼ばれているだけあって不気味さをより感じたが、こうして得体のしれない思念を纏った以上、もう逃げ場はどこにもない。追体験に耐えられないなら死ぬしかないんだ。
「おい、あれ見ろよ」
「おー、あいつすげーな」
「へえ。あんな器用なやつ、初めて見たぜ」
「…………」
最初に視界に映ったのは、一見無骨そうな自身の大きな手で、初めて耳に届いたのはそれを褒め称える声だった。
確かに、素晴らしい手つきで次々と美しい織物を作り出している。その素早さ、正確さは囚人たちの中で抜きんでていた。
「なあ、ジェイド、俺の服を縫ってくれないか?」
「あ、うん、いいよ……」
ジェイドと呼ばれたこの手の大きな人物は、いかにも気弱そうな小声を発して囚人の男から服を受け取ったかと思うと、ほぼ一瞬で見事に繕ってみせた。
「うおっ、もう縫ったのかよ、すげーな。あんた! ここにいたらもったいねえくらいの腕前だ!」
「ど、ど、どうも……」
それから、このジェイドという男の周りにはどんどん囚人たちが増え、描いた絵を参考にしてオリジナルの服を作ってくれるように頼む者まで現れたが、それすらもジェイドはいとも簡単に作ってみせて囚人たちを驚かせ、喜ばせるのだった。
だが、そんなほのぼのとした光景は長くは続かなかった。このジェイドと呼ばれる男が、ふと人形を落としてしまって誰かが拾ったことから、不穏な空気が周囲を漂い始めるのがわかった。
「……か、返して、くれ……」
「へへっ、綺麗な人形じゃねえか。ジェイド、これ俺にくれよ。服を脱がして手足をちぎってゴミ箱に投げ入れて遊ぶのにちょうどいいぜ。生意気なメスガキをバラバラにしてやったあの頃の快感が蘇りそうだ」
「だ、ダメ、だ。それだけは……」
「あ? いいじゃねえかよ。ケチケチすんな。お前、腕はいいんだしこれくらいすぐ作れるだろうが」
「と、特別、なんだ、その人形、は……」
「特別、ねえ。クソ気に入らねえ言い方だな」
「え……?」
「快楽殺人の常習犯だった俺には、そんな特別なもんありゃしねえからな。そんなに返してほしきゃ、返してやるよ、ほれっ」
「あっ……」
囚人が人形を自身の足元に落としたかと思うと、それを勢いよく踏みつけた。
「あ、あ、あ……」
「へっ……どうせ誰かの形見とかだろうが、そういうのが気に入らねえってんだよ。おい、俺たち囚人だろ? こんなのよ、俺がぐちゃぐちゃにしてゴミ同然にしてやる。そうすりゃ思い入れなんてなくなるだろうよ」
「……や、やめ、やめろ……」
男が笑みを浮かべながら人形を踏みにじるたび、ドクンドクンと鼓動のような音が聞こえてくるのがわかった。それは人間のものではなく、何か深淵の底から響く地鳴りであるかのような、そんな重苦しい音だった。
「てかよ……お前みたいなヘタレ野郎が、なんで地獄とまで呼ばれてるこの監獄に来たのか、俺にはさっぱりわかんねえよ」
「…………」
「おい、聞いてんのか? なんとか言えよ、ヘタレ野郎――」
「――うごお、ごごごおっ、おごごおおおっ……」
「な、なんだ……? お、おい、どうしたってんだよ、お前……」
「ふぉごおおおおおおおおおおおおっ!」
「ぎっ……!?」
ジェイドが男に飛び掛かったかと思うと、その右手が男の分厚い胸板を貫通していた。
なんという桁外れなスピードとパワーなんだ……。あのスティングの身体能力すらも軽く凌駕するほどのものだった。
それからはもう、逃げ惑う囚人たちを一方的に殺戮するのみだった。ジェイドが人形を踏み潰された結果、工場内を血の海に変えてしまった。
「――はぁ、はぁ……ぼ、僕は一体、何をしたっていうんだ……?」
死体の山を見つめるジェイド。まもなく視界が朦朧としてきて、彼自身も血だまりの中に浸るのがわかった。
『ジェイド……お前は病弱だった母親に似て、本当に気弱な子だねえ。あたしがいなくなったら生きていけるか心配だよ』
「……お、おばあ……」
この男は昔のことを思い出しているらしく、暖炉前の椅子に座った白髪頭のおばあさんが、幼き日のジェイドに語り掛けているようだった。
『もしお前が独りぼっちになったら、これをおばあだと思って、大事しておくれ』
ジェイドに渡されたのは、例の精巧な女性の人形だ。そうか、この人の形見だったんだな……。
「……お、おばあ……会いたかった、会いたかったよ……」
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