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犯人探し
しおりを挟む兵士たちが壁の穴を埋める作業を急ピッチで進める傍ら、ゴブリンを招き入れた犯人は一体誰なのか調査するべく、俺とエリュネシアは領民への聞き取りを始めることになった。
「んー、知らないっすね」
「わかりません」
「え、壁に穴がっ!?」
「特に異常は感じられなかったですけどね……」
「――ふう……。次、行くか、エリュ」
「はい、シオン様」
壊れた壁の近くの家を訪れては、住人から話を聞いている最中だが、今のところ怪しい人物の目撃証言はなかった。
さすがに外側から破壊するとなると目立ちすぎるし、内側から壊されたと考えるのが自然だろうな。
しかし、ゴブリンたちが壁に穴を開けたというのは考えにくい。確かに知能はあるようだが、人間ほどとは思えないからだ。それに、もしゴブリンの仕業であれば今回のようなことが頻繁に起こっていないと説明がつかない。
だが、ルチアードの話によると、今回のケースは初めてだというし、人間の手が加えられた事件だと断定していいだろう。
となると……俺が領主として認められるかどうかが決まる約束の日に起きた事件であることを考えれば、内部の実情をよく知る人物による犯行の可能性が高い。
つまり、俺が真の領主になることを絶対に阻止したい者がいて、そいつが一部の壁を崩壊させた犯人ってわけだ。
となると……俺が三日以内に事件を解決しようとしていることも、犯人は知っているということになる。
こっちの動きを熟知している相手だ。一見手強く見えるが、俺には確かな勝算があった。
「――シオン様、本当に大丈夫なんでしょうか……」
穴の補修が完了しつつある壁の前でエリュネシアが深い溜め息をつく。
あれから二日経ったが、まだ犯人を捕らえられていない上、もう夕方だった。
明日が約束の日だから、夜明けまでには犯人を確保しないといけない。
「大丈夫だ、エリュ。必ず犯人を捕らえる」
「で、でも、シオン様……わたくしたちはあれから、ほぼずっと見回っていたというのに、怪しい人すら全然いなかったのですよ……?」
「そりゃ、警戒心が強い相手だろうからな。そんなに簡単には尻尾を出さないよ」
「というかですね、もしシオン様の言うように犯人が内情に詳しいのでしたら、三日以内にまた同じことをするとは到底思えないのですけど……」
エリュネシアの言うことは一理ある。
俺たちの内情を知っている人間なら、三日経つまで犯人を捕らえられない場合、ルチア―ドたちがここから去るかもしれないことも当然承知なわけだ。
だったら、三日間何もせずに大人しくしていればいいだけじゃないかと思うだろうが、俺は犯人が三日以内に絶対に同じことをしてくるという自信があった。
「三日以内に仮に捕まえられなかった場合、犯人が雲隠れしたという考え方もできるだろ? だから、ルチアードたちが領主の俺を見限ると確信することはできないはずなんだよ。つまり、三日以内に同じことをした上で、さらに犯人に逃げられるっていう状況を作り出そうとするんじゃないかな。それなら、領主を見限るのには充分だからな」
「な、なるほどです……」
「ゴブリンたちに帰還されて被害が出なくても犯人にダメージはない。同じことをした上で自身が捕まらずに逃げ切れればやつの目的は達成される。だから、必ず同じことをやってくる。約束した日から三日以内にな……」
問題はそのタイミングだ。壁を破ろうとするとき、必ず犯人の手が加えられる。
当然、人が周りにいるような時間帯を避けるだろう。
となると、夜から朝にかけての時間帯ということになるし、見張りの疲れがピークに達する三日目が狙い目だ。交代制とはいえ、領兵の数は多くないので必ず隙が発生する。
「ふわあ……シオン様、もう夜更けですよぉ、屋敷に戻りましょうよ……」
「そろそろ行くぞ、エリュ」
「えぇ……? い、一体どこへ……」
「行けばわかる」
不思議そうに目をしばたたかせるエリュネシアを連れて、俺はとある場所へと向かった。そこに必ず犯人は現れるはずだ。
「――着いたぞ」
「こ、ここは……」
彼女が驚くのも無理はない。俺たちが足を踏み入れたのは、フォレストゴブリンたちが住むゴブリンエリアだからだ。
「まさかシオン様は、壁を破った犯人がゴブリンだと思っておられるのですか?」
「半分正解だろうな」
「え、えぇっ!?」
半分といったのはわけがある。
俺たちが次に向かったのは、壁に穴が開けられた場所の近くだ。補修したばかりということもあって亀裂が目立っている。
「な、何故、このような場所に来られたのです?」
「エリュ、意外か?」
「はい。だって、ここは犯人が穴を開けた場所です。迂闊に近寄らないのでは……」
「普通はそう考えるだろうな。だが、そこが落とし穴だ」
「落とし穴……?」
「あぁ、みんなもこう考えるはず。穴を開けられた壁の近くは厳戒態勢だし、犯人は別の場所を狙うだろうって。もちろん、見回りの兵士も外で警戒しているが、内心ではもうここに犯人は来ないだろうと思ってるはずなんだ。三日目となれば特に。だが、灯台下暗しってやつで、そこが盲点、落とし穴なんだよ」
「な、なるほど……」
「そして、やつには絶対に捕まらない自信がある。何故なら、アレを利用するからだ……」
「アレ……?」
「すぐにわかる」
そういうわけで、俺たちは付近に隠れて様子を見ることに。
普通、夜のフィールドはモンスターも狂暴になっていて危ないらしいが、フォレストゴブリンたちの姿がまったく見られない。こっちの姿を見られてるわけでもないし、怖がられてるからでもなさそうだ。
そのことからも、俺の予想は当たっていると確信できた。
『『『『『――ギギギギギィッ……!』』』』』
来た……。
やがて複数のゴブリンたちの唸り声が聞こえてきて、エリュネシアが驚愕の表情を浮かべる。
「シ、シオン様、ご覧ください、ゴブリンがあんなに沢山います……!」
「あれは、釣られてるんだ」
「えぇっ!?」
まもなく、ゴブリンの群れとともに黒尽くめの服を着込んだ人物が現れる。よく見ないとわからないが、確かにそいつは存在し、バックステップ等、軽い身のこなしによってゴブリンを引っ張るようにして壁のほうへ進んでいた。
名前:ジェナート=ステイン
性別:男
年齢:32
身分:兵士
職業:シーフ
ジョブレベル:7
習得技:バックステップ ハイディング スティール
ステータスを覗いてみると、領地を守っていた兵士の一人だった。やはり味方の振りをしていたか。その両腕には壺があり、大事そうに抱えられている。あれで大量のゴブリンたちを釣っているに違いない。
「エリュ、フォレストゴブリンが特に好むものってなんだ?」
「え、ええっと……確か、人の血だとか……」
「血か、なるほど……」
確かに開けられた壁の周辺は血で赤く染まっていた。あれはゴブリンたちのものではなく、集められた人間の血だったわけだ。これですべての線が繋がったな。
人間の血が入った壺を壁にぶつけて、ゴブリンたちがそれに釣られて波のように押し寄せて壁に穴が開いたんだ。
これなら壁が壊れてもゴブリンたちのせいにできる上、モンスターはそこに集中しているから自身はすぐにその場から退避することができる。考えたものだ……って、感心してる場合じゃないな。
『『『『『ギッ……?』』』』』
俺はソードギターで咆哮の歌を演奏すると、ゴブリンの群れごと停止させ、動かなくなった黒尽くめの男ジェナートの前に立った。
「そこまでだ」
「な、な……?」
「もうすぐルチアードたちもここへ来る。観念するんだな」
「ち、畜生……」
おそらく、この男は操り人形に過ぎない。こんなに低レベルなやつが考えられるようなことではないし、どこかに黒幕がいるはずだ。必ず吐かせてやる……。
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