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第27話

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「それじゃあよぉ、優也兄貴ぃ。早速トレーニングしてくるぜえぇ!」

「優也さん、俺らムキムキになって帰ってくるから、応援頼むぜっ!」

「うん。タクヤ、マサル。二人とも頑張ってね。青野さんも」

「うむ! 白石のあんちゃん、わしもあやつに一泡吹かせるために、この老体を一から鍛え直してくるつもりじゃ。こう見えて、昔は剣道でみっちり鍛えたから、若いもんには――ちょっ、タクヤ、マサル、わしを一人置いていかんでくれえぇっ……!」

「……」

 放課後の校舎二階。タクヤとマサルに続いて、青野さんが転びそうになりながらも慌ただしくトレーニング施設へ入っていく。長い授業が終わったばかりだっていうのに、三人とも元気だなあ。

「……って、そうだ。汐音と小鳥ちゃんは鍛えなくていいの?」

「……ん、今日はやめとく……」

「おう、私もだ。なんだかどっと疲れたしな……」

「そうなんだね。僕も同じかな。今日はやめておこうかなって――」

「「「――ぐわああぁぁぁっ!」」」

「「「っ……⁉」」」

 その直後だった。トレーニングルームから悲鳴が聞こえてきて、僕たちはすぐさま中へと駆け込んだ。

 こ、これは……。

 施設の中で僕たちが目撃したもの。それは、タクヤとマサル、それに青野さんが目を剥いてぶっ倒れているところだった。

 誰かに襲われた形跡もないっていうか、タクヤら三人しか見当たらないのに奇妙だ。一体なんでこんなことに……と思ったけど、すぐにどうしてなのかわかった気がした。

「これはおそらく、田中琥珀にトレーニングをしちゃけないっていうルールを作られたんだ……」

「……うん。優也君。それ、ありえるね……」

「……な、なるほど。あの男の仕業か……。トレーニングさせずに勝負に勝とうとするなんてケチすぎる! 優也の男気に比べると段違いだっ!」

「ま、まあこれも戦略だと思えば……」

「むぅぅ、確かにそうだが……って、そうだ! おじいちゃんも含めて、あいつらはオーバートレーニングで倒れただけかもしれないから、私が試してみよう。うおおおぉぉっ!」

「え、小鳥ちゃん、ちょっと待っ――」

「――ぬわっ……⁉」

 小鳥ちゃんがランニングマシンで走り始めた直後、白目を剥いて卒倒してしまって白い下着が丸見えだ。やっぱり僕の予想通りだったか。田中琥珀の『絶対領域』スキル、恐るべし……。

 ただ、敵を褒めてばかりもいられない。

 このままだと三日後の勝負の前にステータス値を上げられないし、みんなで団結して田中琥珀を倒すっていう計画も暗礁に乗り上げてしまう。僕に回る前に、誰かがあいつを倒してくれるのが一番だけど、そうでなくても情報を集めることはできるからね。

 田中琥珀のステータス値を考えると、大怪我する心配もあるし僕と汐音と小鳥ちゃんだけで戦ったほうがいいかもしれない――って、待てよ?

 確かにあいつには手厳しいルールを決められちゃったけど、それはこの世界に限定されるわけで、異空間では普通にトレーニングできるかもしれない。

「ちょっとトイレ」

 試してみようかなと思って、僕はトイレで『異空間』スキルを使った。

『――白石優也様の『異空間』スキルのレベルが上がりました』

「おぉっ……」

 ちょうどよくレベルが上がってくれた。クロムの部屋をトレーニング施設に変えようと思ったけど、気分を害するかもしれないしその恐れもなくなったのでよかった。

 というわけで、工場の隣を扉越しにトレーニング施設にして、勇気を出して懸垂にチャレンジする。

「……」

 結論からいうと、なんともなかった。これで田中琥珀の策略は早くも破れたってわけだ。ただ、自分は異空間があるからいいけどタクヤたちはそういうわけにはいかないんだよね。

 だったらもう、これからやるのは一つだけだってことで、僕はすぐにそこから出てみんなを異空間へ招待することにした。

「「「「「……」」」」」

 そういうスキルがあるって説明して、みんなを異次元のトレーニング施設へ連れてきたわけなんだけど、当然のようにみんな文字通り目を丸くしていた。そりゃそうか。

「こ、ここが優也兄貴のスキルの中なのかぁ……」

「す、すげーぜ! 優也さんはここで密かに鍛えてたんだな。道理でつえーわけだ……」

「こ、ここなら、わしも白石のあんちゃんみたいにマッチョになれるかもしれんのう……!」

「最高の場所だなっ! っていうか、あのね、おじいちゃん。そういうのを年寄りの冷や水っていうんだよ……?」

「ここなら……頑張れそう……」

 みんな喜んでくれてるみたい。

「でもよぉ、優也兄貴ぃ、スキルなんてどこで手に入れたんだぁ?」

「あー、それ俺も知りてえな。優也さん、俺だけに教えてくれっ!」

「おぃぃ、マサルよぉ、抜け駆けすんじゃねえよぉっ!」

「うるせーっ!」

「……」

 ん-、どうしようか。味方に本当のことを隠してもしょうがないし、話は長くなるけど、もう『合成マスター』スキルのことをみんなに話そうかな?

「わしはわかるぞ! 白石のあんちゃんは、スキルもあの竹林で手に入れたんじゃっ!」

「「「「「っ……⁉」」」」」

 これには僕も驚かされた。青野さん、一体何を考えてるんだか……。

「お、おい、青野爺さんよぉ、一体、どうやって竹林でスキルをゲットできるってんだよぉ?」

「おい、青野爺、出鱈目抜かしてんじゃねーだろうなっ⁉」

「……それは、あれじゃよ。なんか聞いた覚えがあるんじゃ。頭蓋骨と接吻すればいけるぞい!」

「な、なんだってぇ……⁉」

「うおー! 今度やってみるぜっ!」

「……ウププッ……」

 密かに口を押えて笑う青野さん。なんだ、出まかせか。でも、なんであんな嘘をついたんだろう? ん、青野さんがしたり顔で耳打ちしてきた。

「白石のあんちゃん。やつらは所詮、元いじめっ子じゃ。というわけじゃから、わしにだけスキルをどこで手に入れたのか、こっそり教えてくれんかの……?」

「……」

 青野さんってちょっとどころか、かなり性格悪くなってないかな?

「はいはい、おじいちゃん、嘘ついて抜け駆けしちゃダメだよー?」

「こ、小鳥っ、ち、違うんじゃ、これは誤解じゃーっ!」

 小鳥ちゃんに引き剥がされる青野さん。後ろじゃタクヤとマサルが青筋を立てて待ち構えてる。合掌。

 それでもなんだかんだ、僕がどうやってスキルを手に入れたのか等、ごまかせたみたいでよかったけど、異空間も一気に騒がしくなったなあ。

 って思ったら、それを聞きつけたのかクロムがドアを開けてこっちにやってきた。どうしたんだろう?

「クロム、ご飯の時間?」

「……違うモ。主、聞いてほしいモッ」

 各々がトレーニングを開始する中、不機嫌な様子のクロムが飛び跳ねながら事情を話し始める。

「――と、こういうわけモ……」

「なるほど……」

 クロムによると、アマメが工場を模した地下室を訪れるやいなや、ここは風情がないだの殺風景だのバカにしてきて、今すぐにでもわたくしの庭にするべきだと言ったんだとか。

 それで、もしかしたら僕がアマメにおねだりされて工場を庭に変えちゃうんじゃないかって不安に思ったらしい。

「そんなことなら心配ないよ。二人とも僕の従魔だし、公平さを保つよ」

「そ、それならよかったモ……」

「あ、でも、『異空間』のスキルレベルが上がって部屋を三つ作れるようになったし、三日後はこのトレーニング施設もしばらくいらなくなるだろうから、そのときは庭に変えてもいいかな?」

「そ、それはやめたほうがいいモッ! そんなことしたら、あのお転婆を調子に乗らせるだけだモッ――」

「――誰がお転婆ですこと……?」

「あ……」

 噂をすれば、アマメがやってきてクロムと睨み合いを始めてしまった。

「お転婆はお前のことだモッ!」

「なんですってえぇぇっ⁉」

「ふ、二人とも、今みんなでトレーニング中だから……」

「むむっ? 白石のあんちゃん、また従魔をゲットしたのかの?」

「あ、はい。青野さん、アマツノムスメっていうんです」

「よ、よろしくですわ……」

 アマメが僕の後ろに隠れる。ここまで懐いてくれるなんて嬉しい。

「ほほぉー! この人形の従魔は可愛いのう。べっぴんさんじゃ! ちょいと抱きしめてもいいかの⁉」

「あっ……」

 青野さんがアマメに抱き着こうとして、閉じた扇で手を振り払われただけでなく、その勢いで頭を叩かれてしまった。い、今凄い音がしたような……。

「いだああああぁぁっ!」

「……汚らわしいですわね。ご主人様以外、わたくしの体には指一本触れさせませんですことよ! フンッ……!」

「……い、いけずぅぅ……」

「「「「「ププッ……」」」」」

 頭に大きなたん瘤ができた挙句、みんなに笑われてる青野さんには気の毒だけど、主以外は認めないアマメの忠誠心が僕には心地よかった。

 さて、と。オチがついたところで僕もそろそろトレーニングを始めるとするかな。まさか、異空間で絶対的なルールを破られてるなんて、田中琥珀は今頃想像もしてないはず。

 それでも、やつは僕らに三日間しか猶予を与えてないことから、『絶対領域』っていう恐ろしいスキルに加えて相当に慎重な性格なのが窺える。すなわち、僕たちの戦いはこれから本格的なものになるだろうってわけ。
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