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第25話

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「午前の授業はぁー、これでお終いでぇーす! みなさん、お疲れ様でしたぁー!」

 Fクラスのボス――田中琥珀が教室を後にした以降、授業は滞りなく進み、桜井先生の元気な声で昼休みに突入した。

「さー、お昼ご飯いこー」

「うんうん。今日は何食べよっか?」

「オムライスがいいわね」

「あたしは肉うどん!」

「……」

 それにしても、この様子を見ればわかるように、桜井先生や同級生たちの切り替えの早さには驚かされる。

 彼が教室から去っただけで、先生を筆頭に陰鬱そうな表情がパッと明るくなったからね。全体的にFクラスは訓練されてると感じる。

 まあそれくらいの強靭な精神力がなきゃ、ここでやっていけないっていうのもあるんだろうけど。あんなのとずっと一緒にいたらどんな身勝手なルールを決められるかわからないし、生きた心地がしない。

 そう考えると、なるべく早い段階でボスの田中琥珀に勝負を挑むべきかもしれない。もうちょっと彼のスキルの癖を知っておきたいっていう気持ちもあるけど。

 さて、僕も同級生たちに見習って、タクヤたちと一緒に食堂へ行くか。確か、二階からはビュッフェ形式なんだよね。楽しみだ。

「――どうだ、貴様ら! 田中琥珀の恐ろしさに震えたか?」

「「「「「あ……」」」」」

 食堂にて、僕たちの中に割り込んできたのは、ポテトサラダとスパゲッティが盛られた皿を手にした小鳥ちゃんだった。

「う、うむ。あやつはとんでもない生徒じゃ。あんな恐ろしいやつがおるクラスで、小鳥はよく耐えておったのう。本当に、立派に成長したものじゃ……。わ、わしは……わしは嬉しいぞおおぉぉ――ぶはっ……⁉」

 青野さん、感極まったのか向かい席の小鳥ちゃんに飛び掛かったものの、素早く回避されて椅子と一緒に倒れ込んでしまった。うわ、痛そう……。

「おじいちゃん……あのね、ここはご飯を食べるところなんだよ? ちゃんと理解できてるかな?」

「む、むぐっ……す、すまん。ついつい興奮のあまり我を忘れてしまったわい……」

 青野さんの孫への愛は筋金入りというか、ここまで来ると最早病的だ……。

「とにかく、あの眼鏡野郎はよぉ、優也兄貴が必ずぶっ殺してくれるぜぇ」

「んだんだ。優也さんの怒りの表情を見ただろ。笑ってるようで心の中じゃ修羅になってるのが優也さんなんだよ」

「おそろしや! 遂に無差別殺戮の始まりかのう? 白石のあんちゃん、わしと小鳥だけは見逃してくれんかっ!」

「優也君は優しいから、そんなことしないよ……。怒ったら、どうなるかわからないけど……」

「は、ははっ……」

 周りに僕らの会話が聞こえたのか、青い顔で席を立って遠ざかる子もいる始末。僕のキャラって一体どうなってるんだ。

「白石優也。貴様がどれだけ強いのかはわかったが、それでも田中琥珀は別格だ。やつの前では、悔しいが誰もが無力なんだ。大人しく従ったほうが、学園生活もそこそこ楽しめるぞ。なんせ、やつはサボり魔でいつも教室にいるわけじゃないしな……」

「小鳥ちゃん。あいつのことは僕に任せといてよ」

「ま、任せてくれだって? では、本当にあいつとやり合うつもりなのか……?」

「うん。『絶対領域』っていうスキルを見たら、それを破りたいって燃えてきちゃったよ。やっぱり、喧嘩ってハートが大事だって思うんだ。スキルがどうの、あれこれ考える前に先に拳を出せって、僕の憧れの人もそう言ってたからね」

「……き、貴様っ、なんだか格好いいなっ」

「えっ……そ、そうかな?」

「あ、そうだ。感動したお礼に、私が守っている不良としてのルールを教えてやろう!」

「不良としてのルール?」

「ふ……不良としてのルールじゃと⁉ そ、それはなんじゃ⁉ もし淫らなことなら、わしは……わしは悲しいぞおおおぉ!」

「おじいちゃん……お願いだから黙ってて? これ以上嫌いになりたくないから。ね?」

「は、はひいぃいっ!」

「……」

 青野さん、いくらなんでも思い込みが激しすぎる……。

「不良としての私のルールというのはだな……まず、犯さず、殺さず、貧しい者からは盗まず、だ……」

「……」

 立派なルールだけど、なんかどっかで聞いたことがあるような気がする。それにしても、不良としてはズレてるような……。

「私のこの格好もそうだが、野性的な、それでいて危なっかしい、けれども勇ましい、そんな不良のイメージから来ている! どうだ? 惚れ込んだか⁉」

「……」

 これでもかと目を輝かせる小鳥ちゃん。やっぱり一般的な不良からはかなりズレちゃってる。血が繋がってるだけあって、思い込みで後先考えずに行動する青野さんと似た者同士なのかもしれない。

 昼飯を取ったあと、午後の授業まではまだ時間があるってことで、僕が向かったのは異空間だ。

 実をいうと、トイレに行く合間とか食事の後とか、暇さえあればアマメに会いに行ってるんだ。

 昼休み前の休み時間にも何度か和室を訪れたんだけど、アマメに一言も口を利いてもらえなくて、それで虚しくなってすぐに引き返したんだ。何がいけなかったのやら。いくら優しく語りかけても応じてもらえない。

 でも、三顧の礼じゃないけど、よく考えたらこういうのは根気が大事だと思い立ったので、懐かせるためにも足繫く通うことに決めたってわけ。

「主、またあいつのところに行くモ?」

「あ……クロム、起きてたのか」

「もちろんだモッ」

 ここは工場を模した地下室。いきなり出現するとアマメをびっくりさせちゃうからと、ここから出るようにしてるんだ。

 クロムは寝てるとばかり思ってたけど、そういや完全には眠らないのが警戒心の強いメタリックスライムの特徴なんだっけか。

「それじゃ、行ってくるよ。アマメを本当の意味で僕の従魔にしたいからね」

「主……ちょっと待つモ。あいつを従わせるのは難しいモ。あいつはプライドが高すぎるんだモッ」

「まあ、アマツノムスメっていうくらいだからね。アマツっていったら神話のイメージだし」

「所詮はモンスターだモ」

「そうだけど……って、クロムにもプライドはあるでしょ? レアモンスターなんだし」

「それはそうだけどモ……あいつとは違うモ。スライムはスライムだモ。分別をわきまえてるモッ」

「ははっ……謙虚スライムだね」

「そうだモッ! ボクはあいつと違って謙虚だモッ!」

 嬉しそうに飛び跳ねるクロム。彼はレアモンスターとしてだけじゃなく、一介のスライムとしての視点も持ち合わせてるから驕らずにいられるのかもね。

「あ……そうだ。クロム、僕と一緒に和室に行こうか?」

「え……ボクもあいつのところへ行くモ?」

「うん。行こう」

「モ……あいつは嫌いだけどモ、主の言うことならしょうがないモッ」

 僕はひらめいたことがあって、クロムを連れていくことにした。自分の考えが確かなら、これで膠着状態を打開できるはずだ……。

「――っ⁉」

 僕が来た途端、素早く屏風の後ろに隠れるアマメ。

「アマメ、元気にしてる?」

「……」

「なんか欲しいものとかない?」

「……」

「はあ……」

 これは見慣れた光景で、もうここからはどんなに話しかけても応答してくれなくなる。

 そこで、最後の手段として連れてきたのがクロムだ。最初に口論に発展してからは、彼女に気を使ってクロムを遠ざけてたけど、思えばそのときは会話ができていた。なので、ショック療法、化学反応を起こそうと画策してクロムを連れてきたってわけ。

「主が来たのに、隠れたまま黙ってるのは失礼だモ。とっとと出てくるモッ!」

「……まさに、奇妙奇天烈ですわね。一体何を企んで、またそのうるさいスライムを連れて参りましたの……?」

 お、早速アマメが反応してきた……! 久々に彼女の声を聴けただけでも、クロムをここまで連れてきた甲斐があったっていうものだ。

「うるさいスライムとは何かモ。懲らしめてやるモ。ボクと勝負するモッ!」

「ちょ、ちょっと、クロム。落ち着いて……あ……」

「主、どうしたモ?」

「面白いかもしれない」

「モッ……⁉」

「……それはいい考えですわね。そのうるさいスライムとは、わたくしもいずれは決着をつけたいと思っていましたのよ。ホホッ」

「黙れモ。お前なんかには負けないんだモッ!」

 いい感じにヒートアップしてきたってことで、僕は中央の屏風を取り払い、お互いを対峙させることにした。

「それじゃ、僕は審判になって合図を出すから、3、2、1って数え終わったら勝負を開始するように」

「わかったモ。生意気なアマツノムスメをやっつけるモッ!」

「承知しましたわ。たかがスライム、一瞬で蹴散らして差し上げますことよっ!」

 こうして、和室の中でクロムとアマメの戦いが幕を開けた。

「そこだモッ!」

「なんの、これしきですわっ!」

 素早く体当たりするクロムに対し、扇を描くように宙を舞って躱すアマメ。そうかと思うと、何もないところから手裏剣を幾つも出現させ、すかさずクロムに向かって投擲する。

「こんなの、当たらないモッ!」

 クロムもまた、分身ができるくらいの超速運動で避けると、手裏剣は後ろの障子に突き刺さって消えた。

「小癪なスライムですことっ……。ならば、これはどうですっ……⁉」

 アマメが手裏剣の要領で薙刀を出し、疾風怒濤の打突、上段下段からの斬撃、薙ぎ払いの三本攻めを見せる。

「無駄だモッ! ここまでおいでモッ!」

「むううぅっ……!」

 迅速なだけでなく、体を縮める驚異的な動きも織り交ぜ、いずれも回避してみせるクロム。

 凄いや……。両方とも一切引けを取らない、互角の戦いが目の前で繰り広げられてる。

 これがレアモンスターのメタリックスライムと、高貴モンスターのアマツノムスメの力なのか……。実力が拮抗してるのか中々勝負がつかないけど、僕の従魔としてただただ誇らしかった。

「はぁ、はぁ……やるな、モ……」

「ぜぇ、ぜぇ……そ、そっちこそ、やりますわね……」

 鎬を削るうちに、従魔同士で謎の友情が生まれたみたいだ……っと、ぼんやり傍観してる場合じゃなかった。このままだと共倒れになってしまう。

「そこまでっ! この勝負、引き分け!」

「「……」」

 僕が間に入ってそう宣言したことで、まだ戦いたがっていたクロムとアマメは休戦せざるを得なくなった。

 というのも、レーザートラップのようにゼリーソードを伸ばして空間の中央に置いてる状態なので、戦おうと思ってもまともに戦えないんだ。

 鮮血剣も一緒に持ってるので、もし交戦中に掠り傷でも負ったら吸血され、死にはしないけど致命傷になる。それはすなわち負けを意味する。

 この効果は、鮮血剣さえ持っていればほかの武器でも適用されることが、休み時間中にVR格闘で実験してわかったんだ。

「……血ガ、欲シイ……」

「「っ……⁉」」

「あ、これ、僕の声じゃないからね。鮮血剣が喋ったんだからね。とにかくもう戦わなくてもいいんだ」

「で、でも、引き分けだモ? 主はそれでいいのかモ……?」

「いいよ。だって、クロムは頑張ったじゃないか」

「う、嬉しいモ……! 主、大好きだモッ!」

 僕がクロムの頭を撫でてやると、嬉しそうに飛び跳ねた。

「……」

 そこで、何かじんわりとした視線を感じて振り返ると、アマメがはっとした顔で開いた扇を口元に当てた。

「アマメもよくやったよ。引き分けだったけど」

「……べ、別に、あなたのためにやったわけではありませんわっ……!」

「それでも嬉しいよ。僕の従魔がこんなに一生懸命頑張ってくれて。だから、握手しようか」

「……あ、握手? どうしてですの……?」

「頑張ったねっていう、親愛の証だよ。それ以外に特に意味はないけどね。ほら、手を出して」

「……」

 アマメは、恐る恐るといった様子で手を差し伸べてきた。それを握ると、とても小さくてそれでいて温かいので驚くとともに、彼女の頬がほんのりと赤らんだ気がした。
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