上 下
23 / 27

第23話

しおりを挟む

「さー、みなさぁーん、準備はいいですかー? これから新人さんと一緒にぃ、楽しい楽しいお勉強会の始まりですよぉー!」

 女児……じゃなくて、Fクラスの担任、桜井桜子先生の弾んだ声で授業が始まる。

 本当に、先生とは思えないくらいの幼さなので、何かの間違いじゃないかと思って『鑑定眼』スキルで彼女の年齢をチェックしたところ、なんと20歳だった。うわっ。まさか、僕よりずっと年上だったとは……。

 というか、見た目だけじゃなくて仕草も声質もあどけないんだよなあ。衝撃のあまり僕は軽い眩暈を覚えつつ、Fクラスの空気に慣れようと努める。

「「「「「……」」」」」

 授業が始まったからなのか、やたらと静かだ。

 今まで所属していたGクラスなら、こんなときでもお構いなしにお喋りが絶えなかったんだけど、ここはそうじゃなかった。桜井先生が授業を行う間、隣同士の席でべらべらと喋るタクヤとマサル以外、誰一人言葉を発しなかったんだ。

 Fクラスといっても、全体だと下のほうのクラスだから柄の悪い生徒も結構いるんじゃないかって踏んでたけど、意外と真面目な生徒が多いんだね。こうなると、Gクラスが異常だっただけかもしれない。

「例の格闘漫画だけどよぉ、あの気障野郎のバイクを破壊したあと、全然話が進まなくてよぉ」

「あれなー。マジで勿体ぶってんよな。どうでもいい会話ばっかで終わりやがって」

「……」

 でもその分、僕の連れが悪目立ちしててちょっと気まずいのも確かだ。桜井先生も不満気な様子で頬を膨らませると、タクヤとマサルのほうをビシッと指さした。

「こらこらぁ、そこの二人ぃ、お静かに! 授業中に私語はダメですよぉー」

「あぁ……? んだコラァ。るせぇんだよぉ!」

「んだんだ。おいこら、やんのかっ⁉」

「あっかんべーだ! そんな脅しには乗りませんよぉっ!」

「「……」」

 これには、恫喝した二人が逆に申し訳なさそうな顔をするくらいだった。そりゃ桜井先生が相手だと、子供に対して突っ張ってる感じだしなあ。やりづらそうだ。

 そういや、青野さんの孫の小鳥ちゃんはどうしてるのかと思って確認したら、さっきまでは項垂れてたものの、今は真面目に教科書を読んで勉強中の様子。まあそりゃそうか。知力を上げたほうが戦闘中のひらめきにも繋がるんだし。

 一方、祖父のほうの青野さんは授業にまったく身が入ってない様子で、小鳥ちゃんをぼんやりと見ていた。

 ははっ……これじゃあまるで片思い中の男子生徒みたいじゃないか。ちょっと……どころかかなり老けてるけど。

「この数式はですねぇー、ここをこうして……」

「……」

 まだまだ始まったばかりとはいえ、授業内容はFクラスとそんなに変わらないっぽい。巨大モニターの隅に表示されている時間割を見てみると、数学、国語、音楽、体育、そうしたありふれた科目が並んでる。

 何より、桜井先生の言うことをみんなが黙って聞いてるのが印象的だった。ついさっきまで喋ってた不良のタクヤとマサルさえも、そんな空気に引っ張られたのか言葉を発しなくなったほどだ。

 もし桜井先生がGクラスの担任だったら初日で辞めてるかもしれないね。教室が騒がしくて猪川先生の声が聞こえないことも多かったし。それでもほとんど注意することなんてなかった。

 そう考えると、あそこでいつも淡々と授業してた猪川先生ってメンタルが強かったんだな。頭皮はストレスに耐えられなかったみたいだけど……。

「――はっ……」

 僕は気づけばウトウトしてしまっていた。あまりにも普通すぎる空気なので、僕は若干の物足りなさも感じてしまう。その点、G級は刺激的だったからね。それはタクヤとマサルも同じらしく、机に突っ伏して居眠りしちゃってる始末。

 ただ、その一方でを感じるのも確かだ。

 時折、生徒たちがある方向を一瞥してるんだ。彼らがたどたどしい視線を送ってる場所は、現在教室で一か所だけ見られる空席のようだった。

 ……なんでだろう?

 Gクラスならいじめられっ子じゃないかと疑うけど、ここは明らかに違う。決まって、どこか怯えたような、そんな怖気づいた眼差しを向けてるんだ。

 そんなこんなで、一限目の授業が終わって休み時間に突入した。

 ……ふう。久しぶりに普通に授業を受けたって感じだ。なんかいつもとは全然違って堅苦しい空気だったせいか、ちょっと面食らってしまった。

「こ、小鳥よ……会いたかったぞおおおぉぉぉっ!」

 涙を浮かべた青野さんが小鳥ちゃんの席に突進していったかと思うと、寸前で躱されて机ごと派手に転倒し、周囲からどよめきや失笑が上がる。最早お約束だ……。

「……ぐ、ぐぐっ……こ、小鳥よ、なんでわしを避けるんじゃ。わしに会いたいんじゃなかったのか……?」

「あ、あのね……おじいちゃん、ここはね、実家じゃないんだよ。探索者のための学校なんだよ……?」

「……そ、そうじゃったな。すまん、小鳥! つい、可愛い孫の姿を見て興奮してしまったわい……」

 小鳥ちゃんが項垂れてた本当の理由がわかった気がする。なんていうか、青野さんの前だと物凄く気を使ってそうだ。

 ん、そんな小鳥ちゃんが急に顔色を変えてこっちに歩いてきた。そうかと思うと、僕の机を両手でドンと叩いて、眼帯をつけてないほうの目で睨みつけてきた。え、あれ? 僕、何かやっちゃいました……?

「おい貴様、白石優也とかいう名前だったな」

「あ、うん。えっと、君は確か、廊下で転んで……」

「そ、そのことは頼むから言うなっ! い、いいか、私から忠告させてもらう。ここであまり調子に乗らないほうが身のためだぞ……」

「僕の身のため?」

「そうだ……ん?」

 その瞬間だった。喧嘩の匂いを嗅ぎつけたのか、タクヤとマサルが勢いよく席を立って小鳥ちゃんに詰め寄ったんだ。

「おう、やんのかぁ? 優也兄貴に喧嘩売るたぁ、いい度胸してんぜぇ」

「んだんだ。おいてめー、優也さんに勝てるとでも思ってんのか⁉」

「ちょ、ちょいと待つんじゃ。わしの孫は、そんな不良のようなことは絶対にせん!」

「「はぁ……?」」

「おじいちゃん、ちょっと黙っててくれる?」

「……は、はひっ」

 タクヤとマサルだけでなく、小鳥ちゃんからも怖い顔で圧をかけられて即座に引っ込む青野さん。なんか哀れだ……。

「別に、私は喧嘩を売りにきたわけじゃない。白石優也。貴様がGクラスの不良一味のボス的存在だと踏んで忠告しにきただけだ」

「そ、それって……小鳥ちゃんがこのクラスのボスってこと?」

「い、いや、そういうことじゃなくてだな……」

「お、おおぉっ、やっぱり小鳥はボスじゃないんじゃな。とーぜんじゃ! わしの孫が不良なわけがなかろうて!」

「おじいちゃん、そういうのはいいから黙ってて!」

「は、はひいっ……!」

 青野さん、今のでかなり後退しちゃったな。廊下に飛び出す勢いだった。彼にとっては、小鳥ちゃんに怒られるのが一番ダメージありそうだね。

「私はボスじゃないし、喧嘩を売りにきたわけでもない。いいか……白石優也だけでなく、一味の貴様らにも忠告しておく。Fクラスのボスはほかにいる。だから、あまり調子に乗らないことだ。を怒らせたくなかったら、な……」

「……」

 へえ。Fクラスには相当に手強いボスが存在するらしい。一体誰なんだろう?

「おうおう、じゃぁよぉ、そいつは今どこにいるってんだよぉ?」

「んだんだ、優也さんにビビッて逃げたんじゃねえのか⁉」

「……今はいない。最近は授業をサボることも多いからな。とにかく、ボスが来たらわかることだから、大人しくしておいたほうが身のためだぞ……」

 小鳥はそう言い残して自分の席へと戻っていった。

 そうか。欠席してるってことは、生徒たちが恐れを帯びた視線で見てたことからも、あの空席の生徒がボスだったのか。

 それにしても、Fクラスにずっといたであろう小鳥ちゃんがあそこまで言うってことは相当なんだな。

「……優也君、災難だったね」

「あ。汐音、いたんだ」

「ずっといたよ。それより、があって……」

「聞いたこと?」

「うん。もしかしたら、そのボスの人って、茜と仲が良かった子かもしれないって……」

「え……本当に?」

「例の空席のネームプレートを見たら、見覚えがあったの……」

「……そっか。じゃあその人が昇格してボスになったんだ。なるほどね」

 町村茜に呪いをかけられ、僕のように同級生からいじめられていた生徒が、昇格してFクラスのボスになってるなんて想像もしてなかったことだ。これが負の連鎖ってやつなのか。

 でも、そこでの苦難が彼をこんな風に変えてしまったのかもしれない。このクラスで恐怖のボスとして君臨することで自分自身を守りたかったのかどうか、そこまでは知る由もないけど……。

「「「「「ザワッ……!」」」」」

 休み時間が終わり、Fクラスの同級生たちがそれぞれの席に着こうとしたときだった。G級では当たり前だった異様な騒がしさが戻ってきたんだ。

 一体何が起きたのかと思ったら、どうやらが教室に入ってきたことが原因らしい。

 しかも、その人物が向かっているのは例の空席だ。ま、まさか、あの生徒がFクラスのボスだっていうのか……? 僕はそのあまりにも姿に愕然としていた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

万能すぎる創造スキルで異世界を強かに生きる!

緋緋色兼人
ファンタジー
戦闘(バトル)も製造(クラフト)も探索(クエスト)も何でもこい! 超オールマイティスキルファンタジー、開幕! ――幼馴染の女の子をかばって死んでしまい、異世界に転生した青年・ルイ。彼はその際に得た謎の万能スキル<創造>を生かして自らを強化しつつ、優しく強い冒険者の両親の下で幸せにすくすくと成長していく。だがある日、魔物が大群で暴走するという百数十年ぶりの異常事態が発生。それに便乗した利己的な貴族の謀略のせいで街を守るべく出陣した両親が命を散らし、ルイは天涯孤独の身となってしまうのだった。そんな理不尽な異世界を、全力を尽くして強かに生き抜いていくことを強く誓い、自らの居場所を創るルイの旅が始まる――

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

底辺ダンチューバーさん、お嬢様系アイドル配信者を助けたら大バズりしてしまう ~人類未踏の最難関ダンジョンも楽々攻略しちゃいます〜

サイダーボウイ
ファンタジー
日常にダンジョンが溶け込んで15年。 冥層を目指すガチ勢は消え去り、浅層階を周回しながらスパチャで小銭を稼ぐダンチューバーがトレンドとなった現在。 ひとりの新人配信者が注目されつつあった。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

超激レア種族『サキュバス』を引いた俺、その瞬間を配信してしまった結果大バズして泣いた〜世界で唯一のTS種族〜

ネリムZ
ファンタジー
 小さい頃から憧れだった探索者、そしてその探索を動画にする配信者。  憧れは目標であり夢である。  高校の入学式、矢嶋霧矢は探索者として配信者として華々しいスタートを切った。  ダンジョンへと入ると種族ガチャが始まる。  自分の戦闘スタイルにあった種族、それを期待しながら足を踏み入れた。  その姿は生配信で全世界に配信されている。  憧れの領域へと一歩踏み出したのだ。  全ては計画通り、目標通りだと思っていた。  しかし、誰もが想定してなかった形で配信者として成功するのである。

貴族に転生してユニークスキル【迷宮】を獲得した俺は、次の人生こそ誰よりも幸せになることを目指す

名無し
ファンタジー
両親に愛されなかったことの不満を抱えながら交通事故で亡くなった主人公。気が付いたとき、彼は貴族の長男ルーフ・ベルシュタインとして転生しており、家族から愛されて育っていた。ルーフはこの幸せを手放したくなくて、前世で両親を憎んで自堕落な生き方をしてきたことを悔い改め、この異世界では後悔しないように高みを目指して生きようと誓うのだった。

処理中です...