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第22話
しおりを挟む「けけっ……優也兄貴ぃ、こっからよぉ、俺たちで新たな伝説をおっぱじめようぜぇ」
Fクラスの教室へ向かう途中、タクヤが下卑た笑みを向けてきた。
「タクヤ、新たな伝説ってなんのこと? っていうか、なんでいきなり兄貴呼び?」
「喧嘩伝説だよ喧嘩伝説うぅ。今日からFクラスでデビューすんだからよぉ、優也ちゃんなんて呼ばずに、格的に兄貴って呼びてえんだよぉ」
「ま、まあ、別にいいけど……」
「そんでよぉ、兄貴に見せてぇもんがあんだぁ」
「……ん、僕に見せたいもの?」
「これなんだけどよぉ」
ん、端末を操作したタクヤの額に赤い布が現れた。
「お、結構似合ってるね」
「ぐへへっ、だろおぉっ!」
「俺も俺もっ! これどうよ、優也さん?」
「えっ……」
タクヤと同様、急に僕の呼称が変わったマサルがドヤ顔で見せつけてきたのは、大きな髑髏を模した盾だ。これって、まさか……。
「ぶははっ! わしも白石のあんちゃんに見せつけるときじゃなっ!」
「……」
さらに、青野さんまでバカでかい棘付きの棍棒を手元に出してきた。うわ、凄く重そうだし痛そう……って、みんな僕が知らない間に独自の防具や武器を手に入れたっぽいね。
「まさか、みんなで素材合成やったの?」
「んーや。それがよぉ、例の竹林で見つけたってわけよぉ」
「な、なるほど……」
あそこはサバイバルゲームをやるには最適の場所で、探索者の死体が幾つも転がってるところだし、何かありそうだとは思ってたけど本当にあったんだ……。
「優也兄貴ぃ、これは情熱のバンダナっていってよぉ、命中率が10も上がるんだぜぇ。いいだろおぉ~」
「……うん、確かにいい効果だね。異次元の弓が武器のタクヤにとっては最高の防具かも」
「だろぉおっ。けけっ」
「マジ、タクヤのバンダナには特殊効果があっていいよな。俺のスカルシールドなんて、強そうな見た目だけどなんの効果もねえし、相手をビビらせるだけのゴミみてえな盾だぜ」
「ははっ……ま、まあ素材で作られたものなら頑丈だろうし。それにマサルの場合、異次元の長剣と髑髏の盾のセットになるから悪くないんじゃ?」
「それなっ! さすが、俺たちの優也さん。よく見てるぜっ!」
「……」
もうタクヤもマサルも、僕をいじめていいのは俺たちだとか言わないのか……。何故か寂しさもあるけど、まあ当時とは状況が全然違うからね。二人とも僕に対して呼び方が変わっただけでなく、例のいじめられっ子っていう称号もとっくに消えてるわけだし。
「ふぅ、ふぅ……し、白石のあんちゃん……わしの一物――鬼の棍棒はどんなもんじゃっ……⁉」
「す、凄く、おっきいです……」
「ぶははっ! ふぅ、ふぅう……」
本当にやたらと大きいと思ったら、鬼の棍棒っていうのか。でも青野さん、腕力値が足りないのか持つのが精一杯っぽい。ただ、これも対人限定なら持ってるだけで相手をビビらせる効果がありそう。
「でも……それって遺品だよね……」
「「「……」」」
汐音の一言で青野さんたちが揃って気まずい表情になる。
「く、黒崎さん、そこは内緒にしといてくれんか⁉ もちろん、遺品を持っていた白骨死体はわしらで丁重に埋葬した上、ちゃんとお礼も言ったから大丈夫じゃ!」
「そう……。でも、それだけだと泥棒みたいだし呪われそう……」
「「「うっ……」」」
汐音の呟きでみんな苦しそうに呻いてるし、精神的にかなりのダメージが出てそう。
「あ、そういえば……私の持ってる呪いの赤い糸も、茜が竹林で見つけたものかも……」
「「「「えっ……⁉」」」」
これには僕も含めて驚いた。
「な、なんで汐音はそう思うの?」
「だって……疎遠になる前に、茜は言ったの。『外でいいものを見つけたんだ』って。多分、竹林以外だと誰かが先に見つけそうだから、そこで拾ったんじゃないかなって……」
「「「「ヒエッ……」」」」
怖すぎ。なんで僕まで青ざめなきゃいけないんだ……。でも、恐怖のあまりか逆に緊張も紛れてきた。なんせ、これから新しいクラスでの自己紹介っていう、定番の心臓に悪いイベントが待ってるわけだから。
それにしても、校舎二階は一階と違ってとても静かだ。一階だと廊下を走る生徒が何人かいたのに、そういうのをまったく見かけない。
以前は走ってきた不良に肩が当たって、オルァ喧嘩売ってんのかコルァって因縁をつけられることもよくあったけど、今後はそういう理不尽な出来事もなさそうだ。
お、着いたみたい。寮の部屋、食堂、職員室、休憩室、トレーニング施設、レジャー施設等、それらの向こう側にFクラスと書かれた教室があって、その前で僕たちは足を止めた。
先頭の僕が恐る恐るドアを開けると、みんな席に着いてるところだった。一人だけ出席してないのか空席もあるけど、お喋りしてる様子もないしみんな真面目っぽい。こういうところだけ見ても、最底辺のG級とは大違いだ……。
「みなさぁーん! さぁさぁ、ご注目だよぉーっ!」
「……」
あれ? やたらと背の低い私服の女子生徒が一人いて、教壇に立って飛び跳ねてる。あれかな、子供が紛れ込んじゃったんだろうか?
「あ、あのぉっ、そこの新人の方々っ、そんな可哀想なものを見るかのような目で見下ろさないでくださいよう! 私、一応ここの教師なんですからぁー!」
「「「「「えぇっ……⁉」」」」」
それは想定外だった。この子……じゃなくて、彼女はFクラスの先生だったのか……。
「私は桜井桜子《さくらいさくらこ》と申しますっ! これから、あなたたちの先生として、精一杯頑張っていきますから、どうかよろしくお願いしますねぇーっ!」
「「「「「は、はい……」」」」」
猪川先生とはちょっと違ったベクトルで頼りなさそうだ。とはいえ、荒れに荒れてたGクラスの担任じゃないし、ここなら彼女のような先生でも問題ないってことなのかな。
「あのあのっ。それじゃー、一人ずつ、自己紹介お願いしますよぉー」
「おうっ、任せとけぇ。そんじゃぁ、俺からいくぜぇ」
長髪を掻き分けたタクヤがニヤリと笑って前に出る。
「俺ん名はよぉ、赤間卓也ってんだぁ。生意気なやつは、俺とマブダチのマサル、それに優也兄貴がたっぷりいじめてやっからよぉ、覚悟しやがれぇ……」
「……」
いかにも不良のタクヤらしい自己紹介だね。次はマサルの番だ。
「んじゃ、次は俺な。そんなに名前が知りてえなら教えてやる。紫藤将ってんだ。ま、俺らと喧嘩してえならいつでもやってやんぜっ。ビビッてないでかかってこいや、オイコラッ!」
「は、ははっ……」
僕は思わず笑ってしまった。これじゃもう、自己紹介っていうよりただの挑発じゃないか……。まあ二人とも僕をいじめなくなったってだけで、本質的には不良のままだからしょうがないか。
「つ、次はわしじゃな。ぶ……ぶははっ! わしの名は青野弥助! 年寄りに見えるかもしれんが、こう見えてまだまだ現役じゃっ! つーわけじゃからのう、舐めておると痛い目を見ることになるぞい! 首を洗って覚悟しておくことじゃあぁっ!」
「ちょっ……」
青野さんまで挑発してるし、変な流れに引っ張られちゃってる。
あ、そうだ。祖父の自己紹介ってことで、孫の小鳥ちゃんはどうしてるのかと思ったら、恥ずかしそうに顔を赤くして下を向いてた。
まあ、周りから好奇の目でジロジロ見られてるし、そりゃこんな感じにもなるか。青野さんの孫っていう事実はGクラスの同級生も知ってたくらいだからね。
「じゃあ、次は私……」
お、次は汐音の番だ……と思ったら、悪魔の翼と黒猫のシャト、死神の大鎌を出した彼女が教壇で浮かび上がった。
「……堕天使、黒崎汐音、只今参上……夜の露、死の苦しみ……」
「「「ウププッ……」」」
「……」
青野さんたちが口を押えて押し殺すようにして笑ってるし、どうやら僕に黙ってとんでもないことを汐音に吹き込んだみたいだ。夜露死苦《よろしく》ってか……。これにはさすがに驚いたのか、Fクラスがざわめていた。
「み、みみっ、みなさーん、落ち着いてくださぁーい! 不良さんたちがこのクラスにやってきましたけど、仲良くしましょうねぇーっ!」
「「「「「はーいっ!」」」」」
「って、先生。僕の自己紹介がまだ終わってないし!」
「あっ……! ご、ごめんなさーい!」
……はあ、こんな空気じゃやりづらいなあ。
「やあ、どうも。Fクラスのみなさん。僕は白石優也っていいます。よろしくお願いします。連れはこんな感じだけど、こう見えて普通にいいやつらなんで、仲良くしてやってください」
「「「「「はいっ……!」」」」」
ん、あれ? なんかみんなちょっとビビッてる感じだったね。普通に挨拶したつもりなのになんでだろうと思ったら、そっか。なんかわかった気がする。
どう見ても不良たちの仲間だって疑われてる状況で、僕だけ普通の自己紹介すぎて、逆にボスかなんかかと思われて怖がられてるっぽい。僕はアレか。闇の帝王かなんかか……。
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