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第11話

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 さあ、いよいよ、始まる。竹林を舞台にしたサバイバルゲームの開始だ。

 ん、そのタイミングで青野さんの装備が変化するのがわかる。

 これって、あれじゃないか。忘れもしない。僕がモンスターを討伐するためにレンタルした異次元のバットとヘルメットだった。

「それ、懐かしいですね。青野さん、よく似合ってますよ」

「……」

「青野さん?」

「……あ、す、すまん! ついつい緊張してしまってな……」

「なるほど」

 まあそりゃそうか。なんせGクラスは50人いるわけで、4対46で本格的に殺し合いをするんだから、不安にならないほうがおかしい。

「それ、僕が以前に装備して戦ったやつですね」

「……う、うむ、そうじゃな。あ、あんちゃんの配信を見て、わしも大いに興奮したものじゃ……」

 青野さん、こっちを向いて話してるのに、目の焦点が合ってないな。相当緊張してそうだ。

「げへへっ、青野爺さん、そんなんじゃよぉ、草野球してるおっちゃんみたいじゃねえかよぉ」

「ぎゃははっ! いえてら!」

 そんなタクヤとマサルの装備は、異次元の弓と長剣、防具はどっちも異次元のマントだった。まあいいんじゃないかな。

 なんせ高い竹が密集してるところだから、頭部へのダメージはある程度防げるだろうし。隠れる場所も多いってことは奇襲される可能性もあるってことで、面積の大きいマントをつけていれば体への直接的なダメージを軽減できる。

 さて、僕もアレを出すかってことで、端末に表示されたゼリーソードをタップして手元に出す。

「……し、白石のあんちゃん、そりゃなんだ?」

「おいおい、優也ちゃん、そりゃなんだよぉ?」

「水色の長剣みてえだな?」

「あぁ、これはね……」

 隠す必要もないんだけど、いじめっ子たちに正直に打ち明けるのもなんか癪なので、その辺で拾ったということにした。

「「「うおぉぉぉぉっ!」」」

「……」

 血眼で武器を探し始める三人。ちょっと罪悪感が……。まあいいか。青野さんはともかく、タクヤとマサルには散々いじめられたわけで、これでちょっとは借りを返してもらった気分だ。

「……はぁ。なーんも見つからなかったぜぇ。優也ちゃんは本当に運がいいよなぁ」

「……まったくだぜ。俺が見つけちまったのは白骨死体だけだ……」

「……わしなんて、草むらで勢い余って頭蓋骨と接吻してしまったわい……」

「ははっ……」

 どうやら、青野さんが一番酷い目に遭ったらしい。

 でも、よくよく考えてみたら、探索者の死体が転がってるわけだから、武器とか素材とかがどっかに転がっててもおかしくない。

 それにしても、青野さんの顔色が悪いなあ。まるで死体みたいだ。

 緊張のあまりっていう可能性もあるけど、体の具合も悪そうだ。実際、さっきからずっと項垂れた状態で僕たちの後方にいるんだ。何かあったのかな?

「青野さん、具合が悪そうですけど、大丈夫ですか?」

「なあ、青野爺さんよぉ、ここで野垂れ死にする気かぁ?」

「おい、青野爺、ノロノロしてっといい加減置いてくぞコラ!」

「……あ、す、すまん。白石のあんちゃん、タクヤ君、マサル君。別に、具合が悪いわけじゃないんだが、色々とよくないことを考えてしまってな……」

「なるほど……」

 青野さんの懸念については、痛いほど理解できる気がした。

 でも、僕は大丈夫だとは言えなかった。みんなを守れるほど強いのか、そこまでは確信が持てなかった。

 大分強くなったとはいえ、じゃあ無敵かっていうとそういうわけでもない。しかも、多勢に無勢。何があってもおかしくないので慎重に行動するしかない。

 もちろん、近くにいる二人の味方――タクヤとマサルに対しても、まだまだ警戒心を解かないほうがいいかもしれない。

「あ……」

「ど、どうしたぁ、優也ちゃん……?」

「な、なんかいたのか、優也?」

「お、おったんか?」

「シッ……」

 人差し指を添えて呟くと、みんなハッとした顔で黙り込むとともに、僕と同じようにその場に伏せた。そうそう、いくら竹が高くて密集していて気づかれにくいといっても、それくらいの注意深さは必要だ。

「……」

 しばらくして、こっちに足音が近づいてくるのがわかった。それも複数だ。

「誰か来る」

「えぇっ……? まさかぁ、こっちの姿を見られたのかぁ……?」

「タクヤ、それはありえねえよ。こっちからは見えなかったしよ。透視系スキルを持ってるやつがいるならともかく、最底辺クラスだからな……」

「……そ、そりゃそうだよなぁ……」

「……とにかくみんな、このままやつらが遠ざかるまでじっとしとこう。相手は集団だから、真向から戦うより奇襲して一人ずつ戦ったほうがいい――」

「――ハックション!」

「「「なっ……⁉」」」

 そのときだった。青野さんが大きなくしゃみをしてしまったんだ。なんで、よりによってこんなときに……。

「……す、す、すまん。わし、風邪を引いておったみたいじゃ……」

「お、おいぃ、今の、絶対相手に聞こえたぞおぉ」

「やべーよ。こっち来るだろ、確実に……」

「……」

 ところが、だ。足音がこれ以上近づいてくることはなかった。相手に気づかれたかと思うも、そうじゃないのでホッとする。

 ただ、だ。

 結構大きなくしゃみだった。なのに、誰一人こっちに来る気配がないのはどういうことだ?

「……主、注意。聞こえるモ。音……」

「え……」

 僕にしか聞こえないような、微かなクロムの声。

 闇の中から生じたモンスター、その中でも特に警戒心の強いメタリックスライムなら、音にも敏感なはず。

 ってことは、やっぱりあいつらはこっちに気づいてて、あえて忍び足、あるいは匍匐前進してるのか……?

「あんちゃん、すまん!」

「えっ……?」

 何を思ったか、青野さんが立ち上がったかと思うと、伏せている僕の体に覆い被さってきた。

「……あ、青野さん?」

「あ、青野爺さん、優也ちゃんに何してくれちゃってんだよぉ……⁉」

「おい青野爺、それじゃ優也が動けねえじゃねえかっ……!」

「「「「「へへっ……」」」」」

「はっ……」

 嫌らしい笑い声がすぐ近くから聞こえてくる。僕らは、武器を手にした10人の生徒に取り囲まれていた。

「ゆ、許してくれ。白石のあんちゃん……」

 な、なんで、どうして……。理解が追いつかない。

「こうするしかなかったんじゃ……」

 青野さんの震える声の次に耳にしたのは、勝ち誇ったような複数の声だった。

「よくやった、青野氏」

「青野。お前の手でそいつを仕留めれば、約束通り、こっちのチームに入れてやる」

「そうそう。じーさん、孫の小鳥ちゃんも早く会いたがってるぜ?」

「うんうん。さすが年配男性。多勢に無勢ってことの意味を、ちゃーんと理解してて偉いなあ?」

「……」

 なるほど、そういうことか。少しだけ状況が飲み込めた気がする。青野さんは僕を最初から裏切る気でいたんだ。こんなこと、理解したくもなかったけど。

「す、すまん……ひっく……わしは最低な男じゃ……。決して……決して許さんでくれ……」

 そんなこと言われても。そう思うなら裏切らないでくれよ……。

「へへっ。おい、タクヤとマサルもそのつもりだったんだろ。早くこっちへ来い。
白石の野郎をみんなで盛大に葬ろうぜ!」

「「……」」

 あれ、タクヤとマサルは返答せずに黙っていた。なんで?

「てめぇら、勘違いするなぁ……。優也ちゃんをいじめていいのは俺たちだけだぁ……」

「あぁ。俺らは最後まで優也と一緒に戦ってやる……!」

「……」

 今までで一番びっくりしたかもしれない。まさか、この二人が裏切らずに青野さんが裏切るなんてね。

 タクヤとマサルって、悪い意味で変わり者なだけでそこまで悪いやつじゃなかったのかも。

 意外な展開を見ちゃったところで、僕も本気を出すとしようか。

「てか、肝心の白石が動けないんじゃ、完全に詰みだろ」

「そうそう。ほんとバカだよな。青野ごとやっちまおうぜ」

「そうだな。もうこんな爺いらねーよ」

「……しょ、しょんな……」

「残念だけど、もう動けないのはそっちのほうだよ」

「「「「「えっ……?」」」」」

 ドヤ顔で僕を取り囲んでいた生徒たちは、揃ってポカンとしていた。それも当然だろう。

 VR格闘で何度も実験してわかったことがあって、ゼリーソードは魔法の剣のようなもので、持ち主の魔力によって自在に伸縮が可能なんだ。

 しかも半透明なので気づかれにくいってことで、僕はゼリーソードを伸ばすとともに蛇のように茂みの中を移動させて、生徒たちの体に巻き付かせた。

 ゼリーソードは打撃だけでなく、こういう粘着性のある強力なロープのような使い方もある。

「ショーはこれからだ!」

「ぬぉっ……⁉」

 僕は青野さんを押しのけるように立ち上がり、その場でジャンプしてゼリーソードに巻き付けたやつらを持ち上げ、地面に叩きつけてやった。

「「「「「ぐはっ……」」」」」

 みんな白目剥いたり血を吐いたり、戦闘不能状態に陥ってるのが目に見えてわかる。

「……あ、主、凄いモッ……!」

 クロムがはしゃいでる。その強い警戒心のおかげで、僕は状況を整理することができた。もしいきなり囲まれてたら、青野さんの裏切りもあってもっと混乱してたかもしれない。

「優也ちゃん……すげーよ!」

「優也、信じてたぜ!」

「ちょっ……」

 タクヤとマサルに涙目で抱きつかれてしまった。 

「……すまん、すまん……」

「「「……」」」

 でも、喜びの空気が一瞬で変わるのがわかった。青野さんに対して、僕たちの厳しい目が向けられたからだ。

「青野爺さん……これは一体どういうこったよおぉ?」

「そうだそうだ、青野爺、てめえが裏切るとか、ふざけんなっ!」

「うぐぐ……すまん、すまん……」

「青野さん。謝るのはもういいから、どういう事情があって裏切ったのか、ちゃんと説明してくれないかな?」

「……さ、昨晩、呼び出されて、やつらに囲まれたんじゃ。この計画に参加しないと、お前を全員でいじめ殺すと。もし成功すれば、昇格して孫にも会えると。そんな恐怖と欲望に負けてしまったんじゃ。頼む、どうか最低なわしを殺してくれ。わしをこの世から消してくれ……」

「……」

 確かに脅されたのは気の毒だけども、これには制裁が必要だよね。そういうわけで、僕は青野さんに歩み寄った。

「……白石のあんちゃん……さようならじゃ。孫のことをよろしく頼むぞ……」

 観念したのか、正座して目を瞑る青野さん。それに対して、僕はゼリーソードを振りかぶった。これは強く振ることで切れ味鋭い剣にもなるので、思いっきり振れば命はないだろう。

「はあああっ!」

「うっ……⁉」

 青野さんの後ろの竹が真っ二つになる。

「僕たちを裏切った青野さんはこれで死んだ。だから、今後もよろしくお願いします」

「……こ、こんな外道なわしを許してくれるのか……。あんちゃんはまるで天使のようじゃ……」

 青野さんは茂みの中に突っ伏して泣くばかりだった。

「……ほんと、優也ちゃんはお人よしだなぁ」

「まったくだぜ。優也を見てるといじめたくなる」

「あのねえ……。君たちにいじめられた借りは、まだ返してもらってないんだからね?」

「「ちょっ……⁉」」

 僕は両手で二人の首根っこを掴んで持ち上げてやった。まあ、雨降って地固まるっていうしね。今回の件で、本当の意味で青野さんを含めて打ち解けたのかもしれない。
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