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第9話
しおりを挟む「えー、それじゃあ早速、次の授業を始めようと思う」
猪川先生の一言で、巨大モニターに新しい授業内容が映し出された。
って、あ、あれは……。
「ちょっ、マジかよ……⁉」
「遂に来ちまったか、アレが……」
「俺……まだ死にたくないんだが……」
「や、やべー……体が震えてきたわ……」
モニターに表示されたとある科目に対して、同級生《クラスメイト》たちから次々と動揺した声が上がる。それも当然か。
学園『ホライズン』においては、国語や数学、体育なんかも普通にやるけど、VR格闘、さらにはサバイバルゲームっていう探索者専用の科目もあるんだ。
今回映し出されたのはまさにそれってわけだ。
VR格闘と違って、サバイバルゲームは実際に鎬を削る本格的なもので、この授業をやるということは、近々生徒同士で殺し合いをおっぱじめるってことだ。
もちろん、建前上は対人訓練の一環なんだけど、実際は文字通り誰が生き残れるかどうかを決める究極のサバイバルゲームってわけ。
この科目では今まで何人も死人が出てきたことでも有名だ。サバイバルゲームでの死亡は事故死と同じ扱いを受けるので、実質やりたい放題ってわけ。
しかも、学園内で起きた事件や事故については、警察も余程のことがない限りは介入しないという方針だからね。暗黙の了解ってところだ。
もちろん、モンスターと戦う前に生徒同士で殺し合ってどうするんだっていう意見もある。だけど、そこで生き残れないようじゃ探索者として頑張っても底が知れているっていうのが学園側の一貫したスタンスなんだ。
「……」
実戦での動き方、隠れる場所や第一~第五までの匍匐《ほふく》前進の基本等、猪川先生がサバイバルゲームについていつも以上に熱心に授業する間、幾つもの刺々しい視線が僕の体に突き刺さってきた。
ここであいつをやらなきゃこっちがやられる、そんな殺気じみた視線だ。
まあ、僕のことをずっといじめてきた連中だから当然っちゃ当然か。それならこっちだって遠慮なく本気で戦ってやる。さすがに殺すのは目的じゃないけど。
あの神山不比等さんなら笑いながらこう言うだろう。殺すとか殺されるとか、そんなことを考える暇があったら、とにかく大切なもののために拳を出せって。
スキルや武器に頼りきることで頭でっかちにならず、ハートが大事だとも言うだろうね。確かに、ギリギリのところで勝負を決めることがあるとしたら心の熱量の差になりそうだ。
授業は粛々とあっという間に進んで行き、終わりが近くなってきた。それとともに教室内の空気が殺伐としてくるのも、この授業が終わればサバイバルゲームの開催日が宣告されることを意味していた。
ただでさえ、同級生たちは僕に対して恐怖心から来る敵意を抱いてるわけで、ここはまたとないチャンスだと考えてるはず。
だから、ほぼ間違いなく事故に見せかけて殺そうとしてくるだろう。それに、僕には仲間もいないと踏んでるだろうし、ここがプレイヤーキルの絶好の機会だとみているはず。
「――えー、それじゃあこの辺で授業を終わるが、次はいよいよ本当のサバイバルゲームの時間だ。これより五日後の朝6時、校舎裏へ集合するように。少々の遅刻なら許すが、サボれば昇格は当分ないと思え。あー、そういうわけであるからお前たち、おー、各々覚悟しておくように」
やっぱりきたか。猪川先生は珍しく興奮した様子で、そのあとも言葉を続けた。
「それとだな、あー、お前たちはこれからパーティーを組むことになる。えー、もちろん、組んだ上で裏切るのも大いにありだ。おー、闘争の世界に例外などない。んー、思う存分やり合うんだ。さあ、好きなように組みなさい!」
「……」
顔を紅潮させた猪川先生が叫んだのち、生徒たちが次々と席を立ち、各々仲間のもとへ集まり始める。
その組み合わせを、猪川先生が直接記録する形だ。生き残ったパーティーは昇格へ一歩も二歩も近づくことになる。
僕の味方をする生徒はさすがにいない様子で、誰もこっちに来る気配がなかった。
事情を知らない生徒がいたら、強いのがバレたのになんでって疑問に思うかもしれないけど、そこにはちゃんとした理由がある。
パーティーに入ったとしても、仲間を裏切ることができるんだ。なので、僕の仲間になったとしても、いのさきに裏切られると思っているのだろう。
ここに来たとき、青野さんをのぞいてみんな無視したり睨みつけてきたりして虐げてきたからね。って、誰かこっちに来たと思ったら……。
「……白石のあんちゃん、わしは味方するぞ!」
「あ、青野さん……嬉しいですけど、本当にいいんですか? 僕に味方したら、みんなに狙われますよ」
「それでいいんじゃ……。何故なら、わしはあんちゃんのことはいじめてないし、強い者につきたいからのう!」
「……」
な、なるほど。感動的な話が聞けるかと思ったら、ただ単に得するほうについたってわけか。確かに僕も青野さんの立場ならそうするかも。
って、あれ。なんか嫌な気配を感じると思ったら……タクヤとマサルが背後に立っていた。
「優也ちゃん、俺も協力するぜえぇっ」
「俺も俺も!」
「なっ……⁉」
僕は青野さんと困惑した顔を見合わせることになった。
よりによって、率先して僕をいじめてきた天敵の二人が味方するなんて、一体どういう風の吹き回しなんだ……?
まあ、二人にどういう意図があろうと、少しでも裏切る気配を見せたら即座に表舞台から退場させればいいだけだ。
あれから四日経った。
いよいよ明日、Gクラスの命運を賭けたサバイバルゲームが始まる。
「はぁ、はぁ……」
そんな切迫した状況の中、僕はいつものように異空間でトレーニングしていた。
どうして学校の施設でやらないのかっていうと、異空間を施設に変えることができたからだ。
部屋の内装を変化させることでスキルレベルも上げることができるし、気兼ねなくトレーニングできるしでいいことしかない。
施設の規模は劣るけど、自分が経験してきた懸垂棒、ランニングマシン、ⅤR格闘等の機器はしっかり揃ってるから大丈夫だ。
特に、探索者に人気のあるVR格闘を独占できるのは大きい。これで手持ちの武器の実験なんかもできるしね。くたくたになるまで体を鍛えた後は、普通の部屋に変化させてゆっくり休むこともできる。
ただ、この『異空間』スキルは『鑑定眼』スキルと違い、精神力を中程度消耗することもあってかなり疲れるんだ。
なので頻繁に変えるのはためらうし、今のところトレーニング施設→規模の小さい教会か神社→知力を上げるための図書室→普通の部屋が限界だ。
訓練で心身ともに疲弊してることもあって、これ以上変えると下手したら意識を失うため、スキルレベルが上がって部屋が増えるまでの我慢だ。
それと、規模がそこまで大きくなければある程度自由に変化できる部屋の中でも、ある個所だけは変えないようにしている。それはベッドだ。
ベッドの下に、従魔のメタリックスライム――クロムが隠れているので気を使っている格好だ。
それでも、クロムはそこから出てくれなくなった。それどころか、餌すら食べてくれなくなったんだ。
コロコロとまではいかなくても、定期的に部屋を変えるからストレスになっちゃったのかもね。スキルレベルが上がれば、もう一つ空間が増えるからそこにクロムを置けるんだけど。しょうがない。また一から信頼を築いていくしか――
「――ふわぁ、よく寝たモ……」
「え……」
誰の声かと思ったら、ベッドの下から、クロムが欠伸しながら出てきた。
「お腹空いたモ……」
「しゃ、喋れるんだ……?」
「うん。ベッドの下で勉強したモ。主のボクに対する声かけ、独り言、ベッドでの寝言を含めて、よく喋ってたから勉強したモ」
「なるほど……って、僕のことを主って認めてくれるの……⁉」
「モ……? もう、結構前から認めていたモ。世話をしてくれるお礼を言おうと思って、ベッドの上で主を待っていたモ」
「えぇっ……⁉ だ、だってあのとき、クロムは僕の顔見たら逃げたし、ずっと隠れてたじゃないか……」
「それは、気づいたら主の顔が目の前にあって、びっくりして警戒モードに入っただけモ。一度このモードになると体が勝手に反応して逃げてしまうモ。あと、ベッドの下が心地よすぎて、それで寝てることが多かったモ」
「へえ、そうだったんだ……って、寝てることが多かったなら、眠りながら言葉を覚えたってこと……?」
「そうだモ。危ないことがあったらすぐに逃げられるように、完全には眠らないモ」
「……な、なるほど。睡眠学習《スリープラーニング》ってやつか。さすが、レアモンスターのメタリックスライム……」
「主、そんなことよりお腹が空いたモ」
「あ、今すぐご用意します!」
「主、ちょっと待つモ。それじゃ、どっちが主がわからないモ……」
「あははっ」
このスライム、突っ込みも一流だ。さすが僕の従魔。
とにかく、これで準備は整ったといっていい。見てろ、必ずサバイバルゲームを勝ち抜いてやる……。
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そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
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