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第6話
しおりを挟む「う……?」
僕は不思議な場所で目覚め、周囲を呆然と見回した。
窓も扉も何もない、真っ白な壁と天井に囲まれた場所。ここはなんだ?
「あ……」
そうだ、そうだった。ここは異空間の中だ。
僕はあれから、学園内の雑貨店で必要なものを購入したあと、『鑑定眼』のレベルを上げるべく、通りすがりの生徒に無差別に使ったんだけど、スキルレベルが1なせいか一度も成功しなかった。
ただでさえ寝不足なのもあって酷く疲労感を覚えて、『異区間』スキルを使って入り口を出現させ、異次元の空間内に入ったところで気を失ったらしい。
異空間内は高さ、幅2メートルくらいの狭くも広くもない空間で、とても殺風景な部屋だった。そうだ。ここをイメージ通りの場所にしようと思ってたんだ。早速試してみるか。なんでもいいんだよね?
というわけで、西洋の宮殿そのものをイメージしたんだけど、何も起きない。あれ?
『エラー。現在のスキルレベルに合った空間をイメージしたほうが成功率は高くなります』
エラーメッセージが視界に流れてきた。なるほど。まあスキルレベル1じゃさすがに宮殿は無理か。広大すぎるしね……。
よーし、それならとばかり、公衆トイレをイメージしたらちゃんとできた。うわっ、これちゃんと使えるのかな? っていうか学校にあるから別にいいやってことで、窓から海や空が見えるお洒落な感じの部屋をイメージしたら、その通りになったのでまた驚く。
窓の外の景色はイメージにすぎないけど、ベッドとかテーブルとか、そういった小物もちゃんとある。こりゃいい。別荘みたいなもんだ。
あ、そういえば今何時だろう?
「……なんだ、まだこんな時間か……」
端末で現在の時刻を確認してみると、夜更けの2時を少し過ぎたところだった。
朝8時から始まる授業まで長いし、眠くもない。ということで、僕は思い切って従魔のメタリックスライムを出してみることにした。ここなら誰にも見られないしね。
「モ……?」
おおぉっ、闇色のスライムが異空間に姿を現した。感動的だ。思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるけど、警戒心が強いモンスターなので辛抱しなきゃ。
「怖くない、怖くないからおいで」
「モモッ……⁉」
メタリックスライムが、目を大きくして後ずさりする。ははっ……どう見ても僕のことを警戒してるね。さすがにいきなり懐くってことはないか。
ここは焦らずに少しずつ信頼関係を築いていかないと。
「うんうん。怖いよね。じゃあ、お近づきのしるしにこれ食べて」
従魔の餌用にと、雑貨店で購入しておいたネジとナットを一握り足元に置くと、僕は自分のほうから後ずさりした。
「……」
でも、メタリックスライムは食べようとするどころか、動く気配すらない。もう1時間くらい経ってるのに。
相当な警戒心だけど、ここは我慢だ。せめて、食べるところをこの目で見届けるくらいはしないと。
「……モ……」
お、ようやく動いたかと思ったら、メタリックスライムらしく素早く餌に近づくと、ネジとナットを口で器用に掬って食べた。咀嚼してるのかバリバリと小気味よい音が聞こえてくる。
「よかった。食べてくれた」
「モォ……」
スライムは食べたあと、僕を見上げながら元の場所へ後ずさりしていった。まだまだ警戒してるっぽいけど、食べてくれたこともあって余裕で我慢できた。
「また食べてくれよな、クロム。これは僕が考えた君の名前だ。真っ黒なスライムだからクロム。いい名前だろ?」
「……」
僕の笑顔を見て、不思議そうにまばたきするクロム。
「君の仲間のおかげで、僕はここまで色んなものを得られたんだからね」
そう。僕がバットでフルスイングして倒したメタリックスライム。あいつの分も幸せにしてやろうと思ったんだ。
「クロム、必ず君を幸せにしてあげるから……」
「モッ⁉」
「……」
クロムのやつ、壁にベチャッと張り付いて異様に警戒してるっぽい。そんなに僕の台詞とウィンクは不気味だったのか……。
そうだ。すぐに仲良くなろうなんて都合がよすぎるだろうし、これからちょっとトレーニング施設にでも行ってこようかな。レベルが上がれば上がるほどステータスも上がりやすくなるそうだし、それを試してみたいんだ。
校舎1階にあるトレーニング施設は、機材は古いし種類も少ないけど、24時間使うことが許されている。こういう場所で疲れて寝ていると、教師に見つかったら自分の部屋で寝ろって大目玉を食らうけどね。
あと、不良のたまり場にもなっているので深夜に行くのは避けたい場所ではあるものの、タイミング的に被ったんだから仕方ない。そこで鍛えまくって、不良どもを追い払ってやる。
そういうわけで、僕は異空間にクロムを残して、施設へ向かうことになった。
お、いるいる。不良たちが早速僕を見るなり睨みをきかせてきた。みんな揃いに揃ってごつい体してるから怖いけど、今更引き返したくもない。それに、ガンをつけるだけでも神山不比等さんのほうがよっぽど迫力がある。
僕は気にせず、空いている器具を利用して訓練を始める。まずは懸垂棒だ。
……ん、あれ? 普通ならちょっとでも回数を重ねるたびに苦しくなるんだけど、今回はまったく逆で、どんどん楽になっていった。
「ふう、ふう……」
よしよし、これで100回目だ。まだ疲れてないしもっといけそう。
「な、なんだあいつ、何回懸垂やるんだ⁉」
「すっげえ……。やるじゃん、あいつ」
「いじめられっ子の白石じゃなかったっけ?」
「べ、別人だろ。似てるだけだって」
「ははっ」
似てるだけってことにされてしまった。まあいいや。さて、上半身ばっかり鍛えるんじゃバランスが悪いので、今度はランニングマシンを使って下半身を鍛えてやろう。これも最初はきつかったけど、回数をこなすたびに疲労を感じなくなった。
ん-、なんか物足りないな? 速度をマックスにして、と。これでいいや。お、速い速い。これならちょうどいいや。ひゃっほう!
「「「「「……」」」」」
「なんか熱視線を感じる……って!」
いつの間にか、僕の周りをマッチョマンたちが取り囲んでいた。みんな呆然とした様子でこっちを凝視してるし怖すぎ、圧も強すぎ。このマシンを独占しすぎちゃったからかな?
「ご、ごめんなさい!」
僕は慌ててその場を逃げ出した。それにしても、いつもは訓練するとフラフラになるのに、まったくそんなことはなかった。ってことは、ステータスが大分上がったってことだろうから調べてみるか。
ステータス
名前:『白石優也』
年齢:『15』
性別:『男』
称号:『いじめられっ子』『Gクラス』『ラッキーマン』
レベル:『30』
腕力:『20』(+18)
俊敏:『19』(+17)
体力:『15』(+13)
技術:『2』
知力:『1』
魔力:『1』
運勢:『2』
MP:『0』
DP:『420』
スキル:『合成マスター』『鑑定眼レベル1』『異空間レベル1』
従魔:『クロム(NEW)』
武器:『ゼリーソード』
防具:『水の鎧』
道具:『無限の水筒』
素材:『神秘の羊羹』
「……」
うわあ、僕のステータス、いくらなんでも上がりすぎ……! 従魔のメタリックスライムの名前もちゃんと変わってて安堵した。今頃異空間で元気にしてるかな?
そうだ、鍛えたことでどれくらい逞しくなってるんだろう? そう思ってトイレに行って全身を確認してみたところ、体つきはそんなに変わってなかった。
もしかしたら、ステータスのほうが急激に上がりすぎちゃって、見た目がまだ追いついてないっていう可能性もあるか。
さて、次は教会に行ってみようかな。そこでお祈りをすれば魔力や運勢が上がるそうだから。魔力はあとで役立つかもしれないし、運勢は言わずもがな。
とにかくレベル30のステータスの上がりやすさを体験したくて、僕は教会へと急いだ。なんか足も速くなってるし全然疲れないしで快適!
「――アーメン……」
誰もいない教会の祭壇前、僕は目を瞑って神様に祈っていた。どうか、もっと強くなれますように。クロムとも仲良くなれますように。あと、猫娘みたいな可愛い獣人が従魔になりますように。ムフフッ……って、いくらなんでも欲張りすぎかな? 神様、欲深き僕をお許しください……。
ん、物音がしたので振り返ったら……僕の天敵がすぐ近くにいた。
「よお、優也ちゃん。探したぜえぇ……」
「おい優也、覚悟はできてるんだろうなあ⁉」
「あわわ……」
長髪ピアスのタクヤと、金髪坊主のマサルだった。
「な、なんの用事かな?」
「あぁ? お前をいじめに来たに決まってんだろおぉ……?」
「そうそう。それと、前回の借りを返させてもらうぜ!」
「こ、このっ!」
そうはいくかとばかり、僕が顔面を殴ろうとすると、タクヤが嫌らしい笑みを浮かべつつコンクリートブロックでガードしてきた。しまった。罠を仕掛けられたんだ……。
「げへへ、優也ちゃんのおてて破壊……って⁉」
「う、嘘だろ。マジかよ⁉」
「あ……」
僕はコンクリートブロックを拳で粉々に粉砕していた。拳も全然痛くないし、腕力値20ってこんなに威力があるんだ……。
「ゆ、優也ちゃん、化けものかよぉ……お、覚えてろぉっ……!」
「ゆ、優也っ、ま、またいじめてやっからなっ!」
「う、うん。またね……」
二人とも、顔面蒼白になって逃げ出していったけど、性懲りもなくまだやる気なのか……。
でも、いじめっ子がいなくなって安堵しちゃうのは、負け犬根性が染みついちゃってるからだろうね。
あ、そういえば今思い出したけど、魔力って精神力でもあるんだったかな。授業で猪川先生が言ってた気がする。それを鍛える意味でも、もうちょっとお祈りしとこう……。
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