外れスキル【釣り】で大物が釣れた件。

名無し

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56話 追憶

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「そこまでよ!」
「……なっ……?」

 戦闘が始まってから終わるまで、常に一定だった俺の心に初めて波紋が生じた瞬間だった。コレットの首筋にラシムが短剣を押し当てていたからだ。

「カレル、よく聞きなさい! 少しでも動いたら、あんたの大事な大事な奴隷の首を掻っ切ってやるんだから!」
「ラ、ラシム……お前……どこまで……一体どこまで堕ちれば気が済むんだ……」

『カレル……あたしね、あなたのことだーいすき♪ おとなになったらけっこんしよーね!』
『う、うん……』
『あ、ちょっとまよってる!? もー、ぜったいだからね!』
『うん!』

「……」

 幼い日の記憶の欠片が脳裏をよぎる。

 あの頃、結婚の約束をした幼馴染のラシムは、もうとっくにこの世にいないんだと悟った瞬間だった。そうだ、月日が経てば人も変わるし、大切なことを忘れてしまうことだってある。

 思えば俺も、長い間近くにいることであいつらの気持ちをわかった気になっていたのかもしれないし、その分無遠慮になっていたのかもしれない。灯台下暗しというやつで、実は身近にいたからこそ気付けないことも多かったんじゃないかって。

 ……けど、そうだとしてもまさかこんな風に変わってしまうなんて……。俺がいけなかったのか、それともほかの誰かが悪かったのか……いや、もうよそう。今となってはまったく意味のない思考だ。

「今よ、ヨーク!」
「ぐぐっ……ざ、雑魚めがぁぁ……!」
「うっ……」

 まずい……。避けようとはしたがもう遅くて、後ろからヨークに羽交い絞めにされてしまった。【弱体化】された上に疲弊しきったこの体では、振り解くことはもう限りなく不可能に近いだろう。

「カ、カレルさん! 私のことはいいですから、やっつけちゃってください!」
「はあ!? 本気で殺すよ!」
「ぐぅ……?」

 コレットの首筋が血で滲むのがわかる。

「や……やめろおぉっ! 俺の負けでいい! だから……だからコレットだけは傷つけるな!」
「……ひっく……カレルさあん……私、足を引っ張ってばかりで悔しいです……」
「足を引っ張る……? そんなわけないだろ、コレット。俺はお前がいたからここまで来られたんだ。大好きだ、コレット……」
「……カレルさん……嬉しいです。こんなときじゃなければ、もっとよかったのに……ぐすっ……」
「おい……今がどういう状況かわかってんのか、雑魚ども……」
「そうよ、なんであんたたちなんかのきんもいショーを見せつけられなきゃなんないの? ねえ……」
「い、いや……」

 コレットの首筋から流れ出る血の量が多くなって服を汚していく。あれはどう見てもただの短剣だが、おそらくラシムの【武器強化】が効いてるんだ。ダメだ、このままじゃ……でもどうすればいい。もうこいつらは正気じゃない。下手なことをしたらコレットが本当に死んでしまう……。

「や、やめてくれ! なんでもするから……なんでもするからその子を傷つけないでくれ!」

 平常心維持能力なんて、この状況じゃなんの意味も持たなかった。こんなにもコレットが俺にとって大事な存在になっていたなんて夢にも思わなかった……。

「ヒュー、聞いたか、ラシム」
「うん……意外。相当大事なんだね、こいつ。亜人だしただの性奴隷かなって思ってたけど……」
「俺が悪かった。だから、コレットだけは助けてやってくれ。この通りだ……」
「……雑魚が、散々舐めた真似しておいてそりゃないだろ。ラシム、そいつ沈めちゃえよ。すぐ殺しちゃったら面白くないし」
「任せて。ほら、とっとと歩きなさいよ!」
「な、な……」
「い、嫌あぁ! カレルさあん! ……ごぽっ……」

 コレットが湖に落とされ、肩まで浸る状態にされたかと思うと、ラシムが満足げに彼女の髪を掴み、持ち上げては沈ませるということを繰り返していた。

「やめてくれ……! 頼む……頼むから……」
「アホか、やめるわけないだろ? このままお雑魚君の大事な大事な奴隷ちゃんがさ、苦しみながら死ぬのをちゃーんと見届けるんだよ……?」
「コ、コレット……」

 嫌だ、見たくない。けど……それでも見なきゃいけない。ここで俺が目を瞑ってしまったら、それこそ彼女が生きる希望までも失うような気がして。だから彼女の縋るような視線だけでもこの目で掴んであげたくて……。

「――ぼ、僕が引き摺られてる? こ、こいつ、【弱体化】が効かないのか?」
「アハハ、見てよ、ヨーク、この奴隷しぶとい! 早く溺れ死ねばいいのにい」
「ラシム! もういいから押さえつけて殺しちゃって! こいつの馬鹿力でそっちに引き摺られてる!」
「うんっ。ほらほら、さっさと沈みなさいよお!」
「カ、カレルさ……ごぽっ……」
「コレット……今助ける、だから……だから死なないでくれ……」

 コレット、どうか無事でいてくれ。彼女さえ助けられるなら……それさえかなうならほかのことはどうだっていい。自分の命もいらない。

『……そ、そんな……ごめんなさい……。でも、死ぬなんてそんなの嫌です。お願いですから死なないでください……』

『……それは……二人だけで暮らす家です……』

『……はい。カレルさんの側にいたいってことです! いけませんか……?』

「……」

 どうしたんだ? コレットと過ごした出来事がどんどん脳裏に浮かんでくる。

『……ごめんなさい、カレルさんの足を引っ張っちゃって……』

『……はい。あのままあそこにいたら、カレルさんがずっと遠くへ行っちゃうような気がして……』

『……えぐっ。だ、大丈夫、です。泣いてません、ほら……!』

 そうだ、本当に辛かったとき、俺の側にはいつだって彼女が……コレットがいてくれた。

『あ、それも考えてました。カレルさんと一緒に空を飛べていけたら楽なのになあって……』

『……でも、大丈夫です。カレルさんにもし何かあればすぐ一緒にお墓に入りますから、寂しくありません。これからもずっと一緒です……』

 そうだ、コレット。俺たちはずっと……これからもずっと一緒だ……。
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