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35話 壁
しおりを挟むいずれも岩壁を深く抉るようにして形作られた洞穴の中で、一際異彩を放っているものがあった。
まるで巨人の顔が大口を開けて悲鳴を上げているかのような洞窟があり、雰囲気がそこだけまるで違っていたのだ。やはり冒険者たちも一様にそこへ向かっていて、俺はあの洞穴こそが初級ダンジョンの『嘆きの壁』に通じる場所だと確信を持った。
「……うぅ。カレルさん、『嘆きの壁』ってなんだか怖そうなところですね……」
「おいおい……コレット、どうした? 俺を守ってくれるんじゃなかったのか?」
「ま、守りますともっ!」
「……ププッ」
「あ、笑いましたね!」
コレットの強がる仕草があまりにもぎこちなくてつい噴き出してしまった。ただ、冒険者たちが次々とあの口に吸い込まれて消えていくもんだからその気持ちは痛いほどよくわかる。やがて、俺たちも不気味な大口のすぐ前までたどり着くが、その存在感の凄さを目の当たりにしてしばらく動けなかった。
「行こう」
「……」
「コレット?」
「……あ、はい!」
コレットの足や翼が震えてたから、周りの冒険者の目はあるが構わず手をつないでほぼ同時に飛び込んだ。
「「あっ……」」
急に目の前が真っ暗になったかと思うと、視界が徐々に明瞭になっていき、気が付けば俺たちは大きな洞窟の中でぽつんと立つ格好になっていた。さっきまでの光景とはまったく違う。ここが初級ダンジョンの一つ『嘆きの壁』ってわけだ……。
青白く光る壁、滴り落ちる水滴、得体の知れぬ羽音や蠢く影、ひんやりした湿り気のある空気に不気味な足音……リーダーから大体のことは聞いていたが、いざ本物を目にすると迫力があって頭が真っ白になってしまう。
「ダ、ダンジョンってこんな感じなんですね……」
「……そ、そうだな」
コレットもそうなのか、俺の側で呆然と周囲を見渡している様子だ。しかしいつまでもこうして恐怖の壁の前で立ち止まっているわけにもいかない。早速攻略に向かわないとな。
広大なダンジョンだが、クリア条件はとても緩くて五種類のモンスターをそれぞれ一定数倒すだけでいいらしい。出現モンスターの名前はエンシェントワーカー、スケルプリズナー、フェイクバット、ブラッディハンター、ロッテンオーガといって、どれも攻撃動作や歩行スピードが遅いのが特徴であり、余程致命的なミスを犯さない限り死ぬようなことはないそうだが、マップがやたらと広い上に出入り口は一つしかなく、また同じような場所が多いために初心者はそれなりに苦労するとのこと。
さらに最も気をつけなければならないことは、ここがほかのパーティーと遭遇する可能性のある共有ダンジョンでもあるということ。基本的にこの手のダンジョンではお互いのスキルを知らない以上、争うのはモンスター相手以上にリスクが大きいため相互不干渉が決まりのようなのだが、訪れる冒険者の数だけ考え方がある以上、何が起きてもおかしくないので決して油断はできないとのことだ。
モンスターを相手にするだけでもきついのにほかのパーティーと争うなんて正直考えただけでゾッとする話だが、階層が一つしかない分長大な面積を誇るため、やたらと冒険者で混んでいる日を除いて、どこか目印のあるようなわかりやすい場所でずっと留まることさえ避ければ誰かと会うこと自体珍しいとのことで、そこまで心配はいらないそうだ。とはいえ、あいつら――ヨークとラシム――と偶然会ってしまう可能性が少しでもあることを考えたら、なるべく早くクリアしてしまいたいところだ。
「そろそろ探索を始めるか、コレット」
「……は、はいっ!」
さすがのコレットも動揺を隠せない様子。まあ俺もそうだが初めてのダンジョンだしな。無理もない……。
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