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第四十六話 理解が追いつかない
しおりを挟む「り、理沙……」
「真壁さん……」
どうしてこうなったのか、何故こうも胸が高まるのか、体が異様に熱を発して、自分の体が自分のものじゃないかのように、わけのわからない激流に呑み込まれてしまうかの如く、俺は今にも理沙と唇を交わそうとしていた。
「――うっ……?」
「ま、真壁さん……?」
「あ、あれ……」
今、強い殺気を感じてその方向を見たが、誰の姿もなかった。確かに誰かいたような……。
「ちょ、ちょっとトイレ」
「あ、はいっ!」
廊下に出ると、膨れっ面のあいつの姿がすぐ近くにあった。
「る、流華……いるならなんで入ってこないんだよ。お前も見舞いに来たんだろ?」
「バカ! あんな光景見たら入れるわけないでしょ! あっ……」
はっとした顔で口を押さえる流華。
「そ、それはそのときの流れってやつで……っておい、どこ行くんだよ!?」
「いいからついてきなさい……! 話があるから……!」
「え、ええっ……!?」
俺は流華に強引に引っ張られる格好で走らされ、エレベーターに乗り込んだ。
「な、なんの話だよ。その場でできないことなのか……?」
「そ、そりゃそうでしょ。理沙についてだから、本人に聞かれたら困るし……」
「……」
理沙についてだって? じゃあ理沙の見舞いはついでで、俺がいることを見越してここへ来たってわけか。そういえば、流華と理沙の関係性っていまいちよくわかってないんだよな。どこか似た雰囲気を持った子だとは思ってたが……。
「――いずれは話さなきゃいけないことだと思うから……」
神妙な顔をした流華に連れられてきた場所は、少しひんやりとした風が吹く病院の屋上だった。
「話って一体、なんなんだ? 理沙が、実は重い病気だった、とか……?」
母さんがそういう病気だったこともあって、それだけはないと思いたい。
「そんなんじゃないの。ほら、前にインヴィジブルデビルについて話したことがあったでしょ?」
「ん、ああ。昔ダンジョンで探求者を殺してたけど、姿が見えないからそう呼ばれたっていうやつのことか。それが理沙となんの関係があるんだ?」
「その犯人がね、理沙なの」
「……え?」
あの理沙がインヴィジブルデビル? 探求者殺しの犯人……? 理解が追いつかない。あんな優しい子が……。
「信じられないのはよくわかるわよ。今の理沙は昔とは別人だからね。でもそれは記憶を失ったからなのよ……」
「記憶を失った……?」
「そう。あたしと戦ったことで……」
「え……」
流華の口から、次々とすぐには信じられないような言葉が飛び出す。
かなり前のこと、500階層のボスが極稀にドロップすると言われる不老不死のアイテムが出たことで、味方同士でそれを巡って殺し合いが始まり、止めようとした流華も瀕死の重傷を負って倒れてしまったとか。
意識が回復したとき、そこでは全員倒れていて血の海が広がっており、その中の一人が親友でもあった味方に背中を刺された状態で亡くなっていて、手には不老不死の薬が入った小瓶が握られていたとのこと。
意識が朦朧としていた流華は、このままでは死んでしまうと思って後のことも考えずに瓶を開けて飲み干したんだそうだ。
その日以降、不老不死にはなったものの人間不信に陥った彼女は、探求者同士の争いをなくすため治安部隊として活動していて、ちょうどその頃に現れたのがインヴィジブルデビルで、攻撃スピードが尋常でないとされる類い稀なる剣術使いだったため、それを倒すために毎日死ぬほど訓練したという。
ようやく見えない悪魔との対決が実現したものの、理沙も不老不死だったために決着が一向に着かず、気付いたときには理沙がぼんやりとした顔で倒れていて、ここはどこなのか、自分が誰なのか訊ねてきたらしい。
その理沙を引き取ってくれたのが、流華だけでなく理沙もよく通っていたという例の駄菓子屋だったんだそうだ。本当に衝撃的な話だった……って、待てよ。それじゃ理沙の記憶が戻り、インヴィジブルデビルが目覚めてしまったら一体どうなるんだ……。
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