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第三十五話 まさに次元が全然違っていた
しおりを挟む「さあ、来たまえ」
俺に向かってクイクイと手招きをする攻魔術士。正直楽しみだ。一体どんなものをプレゼントしてくれるのか……。
「ウォール兄貴、頼みやした!」
「ウォールどん、よかとこば期待しちょるでごわす」
「ああ、任せろ」
男二人の応援を受け、敵のブーイングをバックにやつと対峙する。
「おい、筋肉バカ! 少しは先生を楽しませるんだぞ! あ、無理かっ」
塩禿げが嫌らしい笑みを向けてきて本当におぞましい。ついでにこいつからも盗んでやるつもりだが、一体何がいただけるんだろうか。
「――うっ……!?」
一歩足を踏み出したときだ。体中に強い痛みと風圧を感じて、俺は腰を低くして両腕を交差し頭をガードする態勢になる。
「うぐっ……」
俺が苦しむ姿を見せたことで大歓声が巻き起こるのがわかる。これは《風刃》といって、実用的な攻魔術の中でも初歩のものなんだが、これほどの威力と風圧を出せるとは、さすが英雄の師なだけはある。
「どうした、若造! もう終わりかね!?」
「口ほどにもないなっ! この筋肉達磨めがっ!」
「……」
勝利を確信したのか、塩禿げが吼える吼える。
「あー、痒いな」
俺の台詞でホール内がざわめくのがわかる。これだけ人がいると反応がいちいち大袈裟に伝わってくるから面白いな。
「なっ……? せ、先生、こんなの強がりですぞ! もっと痛めつけてくださいっ!」
「うむ。少しはやるようだが、これはどうかな――」
「――っ!?」
お、今度は《氷牙》か。俺の上腕部に凍えるようなものが噛みついてきて、《風刃》よりも強い痛みを感じる。体の一部のみだが、麻痺して感覚がなくなるほど強烈だ。
「コホンッ。まだやるのかね……?」
「とっとと先生に降参せんか、ゴミめがっ!」
「んー……今のは確かにちょっと痛かったが、それでもつねられた程度かな」
麻痺したおかげか、痛みもそんなに感じなくなったしな。
「ちっ……。ならばこれはどうかな……!?」
「……えっ!?」
気付いたときには、俺の体が大きな岩に押され、壁に押し付けられていた。
「さらに……おまけだ!」
「がっ……」
俺の周囲に猛烈な火柱が上がる。攻魔術の《岩突》と《炎柱》の連続攻撃だ。強い圧迫感に加え、高熱によって息がまともにできない状態に陥ったが、すぐに慣れた。
「ふー……いい運動になった」
「こ、こやつめ……ならば……!」
「はっ……?」
岩と炎が消えたかと思うと強烈な光の塊がぶつかってきて目がおかしくなった上、殴られるような衝撃が次々と体に伝わってきた。これは、視界を奪う効果もある《光矢》か。
「ついでにこれもお見舞いしてやる……!」
「むぐっ……」
円状の闇が舞い降りてきたかと思うと、俺はそれに縛りつけられる。《闇錠》だ。動けなくするだけでなく、どんよりとした気分にさせる攻魔術だ。
いやー、上位の攻魔術を立て続けにやるなんて、凄いな。四大元素に加えて、光と闇も完備だなんて。英雄の河波琉璃でさえ、四大元素のうち使えるのは二つのみで上位の攻魔術に関しては闇しか持ってないというのに。
「はぁ、はぁ……ど、どうかね……」
「んー……もう終わりか?」
ただ、威力に関しては褒めたくないが河波琉璃のほうが大分上だ。
「ぬ、ぬうぅぅ……」
「せ、先生、ご心配なくっ。やつめはタフさだけが頼り。先生がアレを使えば一瞬で終わりでしょう!」
「……うむ、仕方ない。そこまでしたくなかったが、このままではメンツが保てんからな……」
「……」
お、いよいよ最高の攻魔術とやらを見せてくれるらしい。
「――この私に挑んだことをあの世で悔やむがいい! はあぁっ……!」
「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉっ!」」」」」
割れんばかりの会場のどよめきとともに、俺の体に色んなものが飛び込んでくるのがわかった。こ、これはなんだ……。
「フッフッフ……見たか。これぞ至高の攻魔術、《刹那》……!」
それまでの攻魔術とは、まさに次元が全然違っていた。四大元素どころか光と闇も混じって、森羅万象のような多様なエネルギーが俺の全身をほんの一瞬で縦横無尽に駆け巡り、内部から蹂躙していく感覚……。俺が前のめりに倒れたとき、大歓声が沸き起こるのが耳に届いた。
「――死体を片付けなさい」
「さすが先生っ! お見事っ! まったく、バカな筋肉達磨めが……って、もうただの死体か――」
「――誰が死体だって?」
「「え……?」」
俺は何事もなかったかのように立ち上がると、やつらに曇り一つない笑顔を見せてやった。
「あいにく、俺には得意の防魔術があるし、なんでも受け流せる技術もあるんでな」
防魔術とはもちろん《治癒》や《堅固》のことで、なんでも受け流せる技術とは《浮雲》のことである。これによってタイミングさえ合えばの話だが、攻魔術も受け流せることがわかったのだ。体術にもまた、呼び方が違うだけで気の流れ、すなわち攻魔術や防魔術のような精神を使う技術が含まれていることからヒントを得たってわけだ。
「ぎっ……?」
「免許皆伝とかいったな? お前の一番のお宝、貰っていくぞ……」
俺は隠し持っていた手袋を右手に装着し、《加速》によって攻魔術士の懐へ飛び込むと、その間抜け顔を掴んだ。パーソナルカードを確認してみると、《刹那》という文字が確かに追加されていた上、カードは真っ黒に染まっていた。よーし、上手くいった。これで俺は治安部隊さえも震えあがるというブラックカードの持ち主になれたってわけだ。まだFランクだけどな……。
「ひ……ひいい――」
「――待てよ、コラッ!」
俺は逃げようとした塩禿げの首根っこを左手で掴むと、やつの顔面に右手をめり込ませた。こいつの場合ただ盗むために触るだけじゃ物足りんからな。
「ぷぎいっ!」
入れ歯とともに間抜けな声が飛ぶ。さて、こいつは何をくれるのか……と思ったら女性物の下着だったので思わず足元に捨ててしまった。こ、これがこいつの一番のお宝だと……?
「ふがっ! わ、わしにょ〇×◆▽しゃんにょ、しちゃぎ……っ!」
「……」
やつは真っ赤な顔で心底愛おしそうにパンティーを抱きしめていた。そういや、当時学校で一時期下着泥棒が流行ってたような。なるほど、そういうことか。どこまでもおぞましいやつだ、本当に……。
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