やつはとんでもないものを盗んでいきました。それは相手の一番大事なものです。

名無し

文字の大きさ
上 下
30 / 52

第三十話 今までにない充足感があった

しおりを挟む

 四畳しかない狭い部屋で、男三人が向かい合う光景はなんともシュールだ。俺と、弟子になったばかりのコージ、それに六さんだ。

 しかし、まさか駄菓子屋の二階がだったとはな……。

「ふー、ひでぇ目に遭いやしたぜ……」

 コージは以前よりさらにげっそりしちゃってる。あの婆さんにしつこく追いかけられてたからな。結局捕まって箒で尻をバシバシ叩かれてたが……。

「コージどん。まさか、今日来るとは思わなかったっす。それも、真壁どんと」

「いやー、あっしもまさか、真壁兄貴が既に六さんやみんなと知り合いだったなんて思いもしやせんで……」

「どうぞー」

「「「あっ」」」

 誰か入ってきたと思ったら、鑑定士の館花理沙だった。両手に持ったお盆には、湯気を立てる湯呑み茶碗が三つあった。

「な、なんで理沙ちゃんが?」

 コージはきょとんとしている。彼女がここまで来るのは珍しいんだろうか?

「コージどん。真壁どんは理沙っちのお婿になる人っす」

「えええっ。そりゃめでてぇ!」

「ふふっ……」

「……」

 なんとも気まずい。理沙は否定せずに俺に笑顔で小さく手を振ってきた。一応返したが……なんとも痒いな。無性に頭を掻きたくなる。

「では、ごゆっくりどうぞっ」

「理沙ちゃん、お仕事頑張るでやんすよ」

「頑張るっす」

「が、頑張れ……」

「はーい♪」

 理沙が去って、お茶を啜る音が空間を支配する。……なんか体が火照ってきちゃったな。

「窓開けようか」

「あ、そういうのは弟子のあっしに任せてくだせぇ」

 コージが素早く窓を開けてくれた。……ん? なんか見覚えのある子が店の前に立ってる。

 あ、あれは……ムゲン――廻神流華――だ。こっちを見上げてあっかんべーしたかと思うと、足早に立ち去っていった。……なんだよあいつ。ここまで俺を追いかけてきたのか? しつこいやつだ……。

「あ、あの子はもしかして、真壁兄貴のでやんすか!?」

「……そりゃ一大事でごわす……」

「……」

 気付くとコージと六さんが俺の両脇にいて目を光らせていた。さすが情報屋と新聞屋なだけあって、こういうのにはすぐ飛びついてくるな。しかし、妙に眠い。何故だ……あ……。

 壁に掛かった時計を見たら、もう夜の十一時を過ぎていた。商店街が明るいせいで気が付かなかったんだ。寝るとしよう……。



 ◇◇◇



「おはよう。コージ、六さん」

「おはようでやんす、真壁兄貴!」

「おはようっす、真壁どん」

 このアジトは窮屈なんだが、昨日は何故かよく眠れた。それだけ疲れていたのもあったんだろうが妙に安心感があるんだ。六さん、コージ、婆さん、理沙……みんな癖はあるがいい人だからな。

 それにしても、コージはグレーカードCなのにさらに上を目指してるのは何故なんだろう。

「兄貴、六さんを連れて食事にでも行きやすか?」

「ちょっと待ってくれ、コージ。その前に少し話を聞きたい」

「へい」

「お前、これ以上強くなりたいみたいだけど、なんでだ?」

「……仇を討ちたいんでやんすよ」

「……例の、子供のか?」

「へい」

「……」

 ダンジョンで死んだとか言ってたが、モンスターじゃなくて探求者の誰かに殺されたのか……。

「ダンジョンじゃ目撃証言があまりないんでやんすが……が現場近くをうろうろしていたって聞きやした……」

「……」

 筋肉隆々、か。まさか般木道真のことじゃないだろうな。あいつならありえそうだ。そういや水谷に殺されたんだっけか。あいつのことだからしぶとく生き延びてるような気もするけどな。ただの勘だが……。

「どうかしやしたか?」

「あ、いや。そいつが強いかどうかはおいといて、コージはグレーカードCなんだろ? 今のままでも倒せるんじゃないのか?」

「……あっしのせがれは、当時グレーカードBの探求者でして……」

「……」

「必死にあっしも仇を取ろうと強くなってやっとCになりやしたが、もうこれ以上は自力じゃ難しいと……」

「それで俺に白羽の矢を立てる形になったわけか」

「へい。そこまで強そうなのはなかなかいやしませんで……」

「あの婆さんに教えてもらうのはどうだ?」

「鬼婆はもう歳でやんす……」

「……まあな」

 あの様子だとまだまだやれそうだが……。

「あと、あっしが目指してるのはAでありやす」

「……」

 俺を選ぶくらいだからコージの眼力は確かなんだろう。

「自分で仇を取りたいんだな」

「へい、兄貴に鍛えてもらって、是非この手で……」

「それなら鍛えてやってもいいが……」

「ありがてえ。もちろん、ただでやってもらえるとは思っていやせん。既に、英雄たちの情報は掴んでおりやす……」

「お、早いな。もしかして俺が寝てる間にか?」

「へい」

 これは面白くなってきた。しかも六さんは落陽新聞の記者だ。水谷たちを英雄の座から引き摺り落とせる日も近いな……。

「――みなさん、おはようございます。朝食、持って参りましたっ」

「「「おおっ」」」

 理沙の登場で俺たちの声が見事に被る。

「はい、どーぞっ」

「……」

 みんなの前に食事が置かれたわけだが、俺のだけハートマークのおかずだらけだった。

「ふふっ……」

 俺が照れるのがおかしかったのか、理沙が口に手を当てて笑っていた……。

「兄貴に嫉妬しやした。あっしもハートを頂きやす」

「おいどんもっす」

「あっ、お前ら!」

「こらー」

 コージと六さんに幾つか盗られてしまった。お、俺としたことが……。

「あはは……」

「うふふ……」

 気が付くと俺は理沙と目を合わせて笑っていた。なんだろう。今までにない充足感があった……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。 蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。 呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。 泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。 ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。 おっさん若返り異世界ファンタジーです。

処理中です...