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第二十七話 幸せなやつには不幸なやつの気持ちなんてわからない
しおりを挟む『ここで速報です。我らの英雄がまたやってくれました!』
「ん……?」
喫茶店内のテレビに目をやる。英雄って……あの汚物のことか。あいつらがまた新たな階層に進んだんだろうか。
……あれ? そう思ったが、何か様子がおかしい。スタジオの中には感極まった様子で涙を見せるやつもいた。
『あの水谷皇樹さんが……くっ、仇をとったのです!』
仇だと……? どういうことだ。ま、まさか……。
『卑劣な道場破りの犯人をダンジョンで仕留めたんです!』
……そうか、俺が殺したあの剣術道場の師範は水谷の師でもあるんだ。ってことは……。
『犯人が般木道真であることは捜査本部も把握していたものの、グレーカードの持ち主であるため、被害を拡大させるわけにもいかず静観するしかなかったのですが……師を殺された英雄は決してあきらめてはいませんでした……!』
このままテレビを見ていたらコーヒーが逆流してきそうだ。酸っぱいのがこみあげてくる。うぇっ、もう限界だ。
……しかし、あいつが殺されるなんてな。正直信じられない。何かの間違いじゃないか? さっきまでダンジョンにいたのに……。
ん、待てよ。ってことは水谷もダンジョンにいたってことだよな。それも、同じ時間帯、階層。なのに、やつの姿は一切見えなかったが……。なんか引っかかるな。……あ……。
「……インヴィジブルデビル……」
「えっ……」
俺の呟きでムゲンの顔色が変わった。
そうだ。水谷がその見えない悪魔だったんだ。ムゲンが言ってたインヴィジブルデビルと同一ではないかもしれないが、あのパーティーを惨殺したのはやつに違いない。
一体、やつがなんでこんなことを……? 英雄にまでなって崇められてるのに、なんの関係もないパーティーを殺すなんて……。さすがにこればかりはわからない。あいつの動機なんて考えたくないってのもあるが。
「ウォールさん、なんでその名前を出したの?」
「……いや、こっちの話」
「……」
ムゲンは不満そうに黙ったが、説明する必要はないだろう。とにかくやるべきことは決まった。動機はともかくやつが無差別殺人を繰り返してるならまたダンジョンへ行けば巡り合えるはずだ。見てろ、この手袋を使って英雄の座から引き摺り落としてやる。
「……処分」
「ん?」
「その手袋を処分してよ。あなたの父親が望んだことよ」
「……で、その証拠はあるのか?」
「そ、それは……」
まあないだろうな。たとえこのムゲンという子が言ってることが真実だとしても、この手袋を処分するつもりなんてないが。これを失えば、俺は奪われるだけの惨めな人生に戻らなきゃいけなくなる。奪われる前に奪うんだ。何もかも……。
「その手袋をどうして、あなたの父親が息子に使ってほしくないとあたしに言ったのか、よく考えて」
「……」
「欲望を突き詰めていけば、その先にあるのは虚しさなの」
「不老不死のあんたに言われてもな……」
「これは……色々事情があって……」
「どんな事情だよ」
「そ、それは……」
うつむいてしまった。よほど言いたくないんだろう。
「と、とにかく、お願い、ウォールさん……」
「なあ、これがなくなったら俺はどうすりゃいいんだ?」
「え?」
きょとんとした顔をされた。この子が己の主張や正義を貫きたい気持ちはわかるが、そこから他人がどうなろうが知ったこっちゃないよな。
みんなそう言うんだ。頑張れば君もきっとできる。夢はいつかかなう。できないのは努力が足りないから……。みんな決まって上から目線で、得意そうな面してそう言いやがる。
「幸せなやつには不幸なやつの気持ちなんてわからない」
「……あなたが不幸だと思ってるのは、その手袋があるからでしょ? だって、そんなに綺麗な顔しても、若くなっても、強くなっても……奪っても奪っても足りないんでしょ? これから先も、ずっと……」
「……はあ? それはまだ奪い足りてないだけの話だろ。本当に欲しいものを! あんた、鑑定士の子と同じようなことを言うんだな」
「えっ……」
なんだ、今の顔。凄くダメージ受けてそうな面してたな……。
「なんだ、知り合いか?」
「え、えええ、えっと……」
明らかに動揺してる。変なやつだ。まあいいや。知り合いだろうとなんだろうと関係ない。もうお別れだ。
「じゃあ俺は行くからな。金は払っとくから」
今日の狩りで三日分くらいの食費は稼いだわけだが、俺はずっとサボってたんだしこっちがおごるのが普通だろう。
「……あ、あたしと暮らしましょう」
「……は?」
な、なんだこいつは……。
「その手袋を捨てて、あたしと結婚するのよ」
「頭おかしいんじゃないのか、あんた」
「そ、そうよ、あたしは変人よ」
「……」
認めやがった。そういや胸揉まれてもあの対応だったし相当変なのかもな。
「でも……あなたがとても不幸なのはわかるの。そんなあなたを許せない……」
「……はあ? 不幸なやつなんていくらでもいるだろ。もっと不幸なやつを見つけて幸せにしてやればいい。なんで俺にこだわる? 俺がイケメンだからか? ああ、そうか、この手袋を持ってるからか」
「……はっきり言うよ。その思考が不幸なの。お願いだから、その手袋を捨てて昔のような素直な子に戻って……」
「俺が本当に不幸なとき、助けてくれたのはこの手袋を渡してくれた人だ。あんたは何もしてくれなかった」
「……それは……一緒にいたらどっちも辛くなると思ってためらってて……不老不死っていつも相手が死ぬのを待つだけだから。一緒に歳を取ることができないから。でも、あなたがそんな呪いのアイテムを持つくらいならって……」
ムゲンの目には涙が滲んでいた。俺より長く生きてるくせに人に幻想を見過ぎだ。人間ほど薄汚い生き物はいないと思う。
「残念だがダメだ。この手袋が呪われてて、その結果俺がどんな惨めな目に遭ったとしても、それでもいい」
「そんな……」
俺から人生を奪ったやつらを不幸にすることこそが俺の幸せなんだ。邪魔をするなら誰であろうと容赦しない。
見てろ……最後に俺の体が燃え尽きて灰になり、この手袋だけになろうと……やつらから大事なものを奪いつくしてやる……。
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