やつはとんでもないものを盗んでいきました。それは相手の一番大事なものです。

名無し

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第二十五話 なんで生きてるんだ

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「……こいつは酷いな」

「……だね」

 見るも無残だった。

 86階層のスタート地点から真っすぐしばらく歩いたところにある十字路付近、例のパーティーがただの肉片になって寄り添っていたのだ……。

 転がっている首にはどれも見覚えがあった。バラバラになった手足は最早混然となっていて誰のものかもわからない状態だったが……。

 なんとも気持ち悪いが、それだけだ。なんの感情も湧かない。ムゲンも同じ気持ちなのか無表情だった。

《陽光》を展開させながら周辺の様子を窺うも、俺たち以外に誰もいる気配がない。血の匂いにつられたのか、フローズンゾンビが5匹ほど這ってきたがムゲンがすぐに一蹴してしまった。彼女はこんな光景を前にしてもまったく恐れてないように見える。相変わらず大人びている少女だ。

 インヴィジブルデビル、か……。

 この言葉を口にしたとき、ムゲンが露骨に顔色を変えていたのを思い出す。姿が見えないだけじゃないぞ。かなりの手練れだこれは……。

 普通は壁に赤い手形が残っているとか、死体があっちこっちに散らばってるとか、逃げようとした痕跡が多少あるものだがそれらがまったく見られない。

 ……おそらく、パーティーは襲撃されて悲鳴をあげるも、逃げる暇もなくバラバラにされたのだ。それを遠くから目撃したであろうあの遅刻した男でさえ追跡による致命傷を受けている。やった相手が本当にそのインヴィジブルデビルなのか確証はないが、相当に手強い相手なのは間違いなさそうだ。偶然、通りかかったパーティーを惨殺したんだろうか。

 誰であろうと絶対に逃さないという執念を感じる。姿を見られたわけでもないだろうに……。だとすると相当立場的に上のやつで、殺し方にも特徴があるやつなのかもしれない。見るやつが見ればわかるような殺し方だったのだろう。

 確かに、遺体ですら俺が見れば犯人が剣の達人なのはわかるが……。殺すところまでは見てないからそれくらいしかわからないな。

「なあムゲン、インヴィジブルデビルってやつも剣を使ってたのか?」

「……うん。達人」

「じゃあ、やっぱりそいつの仕業じゃないのか?」

「……」

 ムゲンはまた押し黙ってしまった。今のところほぼ間違いなさそうだが、それでも確信できないらしい。やつが現れればはっきりするわけだが、出てくるのは壁から滲み出るように発生してきたスノーマンくらいだ。産声を上げた瞬間、《枯葉》でバラバラにしてやったが。

「どうやらもういないっぽい――」

 効果が切れた《陽光》を掛け直そうとしたとき、何かが迫ってくる感覚がして反射的に《浮雲》を使った。なんだ、今のは……。俺は確かに何かを投げ飛ばした感覚があった。

「……え……」

 足元に何かが転がってきたのがわかって、見るとだった。

「む、ムゲン……?」

 当然だがもう息絶えていた。

 おいおい……いくらなんでもあっけなさすぎる。まさか、こいつが手袋を奪おうとしてきて、それで俺が無意識に殺した……? いや、投げ飛ばした感覚ならあるが俺は斬ってない。

 というか、パーティーメンバーだからな。仲間を庇うため、または諌めるために体当たりや殴打はできるが、その場合もダメージはかなり軽減されるし、死に至るような強い攻撃はできない仕様なんだ。昔、味方同士で殺し合いが頻繁に起きるようになってからこういう仕組みになったらしい。

「――っ!?」

 来る。また何かが迫ってくるのがわかる。まさか、これが例のインヴィジブルデビルなのか……。

「おおーい!」

 ん、この声は……。

 張り詰めた空気とはあまりにもかけ離れた妙に明るい声だった。この声の持ち主は、まさか……。

「おおーい、真壁ー!」

 やっぱりだ……。

般木道真はんぎみちざね……」

 なんだ、あいつもダンジョンに来てたのか。それにしても目立つ。体も大きいし何より異様に明るいからな。

「よ! って、この人殺しィィ!」

「お前が言うか……」

「へへ……! なんだ、喧嘩で殺しちまったのか!? 俺もよくあるけどよ!」

 よくあるのか……。

「喧嘩じゃないんだけどな……」

「じゃあ、一方的に襲ったのか! 俺もたまにあるけどよ!」

「……」

 危険人物すぎる……。

「って……!」

「ん?」

 なんだ、今ムゲンの死体を見て道真がぎょっとした顔をした。

「まさか、知り合いだったのか?」

「……いや、他人だっ!」

「……そうなのか、なんかあったかと」

「へへっ……」

「ん?」

「いや、まあいいや。そんじゃ、俺はそろそろ行くぜ!」

「あ、ああ……って……」

 インヴィジブルデビルのことを言おうとしたんだが、すぐに行ってしまった。というかさっきまでの差し迫った空気もなくなってしまってる。俺に加えて般木まで来たから逃げたんだろうか。

 それにしても……なんというか超絶にマイペースなやつだな、般木道真は。でも、ちょっと引っ掛かることもある。死体を見たときのあいつの顔、だった。

「……やられちゃった」

「え……」

 嘘……だろ。でも確かにムゲンの声だった。

「お化け……?」

 振り返るとムゲンが立っていた。ちゃんと足もある。しかもこうしてペタペタと触れる。

「くすぐったいよ……」

「……ああ、ごめん……って、なんで生きてるんだ!?」
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