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第二十三話 途轍もなくおぞましいものがそこにいる
しおりを挟む後ろからいきなり少女ムゲンの胸を揉みしだく。これじゃまるでただの変態だ。
「……んうっ!?」
「んー、あんま胸ないね。貧乳ってやつだなこりゃ」
ド直球のセクハラをしたうえ、暴言もサービスで添えてやった。さすがにこれにはブチギレするだろう。さあ。いい加減に本性を見せろ。
「……酷い。そんなの、見たらわかるでしょ」
「え?」
「気にしてることだから触れないで……」
「あ、ああ……」
いや、思いっ切り触れてたんだが……。それも直接。なのにこれで終わりなのか。
「怒らないのか?」
「……え、どうして?」
「……」
なんだこいつ。ロボットかなんかか?
「もみもみ」
「……」
もう一度揉んでやったら見事にスルーされてしまった。なんか違う意味で怖くなってきて、すぐに止めたが……。
「……!」
って、後ろから何か走って来る。
「――うわっ!?」
俺たちに気付いたっぽいが、氷の床が滑るしこのままじゃぶつかる勢いだったのでついつい《浮雲》でぶん投げてしまった。
「ぐふっ……」
「……今の、ウォールさんがやったの?」
「え? 俺は何もしてないけど……?」
「……じゃあ、勝手に転んだの?」
「そうだと思う」
「……ふーん」
ムゲンがじっと見てきたが、俺は驚いた顔を作ってごまかした。触れないで投げる技なので無関係を装ったわけだ。って、それどころじゃないな。十代後半くらいの真面目そうな男が仰向けに倒れている。
「大丈夫か?」
「……は、はい。いててっ……驚かせちゃってすみません……急いでるんで……」
後頭部を押さえながら立ち上がってまたふらふらと走り始めた。俺のせいでこうなったとはさすがにわからなかったか。
多分、さっきのパーティーで役立たず扱いされてたやつだろうな。遅刻でもしたのか。あるいはわざと置いて行かれたのか。なんか昔の自分を思い出す。
「お前、頑張れよ! 応援してるぞ!」
「えっ? は、はい!」
明らかに上から目線の応援なのに、振り返った男は照れ臭そうに笑うとまた前に進み始めた。嫌いになれないタイプだ。
「……」
「……ん?」
気付いたらムゲンがじっと俺の顔を覗き込んでいた。
「なんか俺の顔についてるか?」
「……ううん、なんでもない」
プイッと目を背けるムゲン。終始仏頂面だったはずだが、なんか今、少しだけ温和な顔に見えた。っと、いかんいかん。油断してたら手袋を盗まれてしまう。
「ウォールさん」
「ん?」
「もうそろそろ帰りましょ」
「ああ、それがいいな」
さては、俺のガードが堅いと見たのか。手袋を諦めたらしいな。
「あの……」
「ん?」
狩りも終わって、さすがに文句でも出る頃合いだろう。この子にとって手袋を奪うのは絶望的な状況になったんだし今までの恨みをぶつけてくるのかもしれない。
そのほうがいいな。俺を騙そうとしていたとはいえ、実害はまだないわけだしこのままの状況でムゲンから大事なお宝を盗むというのはちょっと罪悪感がある。さあ、罵れ。
「ムゲン……俺に言いたいことがあるなら早く言え」
「組んでもらってありがと」
「へ……」
ぺこりと頭を下げられて戸惑う。こいつ、一体何が狙いなんだ。俺は何もしてないのに。
「あんた……いい加減にしろよ」
「え?」
「俺は知ってるんだ。あんたがこの手袋をずっと狙ってるってことは……」
「――っ!」
目を見開いて明らかに動揺した素振りを見せるムゲン。やはり図星だったか。なのに、この状況で何故いい人を装うのか。俺と友達にでもなろうっていうのか? さすがに俺も常時警戒はしたくないのでここで茶番を終わらせたい……。
「「「「ぎぃやああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」
「ぬぁっ……?」
思わず声が飛び出してしまうほど壮絶な悲鳴が聞こえてきた。な、なんだ、今のは……。向こうのほうだ。そう遠くない。
「……今のは……」
俺が何をしても表情がほとんど変わらなかったムゲンが露骨に驚いている。
「ムゲン、行ってみよう」
「うん」
俺たちは悲鳴がした方向へ走り始めた。途轍もなくおぞましいものがそこにいる。そんな気がしていた……。
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